31

――午後八時。


「ありがとうございましたー、ふぅ。はい皆さん、オープン初日の営業、お疲れ様でしたー」


イェーイと盛り上がる一同。

「えー、明日の日曜日もこの調子で頑張って行きましょー。それじゃあ片付けは一先ず置いといて……打ち上げするぞ打ち上げ!」

「またですの!? 昨日も決起会という名目でバカ騒ぎしたでしょう!」

と、メイの苦言と同時に『ガチャリ』と店の戸が開き、

「やぁ皆っ、今日はお疲れー、差し入れだよっ」 メイの親父が天ノ家の人間と共に、ゾロゾロと食べ物飲み物を持って入って来た。

「お父様……今日一日中店の方に居ましたけれど、仕事の方は良かったんですの? ここで油を売ってられるほど、貴方は暇な人ではないでしょう?」

「何を言ってるんだい愛娘よ! 今日の仕事なんて全てキャンセルさ! 数兆の損失だろうが関係ない! 娘の晴れ姿を見届けない親など親では無い!」

「……そのウィンクは気持ち悪いのでやめて下さい。何だか昨日から普段以上にイキイキと暑苦しいですわね。撫、この人に何を吹き込んだんです?」

「んー別にー」 うわっ、親父のやつ僕にもパチパチウィンク送って来やがる、ウザッ。娘と嫁の話聞いてから調子乗ってんな。


「おー、何だか賑やかだな」 と、更なる来客は僕の母ちゃん、それからその後ろには……


「お母様!?」「王!?」「――っ!?」


 驚愕に表情を染めるリリス、ライコ、ナイト。僕も驚く。何故この世界に姉妹それぞれの母こと【フラガリア国王と先代魔王(+α)】が居るのか。

「あー『知り合い』にこの二人の誘導と翻訳係を頼まれてな、こうして連れて来たんだ」

「知り合いねぇ」 流れからすれば、それは尊姉の事だろうが……(因みに、当然の事ながら国王と先代は大人の姿に戻っている)

「お母様! 前以て言ってくれてれば色々準備してたのに!」

「スマンなリリスよ。お前の仕事振りを見られると天使に言われ、急遽来訪させて貰ったぞ」

「はえー。魔王様も姉さんを見にですかっ?」

「う、うむ……最初、我は遠慮するつもりだったのだが……(チラチラッ)」

「ククッ。昔は悪逆非道の限りを尽くし天災と恐れられたあの暗黒竜も、娘の顔色をうかがう程までに丸くなるとはな。お前も所詮は親か」

「なんだと貴様、轢き千切るぞ」

「昔のお前なら口より先に手を出していた」

「子供の喧嘩ですか王に魔王様!? 二人に軽くでも暴れられたら街が消えます! 子の前でみっともない!」

「「むっ……」」 ライコの仲裁で何とか落ち着いた二人の王は素直に席につく。元々敵同士だし一人の男(勇者)を取り合う仲でもあるから、昔からこんな調子なのだろう。

「ね、ねぇ樒さん、このお二人は? 雰囲気的に凄い地位の方達っぽいけど」

「ひそひそしてくんな気持ち悪ぃ。……そこのメイとライコの母親で、早い話、こいつらも『天使に振り回された』連中だよ」

「天使!? ちょ、樒さん、俺色々天使の話聞きたい! 翻訳して!」

「うぜぇ……」 文句を言いつつも、母ちゃんはメイの親父に付き合ってやる様子だ。親父も娘の尊姉が天使と知った以上、どういう存在か知りたいのだろう。

「ああそうだ撫ちゃん! 俺、あの【人魚の煮付け(オス)】っての食べてみたいっ、日本酒に凄く合いそうでさ! ここに居る大人四人分作ってくれない?」

「えー? うぜぇなぁ、自分で作ってきてよ」

「親子揃って君らは……俺はオーナーだぞ! もっと敬ってくれぃ!」 面倒くせぇなと思いつつ厨房に向かおうとした時、「リリスがやりましょうか?」と救いの言葉が。

「マジで? じゃあアレ、出来てるのあっためるだけだからお願いね」

「はーい、では姉さんライコさん、手伝って下さいっ」「え、私も?」「手が必要であれば」

そのまま三人はパタパタと厨房へと消えて行く。

その姿を、異世界組ママン二人が感慨深そうに目で追っていた。

「……あの三人が、仲睦まじく歩く姿など、後にも先にも無いと思っていたのだかな」

「うむ……驚くべきはナイトのあの立ち振る舞い。城に居る頃より精神的にも安定しているのが肌艶の良さで分かる。お前様、一体我が娘にどんな魔法を使ったのだ?」

そういえば、数週間前にナイトを連れ帰って以来か、この二人がナイトを見るのは。

「別に。美味い食事と適度なイジメ、それだけですよ」

「奴を気軽に小突ける者などお前様だけじゃろうに。まぁ何はともあれ……改めて感謝する」

「おいおい魔王さんよ、こんな馬鹿息子に頭下げる必要なんてないぜ? こいつは頭で考えて生きてねぇ、テメェ身勝手にがやりたい事やった結果に付いて来た今だ。アタシは既に頭が痛ぇよ、この先にお宅の娘さんにどんな苦労掛けるんだろうってな」

「おいババァ頭をグシャグシャするな何様だっ」

「お母様だよこの野郎」 僕の頭皮が母ちゃんの指力でメキメキと悲鳴を上げる。鉄球すら握り潰せる握力をここで披露しないで貰いたい。異世界組ママン二人も苦笑してるじゃないか。

「どこでも撫ちゃん大活躍だねぇー……お? 綺麗どこのお嬢ちゃん三人が帰って来たぞー」

「セクハラやめろ殴るぞ親父」

「容赦ないね撫ちゃん!?」 僕に言われたら終わりな台詞でビックリする親父はさて置いて、三人娘が手に持った魚の煮付けをそれぞれの大人の席に置く。

リリスはフラガリア王に、ライコは母ちゃんと親父に、そしてナイトが――

「……はい」「う、うむ、悪いな」

どこかぎこちない魔王さん母娘。けれど大事な一歩。

「ナ、ナイトよ、今、お前は幸せか?」

「……なによ急にこんな場で。そんな『わかりきったこと』一々答えないわよ。いいから早く食べて、冷めるから」

「う、うむっ」 素っ気ない態度の娘の答えに、それでも母親は満足した様子だ。

「もう姉さんたらそんなツンケンした態度で! 初給料出たら二人で母親にあげる服選びに行こうって約束したじゃないですかー!」

「ちょ、リリス……!」

「ハッハッハ! 良かったのう魔王よっ、お互い孝行な娘をもって!」

王の言葉に顔を赤くする魔王さん一家。何だこのむず痒い空間は。

と、ここである意味空気を読んだ親父が、

「いやー気になってたんだよねーこの人魚の煮付け! ちょっと見た目グロテスクだけど一体どんな味か……んっ! 脂がのっててうまい! やっぱり日本酒が合うなぁこれ! ……まてよ? そういえば、人魚の肉を食べると『不老不死』になるって逸話が……?」

「安心しな親父、不老不死はメスの方で、オスは精々寿命が一〇年伸びる程度だよ」

「なぁんだ、安心? そうと分かれば、パパ家族の為に長生きして働きまくるぞっ」

そのまま大人達はウチの店を居酒屋代わりにハシャギだす。異世界組ママン二人も日本酒やビールなどイケる口らしく、すぐに上機嫌な様子に。

僕はもう大人達を放っておいて、離れた場所に居る『彼女』に声を掛ける。

「さて、何で君までここに居るの?」「モグ?」

親父差し入れのローストビーフやスパゲティを口一杯に詰めて頬袋を膨らませているのは【竜王様】だ。異世界の方で大人しくしてると思いきや……

「モッチャモッチャ! モッチャモッチャー」

「飲み込んでから喋りなさい行儀悪い」

「――ンクッ、ぷはぁ……数日振りじゃのう、天使ナデよ。再会の喜びを分かち合いたいところじゃが、その前に伝えねばならん事が、な」

「素敵なお話、では無いんだろうなぁ」

「素敵なお話じゃよ。妾、今日から『この世界で暮らす』ことになった。よろしくな」


竜神様の話曰く。

僕らが――竜神様と一悶着あった後に――異世界を出て間も無く、竜神様の前に、求めていた天使(もとい旦那?)が現れたらしい。

それで再会を果たした二人は――早速殺し愛、もとい殺し合いというじゃれ合い始めたと。

二人の戯れで世界を滅ぼされては堪らんと、フラガリア王や元魔王さん、しまいにはリリスとナイトの父である伝説の勇者様も急遽参戦して……そんな怪獣大戦争も、最終的に『竜神様を世界から追い出す』事で話がまとまったようだ。

今後は、元の世界に戻れないよう件の天使が竜神様に制限を掛け、何故か『僕の世界』に厄介払い、というオチ。


「全くあやつめ、妾をこんな右も左も分からん世界へ追い出しおって。……しかしまぁ、久々にあやつの子憎たらしい顔を拝めてスッとしたわい。感謝するぞ、ナデ」

「喜んで貰えたならいいけれど」 ……ううむ。一昨日のあの夜、僕が尊姉に竜神の話をした時に件の天使を調べて貰う様頼んでいたのだが、こんなに早くアクションが起こるとは。

「それで、どうもあやつはこの世界で仮の肉体に憑依し日常を送ってるらしくての。『文句があるなら見つけ出して会いに来い』と挑戦的な事を……むっ? あのこちらを睨む女は……あの時あやつと居た天使か?」

竜神様の視線の先にはメイ。尊姉と勘違いしているのだろう。

「その場にあの子も居たんだ。ややこしいけど、彼女は天使じゃなくってね――」

説明した後僕は竜王さんから離れ、ポツンと一人居るメイの元へ。

「やぁ、打ち上げ楽しんでるかいメイ?」「そのように見えますの?」

おやおや少々ご機嫌斜めらしい。

「僕が構ってやれなかったから怒っているのかい?」

「そ、そういうワケでは……というか、あそこにいる幼女は何者です?」

「気まぐれに世界を滅ぼすような災厄だよ」

「……貴方は何故にそういった輩に矢鱈と縁が……まぁ今は平気なのでしょう。それはそれとして、わたくし、一足先に帰っても良いでしょうか? 疲れもありますが……多少の場違い感を覚えましてね」

「うーん、確かにメイからしたらアウェイ感あるかもね。無理にあの場に入れってのも酷だろうし。よし、僕も帰ろう」

「……いや、貴方は一番帰ってはいけないでしょう、主役みたいなものですし」

「かまへんかまへん、何だか帰って寝たくなったし。店からそーっと出ようぜ。この聖衣で空かっ飛べば地元まで一時間よ」

呆れ顔のメイの手を引き、気配を殺して扉の方まで行って「あ! ナデさんどこに行くんですか!」速攻でバレて連れ戻された。


――その後は店に他の喫茶店の店長らも遊びに来たりして、日付が変わるまで大騒ぎ。長い夜はまだまだ終わりそうにない。

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