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――。


「ハイハイいらっしゃいませお客様ー押さないで下さい順番は守って下さいねーちゃんと皆さんの分の体験版はありますよ慌てないでー、因みにですが絶対に転売や中身をネットに上げるのはやめて下さいねー誰がやったかわかるんですよー同じ内容のゲーム体験版を後日ホームページに上げますからねー、それと我が店の情報をチェックしたい方はこのホームページを見てくださーい期間限定メニューや店員の可愛いショットなど日々アップしますんでー、初めに言っておきますが我が店はお客様を神様扱いしませーん信仰の自由でーす」


さてさて。

目出度くオープンを迎えられたセブンスヘブンだが……正直この先は消化試合の色が強い。

『祭も旅行も準備が一番盛り上がる』といえばいいのか、今日を迎えるまでが忙し過ぎて楽し過ぎて、本業である喫茶店の仕事が初日だというのに温く感じてしまう。

僕の手足であるヒロインズもこのビルの各喫茶店で扱かれたお陰で接客は(一部を除き)問題無し、日本語も既に完璧。

メイ含め癖のある面々だが、無能もトラブルメーカーもおらず、即ち面白い事(と書いてアクシデント)が起きづらいわけで……本来ならそれがベストなんだろうけど。

何か起きないかなーと、厨房にいる僕は調理をしつつモニターから彼女らの接客を眺める。

「帯刀のポニテ店員さーん、あそこで『プカプカ浮いてるボーリング玉みたいな石』はなんですかー?」

「む、私を呼んだのか? それは店長と私がとある戦国の世に行った際、浮遊城から取って来たコアだ。起動させればこのビルも浮かせられるぞ」

「はえー、そういう『設定』なんですねー、すっごい。あ、このマンガ肉うっま!」

ライコや他の彼女らには本当の設定を話していいと伝えてある。その方が真に迫る説明も出来るし、客も『そういう演技』だと補完してくれる。誰一人、彼女らが本当の異世界人だとは思わないだろう。

「そこのティアラをつけた姫様店員さーん」

「この無料サービスの【運命鏡】ってなーに?」

「はい姫様店員リリスをお呼びですねー。その鏡はリリスの家であるフラガリア城にあった神器でしてねー、映った者の運命の相手が鏡の裏に映り込む、というアイテムですー。試されてみますか?」

「わー楽しそー、やろっかアヤ」「話の種にはいいかもね、サヤ。なら先に私から」

「お二人は双子さんでー? 仲がよろしいですねー。……むむっ、出て来ましたよー」

「どれどれー……えっ――たっくん!? アヤ! どうして私の彼氏が……!? たっくんは私達の幼馴染で……アヤはいつもたっくんと喧嘩してたじゃない!」

「それは……だって! 私もタツヤが好きなんだもん! 仕方ないじゃない! サヤじゃなく私がタツヤの運命の相手なんでしょ!? それが分かったんなら私、もう我慢しないからね!」

「そんな……わ、私の運命の相手もたっくんだもん! 店員さん! 私も映して!」

「はぁい。……おやおや確かに、同じ男性が映りましたねーたまにあるんですよー、おめでとうございまーす」

「っ! やった! ほ、ほら! ……ねぇサヤ、喧嘩なんてやめましょう? 昔だって、たっくんと三人で仲良くやれてたじゃない。あんな頃みたいに、また」

「アヤ……私も、出来るならまた三人で……!」

「イイハナシデスネー」とニコニコなリリス。今回はうまく収まったが、色々と問題の起きそうな道具だな運命鏡。イイネ、もっとこういう道具増やしていきたい。

「あ! 本当にメイメイ先生が! 先生の絵が好きなファンです! サイン下さい!」

「おほほ、申し訳ありません、今は手が空いてませんので次の機会にまた」

「ちょっとそこの金髪の店員さん! この料理なんだよ!? ディープインセクト(腐怪蟲)のネバネバパスタって……これって虫だろ!? 客に虫出すなんてどんな嫌がらせだ! 何か微塵切りにされてんのにまだピクピクしてるし!」

「はぁ? メニューにも『虫使用』と書いてあるでしょう、よく読んで下さいまし。虫食はこの国でも世界でも行われてる立派な文化です。殿方が情けない」

「なっ! それが客に対する態度か! ネットで炎上させるぞ!」

「店長の話を聞いてませんでしたの? この店は客よりも店員が上。それと……貴方、こっそりスマホのカメラを回してますわね。それを動画サイトにあげて再生数を稼ぐのが目的なのでしょう? こういう輩が来る事は想定していましたが……醜いですわね」

「い、いやそんなこと……って!? な、なんだこの黒服ガチムチ集団! いつの間に!?」

「あら、貴方達は……全く、お父様の差し金ですのね。……そのお客様はわが店について意見があるそうです、お話を聞いて差し上げて」

「え!? ちょ、待って! ごめんなさい!」 客の意見が通る事は無く、そのまま天ノ家の人間に連れて行かれた。よく見たら近くの席には親父が座っていて、ニコニコとメイに笑顔を送っている。まぁオーナーだからある程度の権力の行使は僕も許容するけど。

「ちょっとナデ、何ニヤニヤと眺めてんの。注文は次々来てるんだからさっさと作りなさい」

と。一緒に厨房で料理をしていたナイトがそんな檄を飛ばしてくる。

「ん? 僕の調理速度は問題無いよ。問題は彼女達が本来のスペックを発揮出来ないせいで、料理を運ぶのが滞っちゃう点がねー。そんな訳で……ちょっとナイト、この【人魚(オス)の煮魚定食】あそこのテーブル運んで来て」

「ええ……ほら……私はいいわよ……その……明日頑張るから」

「このコミュ症め。折角接客能力を鍛えて貰ったのに発揮しないでどうする? そういうとこだぞっ。こっちは大丈夫だから行ってこいっ」

「なによ……置いたらすぐ戻るからね」 言って、ナイトは出来た料理を持って姿を消した。次の瞬間には指定したテーブルへ。

「ッス……またせ…ました」

「ぅおびっくりしたぁ! 店員さんいきなり現れたねっ。……ん? あ! よく見たら魔王さんだ! 動画で見るより断然キレー! てかここの店員レベル高スギィ!」

「ヤ……なこと……ないレス」

「あはは緊張しててかわいー! 握手してくださいっ」

「ッス……」

うーむ、そんな簡単にコミュ症は治らないか。

まぁ最低限の仕事は出来てるし良いけど。

お、戻って来た。

「――っはぁ。もう無理、表出たくない……」

「重症だねぇ、そんなに顔赤くしちゃって。でもまだ一日は始まったばかりだからどんどん出て貰うよー」

「帰って寝たい……」

「そんな甘えた要求は「ナデさ、テンチョー!」……ん? 何かリリスが呼んでるな。ちょっと行って来る、調理続きお願いね」

「え、ちょ」


仕事をナイトに託し、リリスの元へ。

その席に座っていたのは、一人のやつれた中年男性とデザートをパクパク食べる幼女だった。


「あっ、ナデさ、店長! こちらのお客様が責任者を呼べとっ」

「そう、ありがと。お客様、店長ですが何か?」

「あ、あんたみたいな学生が店長だと!? ま、まぁそれはいい! これを見ろ! ワシの娘を見てくれ!」

「はぁ、ウチの【女神のハチミツシフォン】をぱくついてますね。それが?」


「む、娘はなぁ……重い病を患ってなぁ……もう長くは無かったんだ。病のせいで目も見えなくなっていって……食欲も全然で……体も自由に動かせなくなっていって……そんなある日、掠れた声で、『最後にこの店に行きたい』ってせがまれてな……前からあんたのファンだったらしくって」


「はぁ、成る程。でも、『今は元気で目も見えている』のがおかしいと?」


「そうだよ! あんた……! このケーキは何なんだ!?」

「女神のハチミツシフォンはっすね、異世界の女神の泉に咲く花の蜜をヴィーナスビーという蜂が集めて出来た蜂蜜【ヴィーナスハニー】を使用したケーキです。その蜂蜜は万病を治す効果があるんすよ」

「よ、よく分からんが、じゃ……じゃあ! ワシの娘の目は本当に……!? どう足掻いて治らないと医者も匙を投げていたのに!」

「仙人の僕の話を疑うと? 目どころか、重い病、でしたっけ? 『その程度なら』治ってます。心配ならこの後病院で検査すればよろし。運が良かったっすね、そのシフォンはそれで最後で、しかも次の蜂蜜が採れるのは『百年後』でしたよ」


途端、泣き崩れるおっさん。直後、パチパチ鳴り響く拍手とイイハナシダナーと声を上げる他の客達。我関せずとマイペースにケーキを食べる幼女。


「大抵の病ならばリリスの魔法で治せるんですけどもね!」

「まぁそう言ってやるなや」


……その後も。

ゾロゾロ来る客の波を僕ら少数精鋭でテキパキと乗り越えていく。途中も多少のゴタゴタはあったけれど、基本天ノ家の力で『穏便に』解決して行って――

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