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「――、ふぅん。成る程、ねぇ。トール、あっさり殺られちゃったかぁ。ま、戦いの中で死ぬのはドラゴンの生き方としては間違ってなかったよ」


「おいファフ! お前っ、勝手にトールを……!」

「ホムラだって気付いてるでしょー? もうトールの気配を感じないって。今のエイゾーからはどうやられたのは見えなかったけどー」

「っ……っ……クソオッ! なんだってこんな事にっ!」 何も出来なかった事を悔いるように焔君は顔を歪ませ、エレクさんの手を握った。

「……、真実屋、今、放送室は開いてるか?」

「え? あ、はい、開いてるっす」

「そうか。――ディル、行くぞ」

「おう」 おもりさんらはそのまま保健室を出て行く。特にエレクさんに声を掛けるでもな、顔を一瞥するだけだった。

「……こんな時に言うべきか迷ったっすが……今の映像で少し、不可解な点があるっす」

「……なにがだ? 真実屋」

「えっと。焔君らは、エレクさんと食堂で別れた後にすぐ心配になって生徒会室に向かって、そうしたら爆発音が聞こえた、っすよね? だとすると、おかしいっす。この映像での『エレクさんと転入生のやり取り』、長く感じないっすか?」

それは……確かに、違和感を覚えていた箇所だった。展開は早いが、このやり取りの長さならば、ぼくらは二人が激突する前に生徒会室に到着出来ていないとおかしい。

まるで、その時だけ『生徒会室の時間が加速』していたような錯覚。

「もしかしたらこれが、転入生らの能力に関わっているんじゃないっすか?」

真実屋さんのその閃きに対し、ぼくは考える。想定するのは常に最悪のパターン。相手の能力を過剰評価した上で、ぼくが出した結論は――。

『(プツッ)……転入生、聞いているか? 常闇おもりだ』

と。呑気にぼくが相手の力を考察している時に。保健室のスピーカーから聞こえたのは……


『聞こえているのなら、今から指定する場所に来い。〈模擬戦場(バトルフィールド)〉だ。お前に、決闘を申し込む……!』


【四】


この学園では、生徒同士の『決闘』が認められている。


挑戦を叩きつけられた者には拒否する権利はあるが、叩きつけた者が途中で取り消すのには重い処罰がある。

模擬戦場は数百人が観戦出来る仕様のコロセウム型の建物。観客席は既に生徒で一杯になっている。先程の爆発音により授業は中断され、自習の時間となっていた所におもりさんのあの放送。突然現れた謎の新参に戦いを申し込む、学園の姫騎士(クイーン)……ただでさえファンの多い彼女の戦い振りを見たくない生徒など居ない。

三階席への出入り口を潜ると、「お! 焔ぁ! まーたおもりさん怒らせる編入生現れたのか?」「どんな生意気な編入生なんだぁ?」「美少女って聞いたぞ!」 次々に声を掛けてくる学友らに、焔君も「お、おう」と曖昧に返すしか出来ない。

今、客席に座る生徒らは転入生の詳細を知らない。幹部の件も、学園最強の一角である生徒会長が負けた件も、知らないのだ。

「篝火、千里、来たか」 出入り口側の壁に背を預けていたのは竜宮先生だ。学友らとは違い彼女の耳には既にこうなった経緯が入っているだろう。どこか疲れた顔だ。

焔君は周囲に聞こえぬよう、押し殺した声で、

「竜宮ちゃんっ、一体何だってこんな状況に? なんで、エレクの奴らがあんな目にっ」

「篝火……すまない。あの転入生らの編入試験に立ち会っておきながら、これまで何も出来なかった私の責任でもある」

「今は、誰が悪いって話じゃ……いや。てか、その試験やったっていう肝心のオヤジはどこにいるんだっ? エレクの居る保健室に顔も出さないで何やってんだっ」

「……、エターニアから聞いてないのか。学園長は――もう『居ない』」

絶望的な真実。聞きたくなかった現実。だがそれは、薄々勘付いていた。考えないようにしていた事だった。

でも、あのエレクさんの激昂振りを見れば、察してしまう事だった。

「……それも、ナデ達が、か?」 頷く竜宮先生。「ッ――何で、何でそれで合格認定されるんだよッ、他の教師連中も何やってんだッ」

「今更だ。『十代で、相棒のドラゴンが居て、見込みがあれば経歴問わず誰でも入れる』――この学園の決まりは、お前も通った道だろう」

「だからってッ、合格後に問題起こした奴は弾いてた筈だッ」

焔君の言うように過去、竜の爪の連中がこの学園にスパイを送りつけた事があったが、学園爆破を企てていたスパイの陰謀を焔君らが察知し撃退、という事件は記憶に新しい。あの時は直ぐにスパイを学園から追い出せたのだが……。

「試験前、編入生は学園長……いや、私に要求していた。『どんな結果でも異議無しで』と。試験内容は勝ち負けでは無いのだが、学園長はこれに頷いた。あの人は、目の前の相手のただならぬ空気を読み取っていた。その場で食い止めるつもりだったのだろう」

しかし学園長は勝てなかった。生徒達を残し、悔いしか残らぬ状態で……帰らぬ人に……。

「エターニアの件も、本人が決闘を申し込んだという報告がある。だから学園側は、あの転入生らに対し何も出来ないのだ、と」

「ッ、相変わらずの石頭どもめ……一体、どうしたらオヤジが負けるってんだ? まさか不意打ちとかそんな手をッ」


  「失礼だなぁ、正々堂々だよ」


ぬるり、と――ごく自然に。親しい友人の輪に入るように。ナデさんらが現れた。

「それとも、あの学園長は不意打ち程度で落ちる相手だったのかい?」

「……ッ。おまっ、お前ら……よくも、すました顔で俺らの前に来られたもんだなッ!」

「そう睨むなよ主人公(ヒーロー)。君が些細な事で騒ぐと周囲が不安になるぜ?」

叫んでしまった焔君を、何事かと客席の皆が見てくる。同時に皆がナデさんらを視認し「ぅわスゲェ可愛いのと美人」「アレが転入生?」「天使だ……」と呟きあっている。

「学園長とは正々堂々戦った、不意打ちもせず学園長に全力を出させた。ですよね先生」

「……アレをよくも真面目と言えたものだな。それに馴れ馴れしく先生などと呼ぶな、お前らを生徒だとは思いたくない」

「随分と嫌われ者になったなぁ」と言いつつナデさんは妖しい笑みを作り、そのままぼくらから離れるように客席の奥まで進んで行って、

「ま、この見世物(決闘)が終わった後はもっと嫌われ者になるだろうけど」

更なる悲劇を予感させるような台詞を残し、『三階客席』から飛び降りた。

「ちょ! ナデ!? 聞いてないわよ!?」「ウルセェなんかカッコいいだるぉ!?」

自由落下、かと思いきや、ナデさんは背中の羽をパタパタ動かし、ナイトさんをお姫様だっこでかついで、フワフワとリングまで下りて行く。

編入生のパフォーマンスに盛り上がる客席。その中で一人、既にリングに居たおもりさんとディルゴだけが、冷静に冷ややかに、相手を見据えていた。

「俺は……何かあればすぐに試合を止めるぞ」 決意を口にする焔君。

「やめときなよホムラぁ。おもりとディルのプライドの高さと頑固っぷりは知ってるでしょ? 途中で邪魔されたら、しかも負けそうな時だってんならホムラを殺して腹切るかもよー?」

「ファフの意見には私も概ね同意だ篝火。あの常闇が、あんなに険悪だったエターニアの負けを知って怒り、今回決闘を叩きつけたのだろう? 今は、常闇達を信じよう」

そう諭され、焔君は複雑そうな顔になる。学園内でおもりさんと一番付き合いが長いのは焔君だ。入学前から因縁があったようだし、初めは険悪だったし、実は某国の姫君で何やかんやあって国ぐるみで結婚させられそうになったしで……焔君が一番、おもりさんを知っている。その強さを知るがゆえに、焔君の中ではエレクさんの件がチラつき、楽観視出来ないのだ。

少し前に、ぼくらはおもりさんの控え室に行こうとした。説得し、試合を止めるつもりだった。だが、面会は本人に拒否された。おもりさんはもう止まるつもりは無いらしい。

『さぁ間もなく試合開始です! 対戦者は皆さんご存知〈重力姫(グラヴィティクイーン)〉こと常闇おもりさんとアースドラゴンのディルゴ! 戦績はほぼ負けなし! 唯一の黒星は半年前の篝火焔君との戦いのみ!』

ウオオオオと盛り上がるコロセウム。実況は放送部である真実屋さんだ。

『そ、そして今回そのおもりさんと戦う相手は、なんと今日編入して来たばかりの美少女編入生のコンビだぁ! 全てが謎に包まれているがその実力は本物! なんとあの学園長が試験官を務め飛び級合格させたらしいぞぉ!! あ、皆さん選手の撮影は禁止ですヨォ!!』

「スゲェ!」「頑張れヨ!」「おもりさんに喧嘩売るなんて命知らず! もっとヤレ!」

観客のボルテージは最高潮。誰一人、真実屋さんがナデさんらを紹介する際の声の震えは気付かなかったろう。

リングの上では審判である教員が決闘のルールなどを話している。声は聞こえない。でも、ぼくには『リング上の会話を聞く事が出来る術』がある。

瞼を閉じ、集中し……『他人の中に意識を滑り込ませた』。

瞼を開けると、そこはリングの上。目の前には此方を睨むおもりさんとディルの顔。ぼくは今は(いまだに気絶している)千里眼竜ポカリスの力を借りて『視界共有(シェアビュー)』を行なっているのだ。ナデさんと同じものを見ている、と言えば解りやすいか。殆ど力を失っているぼくとポカリスだけれど、まだこれくらいなら出来る。

ナデさんの中に入り込むのに抵抗が無いわけでは無いが、この能力は他人に気付かれる事は無いから――「ん? ……ふむ、この感じは、えっと、千里君、だっけ?」

っ! ばれ、た? そ、そんな! こんな事、今まで無かったのに!

「どうしたのナデ?」

「気にしないでナイト。……ああ千里君、そんなに怯えないで良いよ、視界くらい貸してあげるから。特等席で見せたげる」

「おい何を一人でブツクサ呟いている! 今試合の取り決めについて話してる所だ!」

「露骨にカリカリしてるねえ審判さん、でも話し中だからちょっと静かにしててね? 学園長さんと同じ目に遭わせちゃうぞー?」

「……っ」

「審判、この試合中はリングから離れた方が良い。私も――加減出来そうに無いからな」

「常闇、お前……、……分かった。だが決して、無茶はするなよ?」

「ふん、無茶を言うな」


『――おおっとコレはァ?! 審判がリングから降りました! あれは常闇さんが本気で戦う事を意味します! 客席の皆さんもリング周囲が【防御壁(バリア)】で守られているとはいえ注意して下さい!! それでは! 試合! 開始ですッ!!』

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