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【三】
その『爆発音』はおもりさんらやエレクさんらと別れてすぐに鳴り響き、学園を揺らした。
エレクさんが心配と言ったぼくに焔君が頷き、生徒会室に向かう途中の出来事だった。
「っ! 何だ今の! この、肌がビリビリする感じ……エレクの奴が暴れてるんだな!」
走り出す焔君とファフにぼくもついて行く。授業中だった生徒や教師も爆発音を聞いてかチラホラ廊下に出ていてそれで進行を妨げられたりはしたが……
そこの角を曲がれば生徒会室、という所まで来て、
「いやぁこうして比べてみると、同じ電気系能力者でもライコの規格外さが分かるねー」
「そりゃあ、今のあの子なら私も捉えるのに時間が掛かるでしょうし」
バッタリ、ナデさんらと鉢合わせ。すぐそこに、ボロボロになった生徒会室の扉が見える。
「お、おい! お前ら……一体、何をしたんだ!?」
「おや? 焔君達じゃん。何をって……強いて言うなら『正当防衛』かな?」
その言葉で、少なくとも争い事があったのだと察せられた。だが……その割には、ナデさんらの制服も綺麗で、とても暴れた後には見えなくって。
「くっ……お前ら! もしエレクに何かあったら!」
「睨まれるなんて理不尽だ。てか早く行ったげなよ。まぁ、もうあそこには『居ない』けど」
血の気が引いた。直後、焔君はナデさんらを横切って生徒会室へと走り出す。
ぼくも追おうとして、「大丈夫、後で『全部戻してあげる』からさ」
ポンッと、肩に置かれるナデさんの手。
ゾクッ ――得体の知れぬおぞましい感覚。
ガクリとぼくの膝が折れる。そういえば、ディルもさっき、こんな反応を……。
「あ、やっべ。ごめんねー」 離れて行くナデさんら。……何だったんだ、今のは。触れられた瞬間、命を吸われてるような脱力を覚えた。足が震え、力が入らず、立ち上がれない。
どちらにしろ。立ち上がれた所でナデさんらを追い掛ける勇気など既にぼくには無い。心を、折られた。恐怖を、植え付けられた。
――。
保健室。この学園の保健室は広く、大手病院並の最先端の医療設備が整っており、もし模擬戦中に『切断』等の大怪我を負っても、すぐに治せるような準備が出来てある。
そんな保健室のベッドにて、今、エレクさんは眠っている。外傷は一つも無い。ただ、時折「トール」と名を呟いては苦しそうな顔をしていた。
「すいませんっす……私がもっと、早くに皆さんを呼んでいれば……」
そう謝罪するのは、同学年で報道部の女生徒の真実屋(まみや)さん。ぼくらにエレクさんが保健室に居る事を教えてくれたのは彼女だ。
――あの時。生徒会室に行ったぼくらが見たのは滅茶苦茶になった室内だった。
壁は抉れ、焦げ跡も多く、調度品はバラバラになっていて……そして、誰も居なかった。
そんな困惑するぼくらの元に駆け付けたのが、真実屋さん。授業を受けていた彼女は、エレクさんがナデさんらを放送で呼び出した時にこっそり教室を抜け出し、部室である放送室へと移動。学園内にあるカメラをハッキングし、生徒会室の様子を見ていたらしい。限りなくアウトな行動だが、今はそれどころではない。
「真実屋、反省するのも教師に怒られるのも後だ。そこでお前は、何を見た?」
訊ねる焔君。その横には、先程保健室に飛び込んで来たばかりのおもりさんらも居る。
「……よく、分からなかったんす。気付けば『終わって』いて……実際に録画したのを見て貰えれば、皆さんなら分かるかもっす」
彼女は持っていたノートPCを操作して、その時の映像を再生させる。画面には、既に生徒会室に佇むエレクさんとトールが映っていて――。
『いいですかお嬢様、私情は交えないで下さいね』
『分かっていますわ。そこまでわたくし常識外ではありません。飽くまで冷静に対応します』
『ならばそのバチバチとうるさい体の放電を止めて下さい』
『(トントン)お邪魔しまーす、転入生でーす。僕らに何かご用で?』
『……素直に来るとは思いませんでしたわ。てっきり尾を巻いて逃げるかと』
『はぁ。もしやこの制服からはみ出てる羽の注意? いやぁ実はここに来るまで色々急いでて、重ね着したらなんか羽だけポンと出ちゃって。穴は開けてないよ? 貫通する仕様よ?』
『……何の話ですの、そんな事今はどうでもいいですわ。先ずは、初めまして。この学園の生徒会長エレクです。わたくしの事は存じ上げていまして?』
『いんや、さっぱり。有名人なんすか?』
『……学園長、の娘ですわ』
『ああ――成る程。それで? もしかしてあの件で怒られる? 僕らは『ルールの範疇内』の行動をとっただけだよ?』
『そうですわね。話は試験に立ち会った竜宮先生から聞いています。この学園の規則に則れば貴方がたに咎はありません。そこにわたくしの私情を交え、激情に身を委ねるなど愚の骨頂』
『そうそう、仲良くいこうよ、あれは不幸な事故だったんだ。だって、相手は英雄だって言うから僕らも少しやる気になったんだけど、まさか『あの程度』だったなんて予想外……うん? どしたの、手袋取って……あ……まさかその前振りはっ』
『よくぞ、わたくしの前であの方を侮辱出来たものですわね! 気が変わりました! わたくしは、愚かで構いません! 貴方がたに、決闘を申し込みます!』
ナデさんらの手前の床へと手袋を叩きつけるエレクさん。その所作は『決闘の申し出』だ。
『貴方がたの悪魔的所業、学園の責任を負う者として見過ごすわけには行きませんわ! これ以上この地を踏まれる事さえ不愉快! 今すぐに退かせます!』
『悪魔は酷いなぁ、真逆だってのに。そこまで張り切らないでももうすぐ消える予定なんだけど……ま、生徒会長さんが決闘で納得行くならいいよ』
ピリピリと画面越しでも分かる剣呑な空気。ぼくは、エレクさんが負けた相手は焔君しか知らない。焔君以外に負ける姿など想像出来ない。けれど……この先に残酷な答えはあるのだ。
『決闘受けといてアレなんだけどもさ、一つ僕らから提案いいかな? 出来れば最初から『全力』で来て欲しいんよ。少し予定が詰まっててさ』
『言われずとも容赦はしませんわ! トールッ!』
『結局、こうなってしまいましたか、仕方ありませんね。――サンダードラゴントール。エレク・エイム・エターニアの矛となりましょう』
メイド服少女だったトールの体から眩い光が放たれ、その姿を徐々に勇しきドラゴンへと変貌させていく。
『おーカッコいい。それで準備はオーケー?』
『はっ、まさかっ。貴方はわたくしに全力で、と申したでしょう? トール! 竜装憑依(ドラゴンソウル)です!』
エレクさんは本当に本気のようだ。ドラゴンへと姿を変えたトールが再び輝き、その光がエレクさんを覆っていく。竜装憑依――それは、竜騎士とドラゴンとの最終戦闘形態。
本来、ドラゴンと契約した者はそのドラゴンの特徴に準じた加護を受けられる。エレクさんの場合、トールの力である電気の力を操れるようになり、そのままでも十分に強過ぎるのだが……この竜装憑依はまさに奥の手、必殺の奥義である。
『わぉ、まさか合体するなんてっ。見た目も魔法少女みたいになって素晴らしいねっ。ナイトっ、僕らもどらごんそおるだ!』『無理』
『編入生……ナデにナイト、でしたわよね。貴方がたがどんな理由で学園に来たかなどはもうどうでもいいですわ。わたくし達のこの形態を見て、無事に帰れるなどと思わないように』
チャキ、と手に持つ槍〈グングニール〉の先を相手に向け、
『出す技はただの突進。真っ直ぐ、貴方がたに向かうだけの単純な技。――行きます』
瞬間、エレクさんが消える。〈雷神の矛(トールスピア)〉。自らが雷と化し、対象を避ける暇すら与えず雷速で貫く最強の矛。
カッ! と生徒会室に光と轟音が満ち、カメラの映像が乱れ、砂嵐に。
その状態が数秒続き 『オーバー』 ポツリ、何か声が聞こえた後、すぐに落ち着いたカメラ映像。そこに映っていたのは――
『ふぅ。お嬢様言葉で雷使いとか、あの子達と被りまくりでやり辛くない?』『そう?』
地面に伏すエレクさんの側で、軽口を言い合うナデさんらの姿だった。既に、今戦っていた認識すらないような脱力ぶり。そうして、ナデさんらは画面から消えて行く。その去り際、ナデさんらチラリと『カメラに目線を合わせ』ピースをした。
すぐ後、駆け付けた教員らが倒れているエレクさんを回収し……そして生徒会室にぼくらが駆け付けて来て、映像は終わった。
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