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と、まぁ、お昼はボイス収録なり色々あったりして……何とか放課後までにゲームを完成させる事が出来た。

後はよくお世話になってるCDプレス業者にゲームを焼いて貰って終わり。明日の店頭配布には間に合いそう。


――そんなわけで、帰宅後。


「えー、皆さん今日までお疲れ様でした。この二週間、お店のオープンの為に色々頑張ってくれたと思います。思えば約三週間前、僕が異世界へと召喚されたのがキッカケでああもうめんどくせぇカンパーイ!!」


オープン前夜は僕の家にて決起会をし、明日への士気を高める。

皆体力に関しては化け物なのでドンチャン騒ぎをしても翌日には響かないだろう。


……一通り盛り上がり、皆が地べたに転がるように寝静まった頃……僕は一人起き上がり、PCを点け、出来たてホヤホヤのゲームを起動させる。勿論ヘッドフォンをつけて音漏れしないように。


姉妹が歌って戦うオープニングを眺めた後にニューゲームをクリック。

『無関係な人間にとっては』殆ど意味のない主人公のプロフィール入力画面にて――誕生日には『メイと尊ねぇの誕生日である八月二日』、好きな食べ物に『ミコト』と入力し、決定。


すると、ゲームが始まるどころか画面が真っ黒に。


そこから一分待つと……『尊ねぇルート』が始まる。


と、言ってもイラストなど無い。メイも知らぬ隠しテキストなのだから当然だ。

相変わらず画面は真っ黒だが、テキストウィンドだけが表示されて話は進む。場面は昨日のメイの部屋での会話シーン。


撫子『そういえば、僕の願い事、だったよね? まぁ君と同じで意外性の無い願いだけど     ――尊ねぇを生き返らせる、それだけ』

尊『――え?』


BGMすらなく淡々と無機質に寂しく流れるテキスト。

この時の尊ねぇの表情を知っているのは、当事者の僕だけだ。

僕だけが知る尊ルート。正規の順を踏まねば出ないように細工もしてある。ならなぜ入れたかって、僕が楽しむ為だからに決まってる。


「ぅぅん……」


と。油断していた所で、メイが僕の腰に抱き付いて来た。寝ぼけてい……るんだよね? 起きる様子は無い。

少々の罪悪感を覚えつつも、僕はそのまま尊ねぇルートを最後まで終わらせ、その後再び眠りについた。


【六】


数日続いた雨天が嘘のように、今日の空は晴れ渡っている。


土曜日の朝一〇時、オープンまであと一時間……僕らは異世界喫茶セブンスヘブンの店内に居た。緊張する様子の者は誰一人居ない。そんな可愛らしい小心者な女の子、残念ながら僕の周りには居ない。

店の前には既に行列が出来ている。

といっても、オープン数日間は誰かれ入れるつもりはなく、外で待っているのは前もって抽選で選ばれた人達だ。客が雪崩れ込もうが対応出来るが、食材には限りがあるし他の店にも迷惑が掛かるからこその処置。それでもオープン前から並ぶだなんて、よっぽど期待してくれてるんだなぁ。

因みにだが、このビルにある喫茶店は全て『会員制』である。一つの会員証で全ての店に入れるのだが、顔写真付きという厳重っぷり。住所等の個人情報も記載されているので問題起こされた時は対応が楽だねっ。


「どうする? 少し早いけど開店しちゃう?」

「わたくしは構いませんわよ」 頷くメイに続いて他のメンバーも頷く。

「よし、じゃあ開ける前に気合い入れる為の円陣組も。なんかこう、ファイオー、みたいな」

ふわっとした説明で僕ら五人は肩を組み合う。うーん……改めて思うけど、ここは美少女揃いだなぁ。皆既にバラバラの制服姿で見るも楽しく、各々の女の子臭が良い具合に混じり合って幸せな香り満ちている。

そんな清い空間が今から秋葉原のクセェ雄どもで埋め尽くされるだなんて……お店やめてただの溜まり場にしたらだめかしらん?

「ナデさんっ」「うん?」 唐突に僕の名を呼ぶリリス。

「今日まで色々ありがとうございますっ」

「んん!? どうしたいきなり、死ぬの? お別れなの?」

「お別れなどあり得ません! ただ改めてお礼が言いたかったのですっ。まさか姉さんとこんな日を迎える事が出来るだなんて……夢みたいです!」

「その話長くなる?」

「いいえっ。ただ、リリスはナデさんに全然お礼が出来なくてやきもきするのですっ。いつリリスの処女を受け取ってくれるのですか!?」

「飲食店の開業前にする話じゃ無いよね」

「成る程わかりましたっ、処女だけでは足りませんねっ。リリスのこの先全部! ナデさんにあげます!」

「よし分かった、受け取るから仕事に集中しようね」

「はい! これからもよろしくお願いします!」

 呆れと怒気と緩慢さの混じった微妙な空気になった所で……

「セブンスヘブーン……ファイ「「「「オー!!」」」」」

さぁ決まった。始まるぞ。開店だ。忙しくなるぞ。

「ところでナデさん、今更ながらセブンスヘブンて店名、どういう意味です?」

「天使の住処、って意味だよ」


天使たちの、住まう処。

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