20
――。
各々の喫茶店に冷やかしに行った後は自分のお店へ戻り、再びメイと二人で地味な作業をして……気付けば時刻は一九時。
そろそろかな? と顔を上げると同時に『ガチャリ』と店の扉が開き、
「ただいまでーす! おなかすいたー!」「早く風呂に入りたい……」「ねむぅ……」
異世界組が同時に帰って来た。元気なのはリリスのみで、他は疲れで怠そうだ。
「おかえり三人共。じゃあ早速、試食会という名の夕飯にしよっか」
実際に店頭で出すメニュー候補を幾つか作り、試食し、改善点などを出し合う試食会。開店一週間前にやる事か? と思われるだろうが、ほんとそれな。
「異世界料理はまだ食べてないので楽しみですわ」とウキウキするメイの為、すぐに厨房で調理を始め、「ナイトー」「はいはい」 ナイトに時間を止めて貰い、
「――おまたせー」「一瞬でテーブルにずらりと料理が出ましたわ!?」
実際の調理時間三〇分を(メイからすれば)数十秒に短縮。ナイト協力のこの手を使えば、営業時の混み時間帯も料理をスムーズに提供出来るし焦らないでいいしいつでも休憩出来るしで、いやぁ時魔法便利。
皆がテーブル席に座り、試食会開始。
「と、とりあえず撫、料理の説明を」
「良し来た。先ずはこの【象王エレファスのマンガ肉】っ。今朝異世界で仕留めた巨像のお肉をマンガ肉風に加工して焼いた一品だよっ」
「あのPVの化け物ですわよね。……確かに、マンガで見るような『骨の中心に肉塊』な見た目で、大きさはオニギリ大の程々なサイズ。象のお肉は食べた事がありませんが……(はむ)……あら柔らかい。クセもなく、このピリ辛スパイシーな味付けが良いですわ」
「中々に好評だね。じゃあ次はこのパスタだ」
「ふむ……見た目は和風パスタですわね。大根おろしとあさつきは分かりますが、この中心に載る刻まれた茶色の食材は……む、ネバネバで……メカブのような、モロヘイヤのような……(ツルツル)……ふむ、味付けは日本人好みの醤油ベースで実に食べやすく、歯応えも刻み昆布のようにコリコリとして美味しいですわ。カロリーも低そうで女性受けも良いでしょう。何の食材です?」
「蟲」
「むし!?」 予想通りにメイがびっくりした。
「この瓶に入ってる蟲……正確には〈腐怪蟲(ふかいちゅう)〉ってモンスターを刻んだのと今朝採れたての巨大食虫植物を刻んで混ぜた物をパスタの上に載せました」
「瓶の中でウネウネ動いてますわ!?」 ドン引きなメイとは逆に、異世界組の皆は気にせずズルズルとパスタを啜っている。逞しい。
「ぅぅ……こんな掌大のセミの幼虫のような蟲が、異世界ではそこら中に?」
「や、これはリリスらの世界の怪物じゃないよ。これは一昨日、『更に別の異世界』から持ち帰った物。『天使の仕事』でね」
そう。この一週間、僕は既に天使の仕事に着手していた。
しかも四件。四つの世界を救ったのだ。
確認するが、天使とは『世界の調整者』。世界とは数多ある異世界も含んでいる。直接異世界へ出向き、救いを求める者の手助けをするクリーンなお仕事だ。
仕事の受注方法はその世界によって様々で、リリスらの世界のように特殊な道具を使って召喚されるなんて事もあれば、流れ星に願われて呼び出される、なんて事もある。
メイには、僕が天使になった事は軽く伝えてある。まぁ、彼女の姉(故人)である尊姉にスカウトされた件までは伝えてないけれど。
「この腐怪蟲はとある異世界に巣食っていた『人類の厄災』だ。その異世界はこの世界以上の文明レベルだったけれど、突然宇宙から飛来して来たこの腐怪蟲によって人類の半数を滅ぼされたようでね。小さい蟲はそれこそ掌大だけど、ビルと同等の巨体を持つ奴も居て、人類はロボット兵器やら重火器で対抗していた。けれどそれも限界が近づいていた。そんな世界に、僕はリリスと共に降り立ったんだ」
天使を呼び出したのは、一人の幼女。『たすけてください』と紙に願いを書き、神木に吊るしたようだ。その世界にも七夕のような風習はあったらしい。
依頼を受けた僕とリリスは、蟲の巣とされる場所を聞き、向う。
しかし、その場所は巨大な蟲らが蔓延る鉄壁の要塞で――まぁ、そんな壁、大魔導師プリンセスリリスにとっては障子も同然なんだけど。
それからは予想通りの殺蟲ショー。ただのデカイくて硬いだけの蟲にはリリスは止められない。彼女の容赦無い魔力の解放に、蟲の巣は五分と保たず焦土と化した。少し蟲が可哀想になるレベルである。『ありがとうお姉ちゃん達!』という幼女の笑顔と腐怪蟲を土産に、僕らは帰還したのであった。
「そんな、思い出の品なんだよこの腐怪蟲は。MVPのリリスも味わって食べろ食べろ」
「いやー腐怪蟲さんは強敵でしたね……」
「いやいや! 何故そんな厄災を持ち帰ったのです!? あまつさえ食べようと!?」
「だって手ぶらで帰るのもアレだし僕のセンサーが『食べて平気』って答え出してたし」
「ぅぅ……出すとするならメニュー名を考えなくてはですね。少しお口直しに水を……あら? このお水、何だか凄く美味しいですわ。体の中が浄化されていくような……?」
「ふふ、気付いたようだね。それはリリスの世界にある【世界樹】から採取した雫だよ。手に入れるのが困難な代物だけど、飲めば『不老不死』という破格の効果だ」
「不老不死!? なんてものを飲ませたんですの!」
「まぁ安心しな。流石に僕もアレだと思ったから、それは薄めてある。精々、体の悪い部分を治すデトックス効果があるくらいさ」
「それでも異常な代物ですが……ん? あら、目のクマが消えてますわね。女性客にしてみれば嬉しい健康食品ですわ。もう一杯頂きましょう」
「掌クルックルだね」
その後も数種の料理を口にするメイ。異世界組は美味い美味いとしか言わないので、一般客と同価値観の幼馴染の意見は参考になる。
「よし。じゃあ最後にデザートだ。この【ソーダスライム】をお召しませっ」
「……何ですの、この蜜柑大の、手足のついたゼリー状の生き物は」
両目をバッテンにして気絶するそのユルキャラを、眉を顰めて凝視するメイ。
「これはね、このまま丸齧りして食べるんだ(ガブッ)」『ピキー!』
「思いきりピキーと悲鳴出してますわよコレ!?」『ピキー!』『ピキー!』『ピキー!』「他の方々も一斉に齧らないで下さいまし!」
やはりメイにはショッキングな光景だったか。
「で、このソーダスライムも天使の仕事で持ち帰った食材なんだ。その異世界はね、『動物が普通に二足歩行で会話も仕事もして生活する』世界だった。人間はおらず、まさに動物だけの楽園。世界は平和だった……けれどある日突然、悪さをする奴が現れた。そいつの名はバイキングマン。そいつは野菜や果物、果ては料理にまで命を吹き込んで軍隊を作り、悪さをし始めた。争い事などなかった世界の住民は当然大慌て、なす術もなくやりたい放題されていた」
「なにやら絵本みたいな展開ですわね。それと敵の名前に既視感を覚えます」
「そこで住人の一人が『願いを叶える泉の女神様』に助けを求めた。結果、僕という天使に白羽の矢が立ったわけ。助手に連れてったのはライコ。――事情を把握した僕とライコは、まず敵の軍隊に雷を落とし、黒焦げにした所でムシャムシャ食べ漁った」
「意外とえげつないやり方ですわ!」
「大福や饅頭が美味かったなぁ」とライコは舌舐めずりする。和菓子が好きな様だ。
「うん、で、敵のバイキングマンは僕らという脅威に今度は自分が大慌て。すぐに白旗を上げて来たけど、また悪さをしないとは限らないじゃん? だからね、ライコの電気で頭をビリビリってしてね、良い生き物に生まれ変わらせてあげた」
「それは洗脳したと言うのでは……」
「結果、悪さをさせられていた食べ物生物らも良い生き物に変わり住人らも糾弾するでもなく全て許し皆が仲良しな優しいアンパンマン世界へと戻りましたとさ、ちゃんちゃん」
「今アンパンマンて言いましたわね!? ……はぁ。なんでしょう、何故かディストピア的な不気味なオチに思えますわ。ホラー要素など無いのに」
「まぁまぁ。そんなわけで、このソーダスライムはバイキングマンがソーダに命を吹き込んだ結果生まれた生物だ。『ピキー!』に抵抗あるのなら僕の食べ掛けをどうぞ。本当は踊り食いが一番美味しいのだけれど」
「普通は抵抗あります……(カプ)……ん、口の中でシュワシュワと弾けるゼリーのようなグミのような、新食感で美味しいです。けれど、これを客前に出すのはどうかと思いますわよ」
「そっかーだめかー。じゃ、この残った一匹は店のマスコットキャラにでもしよう」
一通りの試食会も終わり、メイは口元をハンケチで拭いて、
「ふぅ……撫の腕もあって料理は全て美味しいです。食材調達のエピソード等は、まぁ一般客は夢物語にしか思わないにしても食欲を削ぐような話は避けて改変すべきでしょう。兎角、この料理の品々は、多少のマイナスがあっても補える程の真新しさがあります」
「でしょ? ま、リリスの世界の食材ならまだしも、天使の仕事で手に入れた食材は安定して出せないだろうから数量限定扱いになるけど、逆に言えばそれも客寄せになりうる。ね? 面白い商売でしょ?」
「ですね。お父様を納得させた根拠はありますわ」
「よし。じゃあメイのお墨が付いた所で試食会おわりっ。片付けして帰ろっ」
僕の言葉に皆が立ち上がり、食器類などを纏めて洗い場へ持って行く。
――とその時、今まで黙って食事をしていたナイトがムスッとした顔で近づいて来て、「ちょっとナデ、いつになったら私を天使の仕事に同行させるのよ」と不満を口にした。
まぁ彼女の気持ちも解る。この一週間でこなした四件の仕事には、一度もナイトを連れて行かなかったのだから。
日本の戦国時代のような戦乱の世界にライコと行った際には、彼女がその世界の姫様と間違えられたり――
日常萌え四コマ系の世界にリリスと行った際には、世界のループに巻き込まれたり――
そんな面白エピソードをまだナイトに味わわせてないのだから。しかし、理由がある。
「全く、君は分かってないね。今回の四件の天使のお仕事、これは別に二人の担当を入れ替えてもどうにでもなる仕事内容だ」
「それがなに? 私にだって余裕でこなせるわ」
「そうだろうね。そして、君は更に『あの二人には出来ない仕事』を出来る。その類の仕事の依頼は近いうちに来るだろう。それをナイトとしたいんだ」
「……特別扱いしてくれる、って事?」
「(ある意味)そう。君は僕の最終兵器だからね」
「……ふん。今の言葉、忘れるんじゃないわよ」 ツンッと僕の心臓を突つくナイト。納得してくれたらしい。チョロいなー。
そんな僕らの遣り取りをコソコソ覗き見る視線に、この時の僕は……当然気付いてた。
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