36

「ここに居たか、焔に千里」


――と、そんな時、声を掛けて来たのは一人の女生徒。数時間ぶりに会うおもりさん、それと、「あ? んだそいつら」とガラの悪い一人の女生徒。

実は彼女もファフと同じく竜人で、その正体は、おもりさんのドラゴン、ディルゴである。


「おもり、ディル、この二人は編入生だ。ナデ、こいつらは仲間の竜騎士で」

「紹介は要らねぇよ焔。おいテメェら、込み入った話があっから部外者は席外せ」

ギロリ、ディルはナデさんらを睨めつける。それに対しナデさんは、「なんで? こっちが先に居たんだけど?」と臆せず言い返した。

「つべこべ言ってねーで、『消えろ』」


瞬間、ピンッ――と食堂内の空気が張り詰めた。


竜の暴圧(ドラゴンプレス)。

野生動物らの威嚇や威圧とは一線を画す竜の睨みで、その眼力には動物はおろか屈強な人間ですら裸足で逃げ出す力がある。

ましてや、竜人の域にまで昇りつめたディルの睨みだ、並の竜騎士でも心臓を握られたような感覚になって……

「あ? んだその態度はこのヤンキー女が! 喧嘩売ってんのかオオン!?」

……臆するどころか、ナデさんは睨み返しに席を立った。

「テメェ何だこのスカートの長さはヨォ! いつのスケバンだオラァン!?」

「な! テメェスカート引っ張んな! 脱がそうとすんな! おい焔何なんだこいつ!?」

ディルは少し怯えている。

「……転入生。そこの奴の非礼は私、常闇おもりが詫びよう、許してやってくれ」

「あ? お前が飼い主か! お前こいつにどういう躾してんだコラ! 犬でももっと賢いぞボケ! ウチのナイトを見習えコラ!」

「おい何でそこで私を出した」

「……私のディルが、犬畜生以下、だと?」

ピキキとコメカミに青筋を浮かせるおもりさん。殺伐とした空気。何故ナデさんはここまで喧嘩を売るスタイルなのか。まるで、ワザと嫌われる為にやってる、そんな気さえ……。

「カリカリすんなよお前らっ。おもり、ディル。そのナデとナイトって編入生はただモンじゃねぇから争い事は避けとけ」

焔君が二人の事情をおもりさんらに伝えると、彼女らは案の定驚いた顔に。

「まぁそんな二人だ、心強いだろ。で、話を戻すが……おもり。何か報告があんだろ?」

「ああ、しかし(チラッ)」

「ナデとナイトも今は部外者じゃねぇんだ、話聞くくらいなら良いだろ」

焔君にそう諭され、渋々ながらもおもりさんはその報告をぼくらにする。その内容は、俄かには信じ難い衝撃的なもので。


「な、に? 竜の爪の幹部四人の死体が校内で見つかった、だと……!?」


立ち上がって問い質す焔君におもりさんは頷き、

「ああ。先程、教師らから私に報告が来た。四人とも同じ場所で、固まった状態で発見されたそうだ。実際に、私も確認の為に死体を見たのだが……」

死体には一切損傷がなかった、と。まるで『時でも止められた』ように、眠るように死んでいた、と。動揺するぼくと焔君。――そんな中で、

「ねぇ何で皆暗い顔してるの? 敵の幹部が居なくなったのは喜ばしい事態では?」「ファフもそう思うけどなー」

至極当然な感想を、ナデさんとファフが述べた。そうなのだ、そうなのだが……。

「焔はそんな結末は望んでは居なかったんだよ。幹部の四人とは私達も何度も戦ったが、どうしようもない奴も居れば、話の分かる奴も居た。だから焔は、何度も奴らに戦いをやめるよう説得していて……あともう少しで、という所で、この結末だ。何とも、煮え切れない」

悔しそうに下唇を噛むおもりさんの説明に対しナデさんは「ふぅん」と気の無い返事。

「テメェ! 何だその……! ファフもファフだ!」

「えー。ファフは合理主義なだけだよー。邪魔者は居ないに越したことないでしょー?」

「怒るなディル、ナデとファフの反応が正しい。他にも、奴らにトドメを刺しておけば、何て言う連中も居るしな。否定は出来ない、気持ちは分かる。実際その方が手っ取り早いし、結局俺の自己満だ。けど……俺は……」

「ああ、ごめん焔君。僕は別に君を批難するつもりはないよ。その考え、主人公っぽくて嫌いじゃないし。実は今の話を聞いて、僕らは君らに『余計な事してごめん』て謝らなきゃでさ」

「謝る?」


「うん。――その幹部四人を倒した犯人、僕らなんだ」


食堂の、時が止まった。

「……は?」

「説明めんどいんで割愛するけど、『こっち』来てすぐ、腕試しに目に付いたその四人を『倒して見せた』んだ」

「は? 腕試し? いや、何言ってんだお前? マジで、お前らがあいつらを?」

「そう言ってんべ。あ、学園に持って来た経緯? それはね、学園に持って行ったら『よくやった』と褒められて編入試験免除されるかなーって思って。結局ダメだったけどね、ふふっ」


直後、ナデさんの胸倉を掴む手。ディルの手。


「テメェ! わけわかんねぇ冗談も大概にしとけよ! 面白半分で言っていい事と悪い事がっ……あ? んだお前」

いつの間に……?

ナデさんの胸倉を掴むディルの手、その手首を、『離せ』とばかりにナイトさんが掴んでいる。

「お? 主を護るってか? いい心がけだな糞ガキ! こんな屑みてぇな奴のドラゴンなんざアタシが軽く捻って――っ!?」


    ズンッッッ!! と沈む空気。


食堂の全体が『ギギッ』と悲鳴を上げるほどの重圧。

まるで『心臓を握られた』ように、ぼくらは動けなくなる。

竜の暴圧。

出処は、ナイトさん。

彼女の瞳に怒りの感情は無い。

ディルを敵視さえしていない。

ただ、主に纏わりつく障害としてしか見ていない。

「こらナイト、ここで『スイッチ』入れちゃダメでしょ。ディル、ド? ちゃんも、僕なんかに『触れると』碌な事にならないよ」

ディルの名を間違いつつ、ナデさんはディルの腕に触れ――途端、バッと胸倉の手を離すディル。

まるで、気持ち悪いモノに触られた、とばかりな嫌悪感塗れの顔。

「それがいいよ。んー、どうやら僕らが居ると雰囲気が悪くなるようだ。行くよナイト」

と、まるで見計らったようなタイミングで、


『――編入生の生徒は、至急、生徒会室まで来なさい』


と生徒会長、つまりはエレクさんの声がスピーカーから流れる。

「あら、タイミング良く僕らをお呼びのようだね。場所は分からんけどまぁどうにかなるか。それじゃあ皆、『またね』」

ヒラヒラ手を振りながらナデさんらは食堂から去った。場に残ったのは、やるせない空気。

「……なんなんだよあいつらはッ、気持ち悪りぃ!」

『ガンッ』とテーブルを殴ってへこますディルだが、どこか虚勢に見えてしまう。先程の遣り取りで、ぼくらはあのコンビの実力の一端を見てしまった。

あれだけ手を焼いていた幹部らを倒した事実は、恐らく本当だ。

「そう? ファフは逆にあの二人に好感持ったよ? 本当の強さってのは『容赦の無さ』だと思ってるし。ファフ達が尻込みして出来なかった事をあの二人が代わりにしてくれたんだよ」

「テメェ……」

ディルはギリリと拳を握るも、振り下ろす場所を見失っていた。

「焔、あのペアの実力は確かなものだ、それは認めよう。だが、だからといって共に行動したり、馴れ合う事を私は賛成出来ない。そも、あの二人もその気は無いようだがな」

「ああ、その心配はしないでいい、あいつらが学園に居るのは今日限りらしいから。しかし、となるとあいつらの目的はなんだ? 学園に来た意味は? 謎だらけで不気味だぜ」

「うむ。加えて、幹部を全員消された竜の爪の動向も気になるし……一体、何が起ころうとしているのか」

この時僕らの頭の中では、学園長が朝言っていた予言がチラついていた筈だ。学園長。そういえば、何故学園長はナデさんらを試験に合格させたのだろう。手土産として幹部の亡骸を持って来るような二人は、どう考えても危険人物。学園長の意図も知りたい所だが……。

「では私達はこれで。何か分かったらまた報告に来よう」

 おもりさんらも食堂から去ろうとして、


「――あら、騒がしいと思ったら貴方がたでしたのね」


入り口の方に現れたのは、エレクさんだ。更には、「皆様、昨夜はお疲れ様でした」とお辞儀をする無表情なメイド服少女が一人。その正体は、彼女のドラゴン、トール。

「お疲れな、トール。で、エレク、丁度いいとこに――ってお前、その目はどうした?」

「こ、これは!」と『赤くなった』目を隠す彼女。まるで、泣き腫らした後のような。

「お嬢様は先程、私の作った【バナナモンブラン】――と偽った【辛子モンブラン】を口にしましたので」

「何食わせてんだトール!?」 突っ込む焔君だが、トールの主イジメはいつもの事だ。主の泣き顔が好きらしい。だが……それが本当の理由だろうか?

「そ、そうですのよっ。全く、酷い従者ですわっ」

「はぁ、程々にしとけよトール。で、エレク。おやじに会いたいんだが今どこに居る?」

「……お父様は……っ、今は、会えませんわ。どんな用事、ですの?」

「? ああ。ちょっと、編入生について聞きたくってな。そういえばお前、さっき放送室からナデ達を呼んでたよな。これから生徒会室行くとこか?」

「……ええ。既に焔らは編入生と面識がおありで?」

「あ、ああ」

どこか様子のおかしいエレクさんに、先程の遣り取りを話す。

「幹部らの亡骸の件はわたくしの耳にも入ってます。その件も含め、わたくしは編入生らと『色々』話す事があって、呼び出したのです」

「そうか。なんていうか……俺も同席していいか?」

焔君のこの提案は、彼女に怒られる覚悟で言っているのだろう。

だが、エレクさんの強さを信用する彼がここまで言う程に、ナデさんらは存在が不気味なのだ。

しかし、エレクさんは意外にもその提案にクスリと頬を緩ませ、

「貴方が気を遣うなど珍しいですわね、いつもは鈍感だというのに。ふふ、それには及びませんわ。――これはわたくしが解決する問題です。では」

そう言って、エレクさんは踵を返す。どこか『決意』に満ちた表情だった。お付きのトールは僕らにぺこりとお辞儀をして、


「では私達はこれで。焔様、明後日日曜日のデート、お忘れなく」


「「「「なにィ!?」」」」 女性陣全員が焔君に顔を向けた。

「初耳ですわ!?」「ちょっと焔聞いてないんだけどー? ファフもデート行きたーい!」「てめぇ焔! アタシと土曜に行く予定立てときながら!」「おいディルお前もどういう事だ!?」

「なんだなんだお前らそんなに遊びに行きたかったのか? じゃあ週末みんなで行こうぜ!」

「「「「そうじゃない!!!!」」」」

「ゴハァ!? 何故だ!」 袋叩きに遭う焔君。いつもの賑やかな光景。

「やれやれ、焔様、デリカシーに欠けていますよ」と変わらずの無表情で締めるトール。場を和ませてくれた彼女に心の中で感謝。


……ここまで心の通じ合った(?)仲間達だ、どんな敵が来ようと乗り越えられる――


そう、思いたいのに。どうしてだか、ぼくの心の靄は晴れないのであった。

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