19

【ニ】


「あっ」


と言う間に時間は飛び、授業が終わって放課後、僕らは帰路を歩いていた。

皆、唐突に『あっ』と言い出した僕を見る。流石僕自慢の美少女軍団、我が校のブレザー姿も似合っている。

「どうしたんですの? 撫」

「こうやって注目されたくて声出しただけだよメイ(カシャカシャ)」

「なんて面倒くさい……あと携帯で写真撮らないで下さいましっ」

「宣伝用にね。ああそうだリリス、今日夕飯要らないって僕母ちゃんに伝えてたっけ?」

「ナデさんが伝えていたかは知らないですけど、『学校で』リリスが樒さんに今日の話をしたので察してくれると思いますよっ」

「そ、ありがと」

学校で――と今リリスが口にしたように、僕の母は、普段は学校に居る。まぁ保健医としての勤務だが、この一週間、保健室にてリリスら異世界組の日本語教室をしていたわけだ。仙人の母の教え方と彼女らの覚えも早いとあって、カタコトではあるが既に日常会話が出来るくらいには日本語も習得している。

カタコトならカタコトで可愛らしさと味があるのだが、来週のオープンまでには完璧になっているだろう。うーん、残念。

「それはさておきナイトちゃん学校はどうだい? 楽しくやれてるかい? ん? ん?」

「何処の親戚のおじさんですの」

「……別に、普通よ。皆良くしてくれてるわ。私はお昼とかは寝たいのに、そうさせてくれない程度にはしつこく絡んで来る」

「ナイトは黙ってれば深窓の令嬢みたいなおしとやかさがあるからなぁ。銀髪だし。まぁそんな無口キャラは一目置かれてノータッチが基本だけど、うちの生徒は誰が相手でも気兼ねなくウザいから」

「ナデも黙っていれば深窓の令嬢だがな(溜息)」

「僕は美少女を見たらセクハラしないと死ぬ病気なんだよライコ。君は君で『お姉様!』と後輩女子に人気じゃないか」

「わ、私の事はどうでもいいんだっ」

「ナデさんナデさん! リリスはリアルなお姫様ですよ! おしとやかですよね!?」

「皆からオヤツを餌付けされてキャッキャしてるキャラにおしとやかさか……ペット?」

「わんわん!」

そんな有益な会話をしつつ僕らが帰り着いたのは、天ノ家だ。門番の黒服と軽く挨拶を交わしつつ、屋敷のキッチンまで移動。必要な物を業務用冷蔵庫から取り出し、クーラーボックスに入れ、その後庭まで行く。開けた場所で足を止め、

「では行きますよー皆さんっ」

リリスが僕らを見回す。今僕らは手を繋いで輪になって居た。別にこれから踊り出すわけでも無ければ、UFOを呼ぶ儀式を始めるわけでも無い。これは『移動手段』だ。

「せーのっ、はいっ!」

フワッ――『飛行機の着陸時』のようなモヤっとした感覚の後……次の瞬間には秋葉原に居た。正確には、異世界喫茶〈セブンスヘブン〉の店内に、だ。

これは、異世界にてナイトの母こと暗黒竜さんが僕らをフラガリア王国に戻してくれた時のと同じ魔法ではあるが、リリスの場合魔法陣等の準備を必要とせず一度来た場所ならば往復可能という便利っぷり。一々新幹線に乗らずに東北から東京まで一瞬で来られるのは有難い。というか、リリスが居ないと経営が成り立たない。

因みに。一度見た魔法ならば全て上位互換的に再現出来るリリスだが、唯一、姉のナイトの時魔法だけは真似出来ないらしい。

『基本、リリスの世界の魔法は〈火、水、地、光、闇〉の五大精霊の力を用いて使用します。大凡の者はその一つだけの精霊力を持って生まれますが、リリスは全ての精霊力を扱えます。しかし、姉さんの力はその五大精霊の一つにも該当しない未曾有の力。真似は出来ません』との事。役割が被らないで良かったね。

「さて、ここからは皆ばらけて『お仕事』だ。数時間後にまたここでね」

皆頷き、『それぞれの職場』へ。僕とメイは客用の席に座り、テーブルにノートPCを置いてギャルゲー作りの続きを始める。既に店内のインテリアは大体整えてある。『異世界感』を出す為に店内のイメージは『廃城』。壁には夏蔦を張ってそれっぽさを演出し、椅子やテーブルは木をぶった切って置いた様な大胆な代物に。各テーブルに一輪、『枯れない月下美人』を置いたのもポイントである。

「撫の方の割り振りは順調ですの? まだシナリオは完成していないのでしょう?」

「大丈夫、僕の筆の速さは知ってるでしょ。今はゲームのオープニング曲作りだよ。誰に歌わせようかなぁ……メイ、歌う?」

「丁重にお断りですわ」

つれないなぁ。前に適当に作ったボカロ曲をミリオン再生まで伸ばした僕だ、今回は真面目に作るつもりだから恥ずかしい思いなんてさせないのに。

『カタカタ……』『カリカリ……』静かな店内には作業音のみ。眠くなりそう。

「ふぅー、ちょっと休憩がてら女の子らにチョッカイ掛けてくるよー」

「はぁ、相変わらず集中力がありませんわね。営業中なので邪魔になりますわよ」

「迷惑かけないってー」

 ヒラヒラと手を振りつつ店を出た僕は、一つ下まで階段で降り、お店へ。

「どーもー〈セブンスヘブン〉でーす」

「あら、いらっしゃいませぇ、ようこそ姉喫茶シスターズへー」と出迎えてくれたのは、姉喫茶の店長さんだ。二〇代な見た目年齢のセクシーお姉さん。年齢不詳。

「うちのお姫様、頑張ってます?」

「えーそりゃあもぅ、元気にお姉ちゃんしてますよぉ。今もそちらでぇ」

店長の視線を追うと、和室を模したブースに、うちのお姫様ことリリスと中学生ほどの少女二人の計三人が、ボードゲームに興じていた。

別に、リリスはただ遊んでいるわけではなく、このお店の『店員』として立派にお仕事してるのだ。接客経験のない異世界組の為、ここ一週間三件のお店を日替わりで手伝わせて貰ってる。ライコとナイトも今は別のお店。商売敵にここまで塩を送ってくれるだなんて……お礼に受けた恩は売上トップという仇で返そう。

「リーリス、ちゃんとやってるー?」

「あっ、ナデさんですっ! フタリトモー、コノヒトガ、ナデサンデスヨー」

「わぁ、確かにお母さんだ!」「溢れるお母さんオーラ!」

「誰がオカンやねんっ、あたいは二人も産んだ覚えはないよっ。で、お嬢ちゃん達、リリスお姉ちゃんはちゃんとやってるかい?」

「何言ってるんですかナデさん、リリスはお姉ちゃんできてます! (エヘン)」

「楽しいよ!」「妹が出来たみたいで可愛い!」

「ナントッ!?」

「こらリリスっ、姉喫茶の根本を否定するなっ」

「ひーんっ!」 泣きべそかくリリスに満足した僕は、お嬢ちゃん達に異世界喫茶のサービス券を配って、一先ず店を後にする。

それから更に一つ下の階におり、別のお店へ。

「どーもーセブンスヘブンでーす」

「あーいらっしゃいセブンさーん、よーこそ牧場喫茶ファームへー。ウサちゃんに用事かなー?」と出迎えてくれたのは、お馴染み牧場喫茶の店長さんだ。中学生程な見た目年齢のダウナーお嬢ちゃん。年齢不詳。

「そーなんす。うちのウサギちゃん、頑張ってます?」

「あっちのふれあいコーナーでガキンチョらと仲良くしてるよー」

店長の視線を追うと、店の奥隅にある『ウサギや子牛ら』と触れ合えるスペースに、でかいウサギが一匹混じっていて子供達に揉みくちゃにされていた。

「このうさぎさんおっきー」「おみみながーい」「ぐへへおっぱいでかーい」

「コ、コラ、ダキツクナ! ヒッパルナ! モムナ……って揉んでるのナデか!?」

「何故ばれた」

「お前のようなデカイ子供がいるか!」

「確かに。それはさて置き、調子はどう?」

「サラッと流すのはお前らしいな。調子は悪くない。借りた制服が少しキツイくらいか」

「他の店員さんらに聞こえる声でよく言えるもんだ。でも確かに、僕のゴッドハンドによると君のは9〇……いや91ぐらいあるから……(ワキワキ)」

「なんだその無意味な特技は」

「(クイクイッ)ん? どうしたんだい、クリクリおめめの可愛い幼女ちゃん達?」

「おねえちゃんだーれー?」「きれー」

「僕かい? 僕は天使様だよ。崇めたて祀りなさい」

「どうりでー」「ありがたやーほとけさまー」

「微妙に間違えられてるぞ」

それでも気を良くした僕は幼女ちゃんらに喫茶店のサービス券を進呈し、退店。足早に下の階におり、最後のお店へ。

「どーもーセブンスヘブンでーす」

「あーセブンさんニャー。ようこそ化け猫喫茶キャットテイルへー」と出迎えてくれたのは、化け猫喫茶の店長さんだ。同い年な見た目年齢の猫耳尻尾猫語少女。年齢不詳。

「うちの魔王、頑張ってます?」

「頑張ってるよー、今もクロさんにニャンニャン指導受けてるニャー」

店長の視線を追うと、『二足で立つ黒猫と猫耳尻尾をつけたナイト』が居て、

「ニャーニャー! ニャニャ!」

「ハイ……スイマセン……アイソヨクセッキャクシマス」

ガミガミと黒猫に怒られて虚ろな目をしていた。何あの面白い構図。因みにあの黒猫クロさんはこの店のチーフでもある。♀。

「クロさんは新人にも容赦無いからニャア……でも、魔王ちゃんもめげずに頑張ってるよっ」

そう。何が一番面白いかって、ナイトが真面目に仕事をしているこの光景だ。基本的に隙あらば寝て過ごす怠惰な彼女だが、余程僕の母ちゃんの言葉『働かざる者住むべからず』が効いているのか、サボらずに労働している。ニートの子供が働き出したような謎の感動。

「あれ、声掛けないで帰るのかニャ?」

「ええ、まぁ。僕が行くとあの子、一気に弱気に甘えん坊になっちゃいそうなんで。じゃあ後はよろしくお願いするっす」

「君の甘さも大概だニャー」

そのまま静かに退店する僕。……ま、実の所、あのまま観察してたら我慢出来ず声を掛けて甘やかしていたろうからナイトの前から去ったのだ。


確かに、モンスターペアレント並の過保護だ。

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