35

【二】


悪夢を見た。ぼくは飛び起きた。


「……、なんだ、今の夢……」

パジャマが汗塗れ。体の震えが止まらない。内容は――忘れてしまった。だが悪夢で地獄の光景、というのを見ていた感覚はある。単なる夢と片付けられたらどんなに楽か。

見れば一緒に寝ていたポカリスもいつも以上に震えていた。この夢の感覚は……『予知夢』だ。半年前に世界が荒れていた時、毎日見ていた夢の感覚。

どうして急に? もしかして、本当に学園長の話が現実に? クソッ、どんな夢だったか思い出せ。しかし、思い出そうとする程に、体が震える。こんな事、半年前でも無かったのに。

「んん……どした千里?」 ベッドで寝ていた焔君が、目を擦りつつぼくを心配そうに見る。

ここは学園の寮でぼくと彼は相部屋だ。残党狩りを終えてから寮に帰り、今は朝八時。眠っていたのは三時間程だったが……彼を起こしてしまって悪い気に。

「大丈夫だよ焔君。高いとこから落ちた夢見てビクってなったみたいなもんだから」

咄嗟にぼくは嘘を吐く。彼にこの事を伝えた所で心配事を増やすだけだ。何があろうと彼ならば乗り越えられる。そも、学園長に『色々警戒しておけ』と言われているのだ、伝えずとも状況は変わらない。

「そう、か。なら良いが、心配事があるなら遠慮なく」「ホームラ!」

と。焔君に、『裸ワイシャツ姿の美少女』が抱き付く。赤髪の快活な女の子。

「お、おいお前また勝手に俺のベッドに……てか今大事な話してるんだか?」

「えー? センリは大丈夫っていってるぢゃん? ねーセンリ?」

「う、うん、その通りだよファフ」 ファフ――彼女こそは、焔君が使役するドラゴンのファフニールが人化した姿である。見慣れた光景とは言え……裸ワイシャツの美少女は目に毒だ。

「ったく……はぁ、今から二度寝って気分でもねぇな。千里、学食行こうぜっ。授業出なくていいつってたし、ゆっくりすんぞ」

「うん、そうだね」とぼくは頷く。汗も震えも既に引いている。何も心配は無いのだ。


ぼくらは学生服に袖を通し、部屋を出る。


学食へ向かう為に学園の廊下をファフ(彼女も制服姿)含む三人で歩いていて……ふと。

「なんだか、教師連中が慌ただしいな」 焔君の言う通り、先程から学園を教員らが走り回っている。何か、あったのだろうか?

「気にする事ないんじゃなーい? そんな事よりファフ、お腹すいたよー」

「ったく、お前は能天気だな」 そう言いつつも、焔君自身にも焦りは見られない。流石は学園最強コンビ、神経が太い。出会った当初はいつも殺し合い(ファフから一方的に)をしていた二人も、今は兄妹のように、恋人のように仲睦まじい。

竜騎士とドラゴンの出会い方は様々。代々その家系と契約関係にあるドラゴンも居ればドラゴンが生息する地に赴き契約、など色々である。

焔君の場合は後者で、ファフとの出会い方はそれはもう涙無しには語れないドラマがあって……まぁ、長くなるので割愛するが。


食堂に着いたぼくらはバイキング形式に並ぶ出来た料理を選び、空いた席に腰掛ける。他の生徒はいない。皆、今頃朝のホームルームの場にいるだろう。


「ファフ……お前、相変わらず食うなぁ。それ、一〇人前はあるだろ」

「ふふ、これでも足りないくらいだよっ。ファフならあそこにあるご飯全部いけるよ!」

「それは食堂のおばちゃんが困るからやめ」


「すいませーん、そこ、良いかい?」


唐突な、背後からの鈴音のような綺麗な声に。何故だか肌が粟立った。

振り返れない。

この感情は恐怖。

ぼくは何に怯えているのだろう。数時間前に居た戦場ですら、こんな気持ちにならなかったのに。

テーブルの上で食事を採ろうとしていたポカリスがいつの間にかぼくの膝の上に居た。大人しいと思ったら、気絶している。

「ん? どうした? てか、お前ら見ない顔だな……」

「そらそうよ、さっき編入試験合格した新参だからね。右も左もわからん『僕ら』に、この学園の事、教えてくんない?」

「なるほど、な。いいぞ、空いてるとこ座れよ」

「どもー」 背後から二人分の足音が近づいて来て……声の主は、ぼくの正面に現れた。


――女子の制服を着た二人の生徒。一人はミルクティー色の髪のマイペースそうな子で、もう一人は銀髪の静かな印象の子。


この学園にも美少女は多いが……この二人、特にミルクティー色の方は『何か』違う。

ぬいぐるみのような可愛らしさと、ドールのような冷たい美しさを併せ持ち、そして、極め付きはその『存在感』。

人ならざる、触れてはならぬ空気。

それは、ドラゴンたるファフとはまた違った感覚。

第一印象は、その背中にある羽の飾りもあいまって、【天使】、だった。


「やぁ初めまして。僕の名前は……うん、ナデって呼んで。こっちの無口でコミュ症ぽいのはナイト。『短い間だけど』よろしくねっ」


「短い間? 短期留学か?」

「体験入学ってやつかな、今日半日限定なんだ。けどまぁ一応、試験は受けといた。こんなエロゲみたいなゴテゴテな女制服渡されたのは予想外だけど」

ナデさん、と話す焔君に変わった様子は無い。ファフも同じで、バクバクとパンを頬張っている。ぼくも……少しは落ち着きを取り戻していた。気の張り過ぎ、かな? 今、ナデさんとナイトさんを見ても、さっきの鳥肌が立つ感覚は無い。

「試験って、『筆記、教師との模擬戦』だろ? 普通は一日掛かるもんだがさっき合格したって言ってたな。俺の知り合いと同じ『飛び級合格』って事か。お前ら強ェんだなっ」

飛び級合格は、教師との模擬戦にて『天才』と認められた者だけが得る称号で、筆記は免除される。長い歴史の学園において飛び級合格者は多くはないが、エレクさんやおもりさん、それに焔君も飛び級である。

「試験官の教師は誰だった? いや……入ったばっかだから名前わかんねぇか」

「そうだね。けどなんか、【学園長】って言ってたよ」

ぼくは息を呑んだ。学園長が試験官をつとめるなど滅多ない上、更には天才とあの人に認められたと言うのだ。そんな学生、焔君以来では無いだろうか?

「マジかお前ら……そりゃあ心強いぜ。さっき教師らが騒いでたのもお前の件だろうな。お前らのパートナー……ドラゴンもさぞかしスゲェんだろうが、今は竜舎に居るのか?」

「いや、コレだよ」

言ってナデさんは、ナイトさんの頭に手を置いた。

「何が『コレ』よ」と彼女は唇を尖らせて……って、イヤイヤ、待って。

「(ガタッ)君! 既にドラゴンを〈竜人(ドラグナー)〉化させた覚醒者(マクシム)だと言うの!?」

「ファッ!?」

ぼくが急に立ち上がって叫んだ所為でナデさんを驚かせてしまった。

「あ、ごめん……その……竜人自体、本当に珍しい存在だから……あ、そこの赤髪の女の子も竜人なんだ」

「なんか試験官の人達も言ってたけど、覚醒者とか竜人てなんぞや?」

「(ガタッ)知らないの!?」

「ファッ!?」

また驚かせてしまった。

「ごめん……あの、竜人っていうのは『人の姿に変われるドラゴン』の事なんだ。でも、どのドラゴンも簡単になれるわけじゃなくって……ドラゴンと竜騎士が切磋琢磨して、お互いが能力の限界の壁を突破すると……竜騎士は覚醒者と呼ばれる超人になり、ドラゴンは竜人になって人語も話せるようになるんだ。世界でも、その竜騎士らは数人しか確認されてない」

「へぇー、やたらとルビが多いような会話だったけど何となくで理解したよ。だってよ、ナイト。てか逆に、僕は君の竜の姿を見た事無いんだが?」

「……私も、なった事無いからわかんないわ」

とんでもない話の内容だ。本当にナイトさんは竜人か? と思いつつファフを見ると、「うん、ドラゴンの匂いは感じるよー。ファフ達とは匂いの質が違うけどー」と答えてくれた。加えてナデさんからは竜と契約した『竜騎士の匂い』はしないらしい。もうワケがわからない。


その後も、ナデさんと会話を続けたのだか……話を聞けば聞く程に謎の深まる相手で――。


「いやぁ驚いたよ、『ここ』で日本語が通じるなんてさ。『僕らのとこ』と同じ言語だし話もスムーズに進んで助かるよ。ね、ナイト」

「……別に、私は話す事なんてないけれど」

「ふぅん、お前らどんなとこに住んでたんだ? お前らみたいな竜騎士、もっと有名になってもいいもんだが」

「地元はこことは『離れた』場所だからねぇ、文明文化レベルは同じくらいだけど、ドラゴンは居ないから竜騎士なんて皆無よ。『ナイトの地元』には竜居るけどね。で、数時間前『あ、そいえばナイトって竜の血ひいてたから竜騎士学園行けるじゃん』って思いつき今に至る」

「なんだそのコンビニ行く感覚は……竜騎士もドラゴンもいねぇ地域とか聞いた事ねぇしもはや『異世界(ファンタジー)』だなそこ」

「そうだね(笑)。でも異世界云々言うなら、君も大概漫画やラノベの主人公じゃないかい焔君。話を聞くに、単行本一〇巻分くらいの大活躍をしたそうで」

「……実際俺らをモデルにしたのが多く出てるらしいが、やめて欲しいもんだぜ」

「嫌味に聞こえない所が流石だねぇ」


一部の会話だけでもこんな様子で……けれどやはり、嘘を吐いてる感じはしないのだ。

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