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【五】
車のタイヤが水溜りを弾く音。屋根を打ち付ける水音。湿っぽい土臭い空気。
外からは強くもなく弱くもない中途半端な雨音が聴こえる。僕の好きな天気だ。家に居る時に限るが。
喫茶店オープンを二日後に控えたその日の夜――僕は幼馴染こと天ノ命の部屋でゲーム製作の佳境を迎えていた。何だか喫茶店よりゲーム製作関係ばかりピックアップしてる気がするが気の所為だ。
「――ふぅ。こちらはひと段落つきましたわ。撫の方はどうです?」
「僕もあと一時間あればテキスト埋められるよ。しかしなぁ、このベッドシーンの艶っぽさに納得がいかなくて」
「全年齢向けゲームですのよ!? 書き直しなさい!!」
「ええー、僕の本領はエロスにこそ発揮されるのに。それに、秋葉のキモオタはエロゲじゃないと食いつかないよ?」
「だとしても今から一八禁シーンイラストなど無理ですわ! そのテキストは次の製品版にでも回して今は直しなさい!」
製品版はエロゲでもいいのか……と困惑しつつ、〈異世界喫茶インAKIBA(仮)〉の一八禁版テキストを別フォルダに保存し、全年齢版の続きをPCで打ち始める。
今夜中にテキストを完成させてすぐにボイス収録……残りの行程を含めると本当にギリギリだな。誰だよゲーム作ろうとか言ったの。
「全く……にしても、久し振りですわね。ここまで二人きりだというのも」
「そうかい? この前も秋葉原のウチの店で一緒にゲーム作りしてたじゃん?」
「そうはいっても貴方、ちょくちょく他の方々の研修先にちょっかいを掛けに行って落ち着かないでしょう」
「確かにねー。なに? 前の二人で自堕落な時間過ごしてた数週間前のが良かった?」
「それは……」と絵を描く手を止めるメイ。
一考の間を開け、彼女は『やれやれ』とかぶりを振り、
「あの頃も好きですが、わたくしに今の生き生きとした貴方を止める力はありませんわ。今の撫は、何か『止まる事が出来ぬ理由』があるのでしょう?」
「んー……どうだろうね。意識はしてないけれど、頑張る目的、はあるかも」
「でしょう? 訊きませんけれど。……さて、手が空いたのでボイス収録でもしますわ。わたくしのテキストは完成しているのでしょう?」
「ああ、うん。今そっちのPCにゲームデータ送るよ」
相変わらず僕に対しての察し能力がズバ抜けた幼馴染に謎のドキドキを覚えつつ、彼女の言われた通りにする。
今回の体験版は共通ルートの喫茶店オープンまでのストーリー。ボイス収録なんてメイが恥ずかしがりそうなイメージだが、そこは漫画家の娘、既にゲーム製作経験のある彼女にとっては苦でも無い。寧ろ作品に関して異常な拘りを持つメイが棒読みや辿々しい声の収録で納得する筈が無いのだ。例え僕が下ネタ紛いのテキストを書いても、メイは感情を込めて完璧に読み上げる。プロ声優のように綺麗で違和感の無い彼女のアニメボイスは、イラスト同様ネット上でも好評である。
メイのボイス収録をBGMに、出来たCGをチェックしつつキーを叩いていると、
「……、ナデ。今更ですけど、この物語は全てノンフィクション、なんですのよね?」
真剣味を帯びた声色でメイが訊ねて来る。同時に、外の雨音が強まった気がした。
「うむ。メイの部屋から異世界――喫茶店オープンまでの三週間の話だからね、体験版」
「貴方のこの独白部分も登場人物への心情もその通り、だと」
「当然。変に脚色するよりそのまんまの方が面白いし楽だし。それが?」
「いえ……改めて思ったんですのよ。今のナデは、わたくしの知らない一〇年を過ごした……いわば、一〇歳も歳上の幼馴染なんだな、と」
「言い得て妙だね」 意識した事は無かったが、確かにその通りだ。
僕のナイトとの記憶は、約三週間前に魔王城でナイトの顔を見た瞬間に思い出したモノだ。『顔を見れば思い出す』という、先代魔王様が僕に掛けた魔法。
一〇年前に既に、僕とナイトは天国の塔にて『高校生程までの体と心の成長』を経験している。塔を出る際に子供の体へと魔法で戻したが……塔での記憶をプラスされた事によって、今の僕は精神年齢的には『二〇代中盤』、という話になるのだろう。
「んー、まぁそんな事実に気付いても、僕の心は少年のままだからなぁ。おっさんになってもそのピュアさが変わる気はしないよ」
「そう、でしょうね。……ですが、やはり、貴方を遠くに感じてしまいます」
ううむ、幼馴染が沈んでしまった、どう上げてやればいいものか。彼女には抽象的な慰めに意味は無く、物理的な解決策でないと納得しない。
ナイトの時魔法で、僕と同じように一〇年という経験を積ませる? 例えば、この部屋の中だけ時間を遅くして、外では一分でも中は一〇年経過、みたいな。ナイトならば、そんな『逆浦島現象』を起こせる。けれどこれはメイが拒否するだろう。
一人で一〇年など精神的に無理だし、僕が一緒なら可能でもそもそもの精神年齢的な距離は縮まらない。この案は却下。
ならば……ここは発想を転換させて――
「じゃあこうしよう。メイもあと『百五〇年くらい生きる』って手もあるよ」
「は? それはどういう意味ですの?」
「知ってるだろうけど、ウチって仙人の家系じゃん? 仙人ってのはその仙道を極めた結果、長生きが多い。山形の方のひいひい……大ばあちゃんなんか百五〇歳なのに、未だアラサーな見た目でピンピンしてるからね。僕も同じ様な歳まで健在だろうから、メイも仙人の道に来ればいいんだよ」
「……『一〇年程度の年齢差などどうでもいい』と思わせるのが目的ですの?」
「逆にね。そこまで長く一緒に居れば一〇年なんて誤差だよ誤差」
「随分と……ダイナミックな解決策ですわね」
苦笑しつつも、先程まであった寂し気な陰は既に無く、
「まぁそんな人生も悪くはありませんね。やりたい事は多いですし、美も保ちたい。もしわたくしに仙人になれる素質があるのであれば検討しますわ」
「そ。修行したくなったらいつでも言って」 僕らは会話を切り、再び各々の作業を再開。
その後も……
「この最初に入力する主人公の誕生日設定と好きな食べ物設定には何か意味が?」
「『殆ど』無いよ。てかメイ、何だか僕とメイのシーンCGだけクオリティ高くない?」
「き、気の所為ですわよ! そ、それよりも! ほ、本当に貴方はリリスさん達にこ、こんな如何わしい真似を!? 漫画のラッキースケベの域を越えてますわよ!」
「それでもマイルドに抑えてるから」
「これ以上ですの!? ……はぁ。というか、貴方の場合ラッキーでは無くて故意的というか……オフェンシブ(攻撃的)スケベと呼ぶべきですわね、全く」
「ただのセクハラ野郎なのにかっこいい名称だ。ライコの反応が良くってついね」
「もうやめなさい!」
「(ガチャ!!)お母さ……ナデさん構って下さーい!」
「ちょ、リリス、お母さんは今忙しいから後にしなさい、てか誰がお母さんやねん」
「……わたくしお茶でも汲んで来ますわ」
ちょこちょこ会話を挟みつつ、乱入者も挟みつつ、雨の夜は更けて行く。
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