26

――リリスに部屋からお引き取り願い、メイの茶を待ちつつ作業を進めていると、


「(ガチャ)ふう。お茶の方、持って来ましたわよ」

「ん? ん、ありがとう『尊ねぇ』」

「……何で一瞬でバレるかなぁ?」


首を傾げながら、先輩天使ことメイの姉 天ノ尊がお茶を持って来た。今回もメイの体を借りて僕に会いに来たようだ。

「だから僕相手にはバレバレなんだって。それで、今回はどんなご用事で?」

「用が無きゃダメ? なんて可愛い台詞はボクには似合わないよね。コレ、持って来たよ」

ベッドの上にそっと置いたのは二人分の衣服。これこそが尊ねぇに頼んでいた『僕とメイ』の喫茶店の仕事着である。

「わぁいアリガトー。早速着替えちゃおっかな!」

「ちょ、この場で!? 脱ぐの早っ! てか何でパンツまで!? なにその『え?』って顔は!」

「今更そんな事気にするなんて。昔メイと三人でお風呂にも入った仲でしょや」

「昔の話だろう!? 君は昔のまますぎるよ!」

「妹のメイなんかもう無反応だってのに……っしょっと。ん、着替え終わったよ」

目を逸らしていた尊ねぇが僕を見て「ほぉ」と口元を綻ばせ、

「やはり、撫君はこういう神秘的で潔癖な格好が似合うねぇ。持って来た甲斐がある」

「そぉ?」 壁に掛けられた長鏡で自分の姿をチェック。例えるならば、古代ギリシャのキトンを彷彿させるゆったりした白い衣服。背中には白い小さな翼。足元は脛までストラップの伸びたグラディエーターサンダル。これらは全て正式な『天使の聖衣』であるらしい。僕が今着ているのは、尊ねぇに頼んで取って来て貰った『僕の』聖衣。もう一着のは、メイの為に尊ねぇが自分の予備を提供してくれた分だ。

「その後ろの翼、慣れれば実際に飛べるようになるけれど、当然人前では使わないでね?」

「マジ? ……おお、本当だ、フワッと浮いた」

「当たり前のようにすぐに使いこなすなぁ。さて、それじゃあボクは役目も済んだし、戻るとするよ。妹をあまり虐めないでね? 君と他の女とのいちゃつきイラスト描かせるとか、全くどんなSプレイだい」

「ん? まだ僕の用は終わってないよ?」 バンバンとベッドを叩く僕に、「え?」と尊ねぇは頬を染めた。

――まぁ。僕の本当の用は『コレ』ではないのだけど……

「おほー、この感じ久しぶりだなー」

「もう、君って奴は……ちょ、そんなとこの匂いかがないでっ」

グリグリ、僕は尊ねぇの膝枕の上で頭を動かす。最後にやって貰ったのは、この子が亡くなる前日だったか。

「心無しかメイとは感触が違う気がするなー。メイの体なのに不思議だー」

「気の所為だよ……全く。甘える相手なら沢山居るだろう? 君のママの樒さんや、君より早く生まれたメイも含め、皆年上なんだから」

「母ちゃんに甘えるとか想像出来ねぇな……ま、確かに僕の周りカシマシーズは年上揃いだけど、皆甘えたがりでさ、姉属性を全うしてるのは君だけみたい。あー、バブみバブみー」

「なんだよバブみって……」 苦笑しつつ、尊ねぇは昔のように髪を優しく撫でてくれる。

皆、僕の事を母親ポジだとか人を甘えん坊にさせるなんていうけど、その原点があるとするなら、僕は無意識に尊ねぇの真似をしていただけかもしれない。

「しかし天使の仕事ってのは大変だねぇ。一応公務員みたいなもんだけど、尊ねぇは給料みたいの貰えてんの?」

「それに近いものは貰えてるかな、天界で使用出来る硬貨とか。……まぁ大変ってのは同意だね、今までボク、一人でやって来てたってのもあるけれど。でもこれからは撫君とも同じ立場で歩めるから、心労は消えるよ」

「何故僕が心労の種になるとは考えないのか」

「君関連の心労なら寧ろ癒しだよ」

Mっ気があるなぁ。親父に似たのだろうか。

「てか、あっちでは友人とかパートナーみたいな人居ないんだ」

「うん……ボクって他人にはハッキリ言うキツイ性格だしお堅い印象だから、人付き合いは薄いかな。一人、慕って来るというか付きまとって来る後輩みたいのは居るけれど……組めるんなら、やはりボクは撫君とだね」

「なら、次の仕事が来たらね。出来れば生温い仕事で」

「エヘヘ、約束だよ。今度はメイの体でなく、ボク自身の体で会いに来るから」

嬉しそうだなぁ。それだけ、この子は一人で心細く頑張って来たのだろう。たまに見せる子供っぽい雰囲気が普段の大人っぽさとのギャップでキュンと来る。メイと同じ顔なのに不思議なもんだ。

「……そういえばだけど……撫君は決めたのかい? 『百回の仕事の後何でも願いが叶う』っていう、天使の仕事のご褒美は」

「ああ、それね。話を聞いた段階で決めてたけど……その前に、尊ねぇの願いは?」

「ボク? ボクのは意外でもなんでもないよ。『母さんを生き返らせる』、それだけさ」

「本当に意外性ないね」 優しい尊ねぇらしい願い。

今更たらればを言っても仕方ないが、『もし』、尊ねぇが天使にならなかったら……加えて尊ねぇの願いが母を生き返らせるでなければ、どちらも『ナイトの時魔法』で解決した問題だった。あの子の力は死者すら生者に巻き戻せる……けれど、『天使が介入』した時点でその力は制限される。僕を求めたナイトが過去に戻れなかった時のように。

「そうだ、久しぶりに母さんと話してみる? メイの携帯じゃまずいから……携帯かして?」

「電話? あの人と? ちょっと待ってね……はい」 スマホを渡すと、尊ねぇは何やら番号を押し始めて、僕に返す。

『(プルルルル……ガチャ)もしもしー? だーれー?』

「わたしだ」

『そ! その声は……! わーい撫ちゃんだー!』

「はい撫ちゃんですよ」 なんとなんと。本当に電話の相手はメイと尊ねぇのママン。尊ねぇと共に家族を護って命を落とした聖女だ。

『久しぶり! ミコトから色々聞いてるけど大変みたいだね! けど昔通り相変わらずなようで安心してるよ!』

あのカラカラと笑う表情が目に浮かぶ。昔からこの人はテンションがおかしい人だった。リリスタイプのキャラ。

「僕もママンが元気そうで安心。そっちの世界はどんな感じ? 天国?」

『まさに天国だよ! ミコトちゃんと二人暮らししてるんだけど、年は取らないし漫画も描き放題! 本来なら転生の手続きとかで忙しいんだけど、ミコトちゃんの願いがあるからゆっくり出来るんだ! あ、そうだ! そっちに今描いてる漫画のデータ送るよ! 描ききれなかった漫画の続きだよ!』

「天国自由過ぎるな」 データはすぐ送られて来た。天国と地上も今やWiFiで繋がる時代か。LTEかもしれん。

その後も、積もる話をそれなりに消化して……

『じゃあそろそろ切るね! 君のママの樒ちゃんにもよろしく言っといて! まぁよく電話してるんだけど!』

「してんのかよ、自分の母ながら謎多過ぎるなあの人。分かった、伝えとくよ」

『ん、では! ――娘達をお願いねっ?』 プツン、電話は切れた。……本当騒がしい人だ。

「終わったようだね。あの人変わってなかったろ?」 電話中も僕の頭を撫でていた尊ねぇ。

「そうだね、相変わらず『食えない人』だったよ」

?? と尊ねぇは首を傾げる。お互い、とんでもない母親を持ったものだ。『お願い』だなんて、つまりはほぼ命令みたいなものだ。

「よしっ、それじゃあ今度こそボク」「おっと、まだ本題が終わってないよ」「ええ……」

有無を言わせず、僕は膝枕から頭を上げ、尊ねぇの前に『録音機材』を出して、


「君も『ゲームのヒロイン』なんだから、しっかりボイス取らせて貰うよ」


——。


「……あら? わたくし……眠ってました?」 体を起こすメイ。

「うん? どうなんだろうね。夢でも見てた?」

「……貴方に……膝枕をしていたような?」

「今膝枕してあげてたのは僕でしょ。やっぱり眠ってた」

「はぁ……、あら? いつの間にわたくし、こんな白い……キトンのような衣装を?」

「ああ君が横になってる間に着替えさせたよ。それが喫茶店での僕らの制服ね。『知人』が持って来てくれたんだ」

ペタペタと聖衣を触れていたメイが、ふと、服の匂いを嗅いで、「この感じ……懐かしい香り……おねえ……」 僕を見る。僕は肩を竦めた。

「……そう、ですか。知人の方が」 クスッ、メイは口元を綻ばせて、

「さ! 作業の続きをやりますわよ! 時間はありませんので!」

パンと手を叩き、腰を上げた。着替えずその格好のままで居るようだ。

「作業の前に、少し空のお散歩でもしようよ」「え、意味がわからな——ちょ!?」

僕はメイをお姫様抱っこし、有無を言わせず窓から飛び出す。人一人抱えてもこの聖衣は余裕で飛べるようだ。

雨は、いつの間にか止んでいた。

「キャ——ー!!」と悲鳴を上げ続けるメイが次に目を開けた時は雲の上だろう。


雲の上に行けば、少しはあの子の居る天界へと近付けるのだろうか。

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