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 ◆◆◆


「――はわ? いつの間に、わたくしは、庭の方に出ていたのです?」


寝起きのようにハッと肩を弾ませたメイに、「そんな時もあるさ」と誤魔化す僕。

「はぁ……夢を見ていたのかしら……尊お姉様に会っていたような気がしましたわ」

「そんな時もあるさ。――で、それはさておき、唐突ですが今から皆で出掛けます」

「「「「え????」」」」 四人の美少女が同時に頭を傾げた。


【三】


お出掛け、と言っても、電車で十数分かけて市内へ……というお手軽さではない。


今回は、『新幹線を使い二時間』かけ、東京までのお出掛けだ。

そして東京から更に数駅乗り継いで――着いた先は、日本一の電気街、秋葉原である。時刻は昼過ぎ。流石休日とあって人が多い。

「わおっ! 何だか凄く目がチカチカする所ですね! 壁が光ってて……魔力の込められたランプですかっ?」

「リリスは欲しい反応をくれる異世界人の鑑だ。あれらはLEDといって、科学の電気で灯されたランプ? みたいなものだよ。夜はもっと綺麗だよ。ライコの親戚みたいなものだよ」

「親戚!?」 雷の力を操る鬼っ子が、親戚のLEDを凝視した。

「撫、こんな所に五人も固まっていては通行の邪魔ですわ。目的地は『あそこ』なのでしょう? 急ぎますわよっ」

グイッと腕に抱きついて来るメイ。いつもはこんな事しないのに、この子ったら(笑)

「あっ、メイさんズルイッ、リリスもそれしたいですっ」とお姫様も同じ様に抱き着いてくると、ライコはもうこの光景に慣れたのか苦笑するのみで、メイは「ズルイの意味がわかりませんっ」と返して……って、アレ?

「幼馴染さんよ、どうしてリリスの言葉を理解出来てんの?」

「ん……全部ではありませんが、撫の翻訳を聞いて、何と無くで変換出来ます」

「すげぇなっ」 そういえば皐月家と天ノ家で世界一周旅行した時も、色んな国の言葉がペラペラだったな。おつむの出来が違う。なお僕と母さんはどこでも日本語ゴリ押しで好き勝手に過ごした模様。

「因みに、この異世界組の言葉ってどんな風に聞こえる? 例えば、こんにちは、とか」

「ええっと……『ニャホニャホポコニャン』?」

「wwwwwwリリス! ポコニャン! ニャホニャホ!」

「わーん!! ナデさんがいじめますー!!」

「こらナデ! 姫を笑い者にするな!」

「www ……ん?」 と。背後からのジットリな視線を意識した僕。その刹那――僕は『ナイトを対面で抱きかかえ』ていた。

「あれっ? リリス、いつナデさんの腕を離して……って! 姉さんいつの間に!?」

「それに先程の撫のように小さくなっていますわ! なぜ!?」

「解説するなら『本来の年齢の背格好のままだと皆の前で甘えるのは恥ずかしいけど、子供の姿なら皆の前で甘えていい』という心理だろうと痛い痛い当てられたからって抓らないでっ」

因みに体と共に黒ドレスも縮んでいるわけだが、指輪同様この服も天国の塔にて見つけたお宝で、着る者に合わせてサイズ調整の機能があるようだ。

その後は、メイに言われた通りに僕らは秋葉原の電気街を進む。ティアラをつけた姫、大正風和装帯刀剣士、黒ドレス幼女魔王な異世界組と現代人二人という色物集団は個性豊かな秋葉原でも目立つようで、

『す、凄いレベルの高いコスプレーヤーでごさる』『何のゲームやアニメコスでござるか!?』『兎に角カメラで撮りたいでござる!』

秋葉原というフィールドで気が強くなった小太りオタク集団に囲まれるも、

「一枚お願いしますブヒ! ポーズ決めて欲しいブヒィ!」

「な、なんだ貴様らは!? そのよく分からん道具を姫に向けるなァ!」

「プピ!? ぼくのキャメラから何故か火!」「拙者のスマホも!」「あ、壊れたァ!」

カメコ相手にライコが『バチチッ』と放電し、周囲の一眼レフカメラやカメラ付きスマホを軒並み使い物にならなくしてオタク集団の壁を散らして行く。

そんな阿鼻叫喚の渦を僕らは抜け、漸く目的地へ辿り着く。

「縦に長い建物ですね……ここには何があるんです?」

「これはビルという建物でね、中には何軒ものお店が入ってるんだよリリス。目的地は最上階だけど……先に、他のお店も『視察』しておこう」

メイ以外、僕の目的も分からないので困惑しながらもついて来るしかないリリスとライコ。(ちびナイトは興味が無いのか僕の胸で既におねむ)

階段をのぼり――一軒目のお店の前へ。

可愛い牛さんやウサギさんのバッジ付きな扉を開けると、

「いらっしゃいませー! 〈牧場喫茶ファーム〉へようこそー!」

出迎えてくれたのは、ドイツの民族衣装であるチロルワンピース(のような服)を着た店員のお姉さん。そして彼女が言うように、ここは喫茶店である。

まずは靴を脱がされた。土足厳禁らしい。床が『青々とした芝生』だからだろう。席へ案内され、店員さんはメニューを手渡し、

「ご来店は初めてでしょうか? 簡単にこのお店の事を説明させて頂きます。この牧場喫茶ファームは『都会に居ながら自然を満喫』をコンセプトに、様々な『牧場要素』を取り揃えておりますっ。店内には乳牛さんや鶏さんもおりますので、搾りたて低温殺菌の牛乳や出来たのチーズや産みたて卵、足で踏み踏み手作りワイン体験、ふれあいコーナーでは様々な小動物さんとも仲良く出来ますよ?」

ふむふむ、他にも多くの牧場要素があるようで、家族で来れば一日中楽しめるだろう。まともな家族が秋葉原に来るのは稀だと思うが。

「わぁ! このチーズハンバーグ! 濃厚でとても美味しいですっ」

「姫っ、このソフトクリームという冷たい菓子も絶品ですよっ」

「お二人共、はしたない、口の周りをお拭きになって」

「はーい」「す、すまないっ」

わーきゃーはしゃぐ異世界組の二人。メイに至っては遂に異世界語を操り出した。

一人眠るチビナイトにも何か食べさせたいが、本人は僕の胸の中で寝られるだけで満足らしい。寝るの好きだな。あ、唇突ついてたら指チュパしだした。おしゃぶり買おうかしらん。

「お客様ー、秋葉原へは観光ですかー?」 と。店員さんの一人が話し掛けて来る。ちっこい見た目で、中学生程にしか見えない。

「いやぁ、観光というかなんというか」

「皆さんお綺麗ですねー、初めは美人姉妹さんかと思いましたが、海外の方もいらっしゃるようでー。どうですー? こちらにお住まいのご予定でしたら、ウチで働きませんー? ウチは美少女しか採りませんのでー」

まさかの勧誘。まさかの容姿主義。確かにここで働くのも楽しそうではあるが……

「有難い誘いだけど、遠慮しときます。でもまぁ、長い付き合いになると思うんで挨拶をば。――どうも、これから『商売敵』になる一同です」

直後、店員さんは纏っていたほんわかな空気を消し去り ニヤリ 口元を緩ませ、

「ほーんそうですかー、皆さんが『今度来る』方々ですかー。ならばこちらも挨拶をー。このお店の〈店長〉ですー、よろしくー」

差し出された手を僕は握り返す。僕らはお互い『クックックッ』と笑い合った。

生き残りを掛けた戦いは既に始まっていたのだ……!

「ほら店長お客様に絡んでないで仕事して!」

「撫っ! お店に喧嘩を売らないで下さいまし!」

離される店長と僕。今日はこれくらいにしといたるわ。


――。


牧場喫茶から出た後も、僕らは他の階の店にも立ち寄って見る。


〈化け猫喫茶〉は猫カフェのカフェ部分をしっかりさせたようなお店で、何と猫自身も『注文受付、配膳、会計』も出来るという徹底ぶり。まるで化け猫のような賢さを持つ猫ちゃんらは多くの猫好きを満足させるだろう。

〈姉喫茶〉は一般的な喫茶店とは違い、指名した姉店員との時間を過ごせる姉好きの姉好きによる姉好きの為のお店である。こう書くと如何わしいお店かと思われるがそんな事はなく、健全な交流を主とし、共にゲームをするなり勉強を教えて貰うなりと過ごし方は様々。女性客も多く、多くの人々は姉を求めている様子だ。

「はえー、どこもかしこも喫茶店だらけですねぇ」

「今更気付いたのかいリリス。このビルはね、『個性的な喫茶店のみを集めた』建物でさ、売り上げが芳しく無いと無慈悲に入れ替えられるという弱肉強食な場所なんだ。そして先程の牧場喫茶や化け猫喫茶、姉喫茶は長くその地位を守り続けている。……さて、漸く真の目的の前に着いたよ」

目の前の扉には何も看板が掛けられていない。そういった隠れ家的なお店、というわけでもない。僕は『予め持っていた鍵』を取り出し、扉を開ける。

中はまっさらな空間で、何も無い。

「おいナデ、ここは何喫茶だ? 客どころか店員も居ないぞ?」

「まぁ入った入った。因みにライコ、店員は居るよ?」

「どこに?」と訊ねるライコに、僕は指差す。指の先は……ライコ自身。

「というわけで、ここが僕らの『働く場所』になります! 店名は〈異世界喫茶〉! コンセプトは『秋葉原に異世界』! オープンは二週間後! 皆さん、頑張って行きましょう!」

「「え――ええっ――!!??」」


叫ぶリリスとライコ。やれやれと肩を竦めるメイ。「んにゅ?」と起きるナイト。

止まっている暇は無い。もう既に、戦いは幕を開けているのだ。

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