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「姉さん! この雑誌の記事は必見ですよ!」
リリスが声を上げると、「そんなに叫ばなくても聞こえてるわよ」と姉さんは呆れ顔になりますが、それでもリリスが広げた雑誌を覗き込んでくれました。そんな反応を当たり前にしてくれるのが、リリスはとても嬉しいんです。
ここは学校の保健室。
リリス達異世界組(自分で言うのも変ですが)はこの部屋で勉強し、既にこの国の言語を読み書き出来るまでにマスターしました。それでも十分だとナデさんは言ってましたが、次の目標はナデさんやメイさん達と一緒の教室で勉強出来るまでに至る事。だって、もっと同じ空間に居たいから。
おっと、話が逸れましたね。広げた雑誌に意識を戻します。
「ここですっ、ここに『気になる男子がキュンとする女の子の仕草』という記事がっ!」
「いかにも頭の悪そうなネタね……なになに……『ワザとご飯を残して少食アピール』、『語尾にニャンで可愛さアピ』、『頻繁にボディタッチをしてドキドキさせる』、ねぇ」
「これを実践すればナデさんはキュンとしてくれますかね!?」
「ぶん殴って来るわよ」
「怖い!?」 でも、確かにその光景が容易に想像出来ます。
「ナデは女のあざとい言動を嫌うからね。相手が女だろうが平気で手ェ上げるわよ」
流石姉さんはナデさんの事をよく知っています。今の話からすると、成る程確かに、姉さんと同じぐらいナデさんと長く居られたメイさんのハッキリとしたキャラは参考になります。
「ま……あんたはこんな記事に惑わされず今のままで良いと……って、私も何言ってんだか」
「いいえ! リリスはもっと姉さんから助言を頂きたいです!」
「おいおめぇらうるせぇぞ、外は授業中なんだからもっとボリューム下げろ」
と。ハシャギ過ぎたばかりに、この部屋の主ことナデさんのお母様、シキミさんに怒られてしまいました。「なんで私まで……」と姉さんは唇を尖らせます。
白衣と呼ばれる白い服とフレアスカートを身に付けるシキミさんはとてもセクシー。リリス達の世界の言葉を話せたりといまだ謎多き方ですが、勉強を教えてくれたりナデさんと同じく良い匂いがするのでリリスは好きです。良い匂いの方に悪い人は居ません。
「シキミさん、大好きです!」
「いきなりだなリリス!? まぁ、アタシもあのバカよりお前が娘だったらなって思うよ」
リリスはナデさんみたいな息子が欲しいですけども。
「話戻すが、ほら、ライコを見ろよ、一人で静かに本読んでるだろ」
「グフンフフ……んん? 私を呼んだか?」 顔を上げるライコさん。手に持つは少女漫画。表紙にはキャピピとした目の大きな少女が載っています。顔の三分の一が目です。こわい。
「あんた、本当にそういうベタな恋愛もの好きよね。それ、『奥手な気弱後輩男子と周囲には恋愛マスターだと思われてるけど実はウブな先輩女子』の恋愛漫画だっけ? 私も試しに一巻だけ読んだけど……甘ったる過ぎて胸焼け起こしたわ。そんな小学生向けを楽しめるだなんてどんだけ乙女なのよ」
「なっ……私は別に楽しんでなどいないっ、これもただこの国の若者の嗜好の勉強で!」
この二人が、こんな軽口を叩ける仲にまでなれたのもリリスは嬉しいです。
これも、全て救世主であるナデさんのお陰。あの方はリリスの国だけではなく、リリスの全てをも救ってくれました。
「全く……ん? 今更だがシキミ殿、先程から何をピコピコと弄っているのだ?」
「ピコピコて、お前はゲームに疎い母ちゃんか。まぁこれは今言った通りゲームでな、いつでもどこでも遊べる携帯ゲーム機ってやつだ。さっき女子生徒から没収したんだが……やって見るか?」
「ううむ、そういった機械の類いは苦手で」
「ボタン押すだけの簡単な……ああそうだな、いま撫子が作ってんのと同じく恋愛ゲームってやつだよ。ただし、こっちは『女主人公』で、沢山の男らに言い寄られる、って中身だがな。試しに触って見ろよ、これも勉強だ」
「勉強、といわれたら……」 と、ライコさんはどこかニヤついた顔付きで携帯ゲームを受け取りました。リリスと姉さんもゲーム画面を覗き込みます。
『――おい、だから俺に話しかけるなっつったろ糞女』
いきなりの罵倒です。画面に映るのは目付きの鋭い男性。ピキッと、ライコさんがゲーム機を握り締める音が聞こえました。
『ふんっ、そんなに俺と居たいってか? いやらしい女だぜ』
「叩っ斬る!」「剣を抜こうとすんな」 シキミさんは素早くライコさんの手を止めました。
「この性格の悪い男はなんなのですかシキミ殿! 主人公を不快にさせるのが目的ですか!?」
「いや……アタシも理解出来ねぇが、こういう『俺様キャラ』はそれなりに需要があるらしいんだよ。お前が読んでた少女漫画にも良く出るぞ」
「貸してライコ、納得行かないなら続きは私がするわ。あんたはゲーム機壊しかねないから」
「ぬぅ……お前はこういう性格の男が平気だと?」
「そういう『悪い男』は側でよく見てたからね、慣れっこよ」
『――フン、そうまでして近づくか、おもしれぇ。お前……俺のモンにしてやる(壁ドン)』
「あ、やっぱ無理だわ」「お前も地面に叩きつけようとすんな」 シキミさんは素早く姉さんの振り上げた腕を止めました。
「大丈夫よ、壊しても『戻せる』から」
「そういう問題じゃねぇよ、ったく、全然耐性ねぇじゃねえか。クズ度で言えばウチの息子のがそのゲームキャラよりダントツだってのに」
「その息子に対する異常な過小評価はなんなの、厳し過ぎ。……リリス、続きやる?」
「壁ドン――モノ扱い――なかなかどうして悪く無いですね」
「ええ……」
今リリスの頭の中では『自分が』ゲームの主人公だったらと自然に妄想していました。勿論そのお相手は……キャッ!
「ちょっとライコ、この子どうしちゃったのよ」
「むぅ。姫様はフラガリア城で、それは大事に過保護に育てられたからな。そういう扱われ方を新鮮に思うのやもしれん」
「ベタね……」 と、その時です。
バンッ! 「オラァッ! 俺様の登場だァ!」「俺様キャラです!」
リリスは歓喜しました。ナデさんが現れたのもそうですが、俺様キャラとしての登場でダブル歓喜です。ミルクティー色の髪が今日もキラキラと輝いていて、その神秘的な美しさに魅入ってしまいます。
「うるせぇぞ撫子、昼休みになったからってバカみてえにハシャぐな」
「うるせえ可愛い息子が現れたんだぞもっと喜べあと撫子って呼ぶな」
「ナデさん! 壁ドンして下さい!」
「いきなりだなリリス!? あと壁ドンとか微妙にもう古いネタだね、まぁいいけど」
ズンズンナデさんがベッドに座るリリスに近づき……そのまま『押し倒され』ました。
「ほら、壁ドンだよリリス」 ニタリ――嗜虐的な表情で微笑むナデさんにリリスはゾクリ。
「……ハッ! ちょ、ナデあんたそれは床ドンでしょ!?」「調子に乗るなナデ!」「おっひるーおっひるー、あ、皆さんもう保健室で昼食をって撫!? 何をしてるんですの!?」
「なにをするきさまらー!」
姉さんとライコさんとメイさんに、ナデさんを引き剥がされました。
……顔が熱い……鼓動がドキドキと激しいです。
「ったくバカ息子め。リリス、大丈夫か――って……へぇ。お前もそういう顔出来るんだな」
クククと笑うシキミさんの表情は、やっぱりナデさんと同じでした。
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