16

――。


いまだ止まった世界。「話をするにはその方が都合が良い」と天使ことミコトが言うので、癪だが従う。一々突っかかっても時間の無駄だろう。


「さっき撫君が言ったように、ボクは一度命を落とした元人間だ」

状況を知らない私に慮ってかミコトは当時の事を話す。(知らない単語はナデが補足)

十数年前の話。ドライブに出かけていたアマノ一家。その車に大型トラックが突っ込んで来る。母は父を、ミコトはメイを庇い、奇跡的に『二人は』軽傷で済んだ。

「同じ姉でもだいぶ違うね」と呟くナデをの頭を私は小突く。

 因みに、ナデの持つあの世話になったマンガの作者はこの話の母親だと。思わぬ所で私とも繋がりがあったようだ。

「それで〈天界〉へとボクとママは行く事になったんだが……ボクにはどうやら天使としての適性があったようでね。『とある特典』に目を惹かれ、その仕事の誘いを受ける事になった」

天使の仕事とは、先程言ったように、世界のバランスをとる事。正義も悪も、平和も無秩序も、幸も不幸も、一方に偏り過ぎにならぬよう、介入する。

「仕事にも慣れた、そんなある日だ。ボクの元に、一つの仕事の依頼がまわされた。それは『誤って異世界へと迷い込んだ子供の回収』だった」

……話が読めて来た。抱きかかえているナデの表情を覗き見る。ナデは、どこか遠くを見ているような、澄ました顔をしていた。

気付けば外に出ていた私達。ニホンテイエン、という造りの庭が広がっている。綺麗だが、洋館とはどこかアンバランスな印象を持った。

「ナイトちゃん。君は、コレに見覚えがないかい?」

いつの間にかミコトが手にしていたのは【ドアノブ】だ。金色のドアノブ。「あ」と声を漏らすナデ。……確かに、どこかで見覚えが……。

「君は当時城の近くの森で迷子になっていた。気弱で泣き虫だった君は、助けを求めていた。現状を打破する存在を。弱虫な自分を変えてくれる存在を。そんな時――コレを拾った筈だ」

……誘導されたようで気に食わないが、朧げに思い出して来た。そのドアノブを手にしてすぐ、私は『ナデと出会った』のだ。

出会って、人見知りな私が何故かすぐに仲良くなれて……そのまま、どういった流れだったか、気付いた時には天国の塔へと足を踏み入れていた。

「そう。撫君を君の世界へ呼び出したのは君自身だ。このドアノブは、『その時その使用者にとって最も必要な天使を召喚する』道具だからね」

「ん? 天使? 僕の可愛さはマジ天使だけどマジに天使じゃないよ?」

「まぁまぁ撫君、それは後で説明するとして……話を戻すよ。――ボクは驚いた。現地まで行くと、そこに居たのは幼馴染の撫君ではないか。普通の子では無いと思ったが、まさか異世界で再会するとは思わなかった。ボクがやって来たその時の時系列は、ナイトちゃんと撫君が天国の塔から出た直後、だね。そしてその日の夜。魔王とフラガリア王が話し合いの場に、ボクは姿を現した」

母とリリスの母であるフラガリア王は、『ナデをどう元の世界へ返すか』と議論していたらしい。同じ世代の子を持つ同士、母として、それが最善と思ったのだろう。そして丁度その場に、ナデを回収しに来た天使が現れた。天使の提案に首を振る道理は無い。

その後……私とナデは、一緒に寝ていたタイミングで離れ離れにされた。お互い悲しい思いをしないよう、母は私達それぞれの『塔での記憶関係』を消す。それはつまり、二人で培った記憶を消すのと同義。結果、一時的にだが、私はナデの事を忘れた。

「ふぅんそんな裏物語がねぇ。だってさナイト。ママンも苦肉の策だったみたいじゃん? だからもう許したげなよ。二人が仲直りしないと僕もまた魔王城行きづらいじゃん? 悪いのは尊姉ぇ一人!」

「……もう、母の事は怒ってもないわ。気にしてもない。今となってはどうでもいい事」

「ちょっと、悪いのはボクというより天界だからね?」

そうして――ナデは元の世界に、私も普段通りの生活へと戻った、筈だった。だが、記憶は消せても天国の塔で培われた魔力はどうにも出来ない。

「鍛えられた危機回避能力や本能でナイトちゃんはすぐに記憶を取り戻した。だね?」

頷きはしなかったが……その通りだ。私は、直ぐに母へ詰め寄った。『ナデをどこにやったのか』と。だが曖昧に濁されるばかりで、話にならない。その現状で、私は、当然ともいえる行動をとる。

「てかナイト、その力があんだから過去へ戻って僕を止めるなり原因探るなり出来たよね?」

「……しないわけないじゃない、真っ先にしたわよ。けれど、何故か、どうしても、ナデの居た時間まで戻る事が出来なかった」

「だろうね。もし、撫君が普通の男の子だったならナイトちゃんの願いは叶ったろう。いや、違うか。そも、一般人が異世界へ召喚される事自体ありえない。しかし撫君は特別だった。『天使の素質』があった。だから、今回のような事態になったし、天使の証である『異世界の言葉が解る』力も備わっていた」

天使、という存在に成った瞬間、その者は凡ゆる脅威から拒絶される。全ての世界の頂点である天界により保護される。それは現在も未来も『過去』でもだ。

私がナデと居た時間に戻れなかったのも、つまりはナデの人生に関する『重大な過去改変』を出来なくなっていたからだと。

「本来、天使に成る成らないは本人の同意と多くの手続きが要る。そして天使は基本的に一度命を落とした死人……だけれど、ごく稀に、撫君のように現役の天使並の力に目覚める人間も居るのだと。それで止むを得ず、天界の者も撫君を保護せざるを得なくなったってワケ。全く……天界をも混乱させるなんて、君の破天荒ぶりは神すら抑えきれないね」

「そうなんだ。――で、今回の話ってのはその報告だけじゃないでしょ?」

「そうなんだ、って。君は、相変わらず自分に興味が……まぁいいや。うん、報告だけじゃない、察しがいいね。真の目的は、スカウトさ」

「ダメッ!! ……あ」 気付けば、私は声をあげていた。嫌な予感が的中したのだ。

「どうしたのさナイト、心配してくれてる?」

「……危険な仕事かもしれないじゃない。断った方がいいわ」

そうだ。もう、静かに暮らしたいだけなのだ。

「うーんでもなぁ、僕的には見逃せない特典もありそうでなぁ。尊姉、天使になったらあちこちの異世界にいけるんでしょ? 少しくらい『その世界の物』持ち帰ってもいい?」

「ふむ、何か考えがあるようだね? まぁ、少しくらいなら大丈夫だろう。……確かに、ナイトちゃんの危惧する通り、この仕事には危険が伴うよ。ボクみたいな死人天使は死とは無縁だけれど、人間のままの天使はその限りでは無いかもしれない。けれど、その分リターンは大きい。――百回程、仕事をこなせばね、『どんな願いも叶えて貰える』んだ」

そのリターンに、「はぁ」と私は息を吐く。

「……下らない。ねぇナデ。貴方の望みは私が叶えるわ。何でもね。だから、こんなわけのわからないのに耳を傾けちゃ駄目」

「ナイトちゃん。君は何でもは出来ないよ」


 ――ブチリ 自分の中で何かが切れる音がした。


「貴方。いい加減、邪魔」

「言葉を返そう。星の数程ある世界の一つの、いち魔王風情が、調節者たる天使の世界に関わるなよ」

敵意の込もった相手の笑み。彼女も私が嫌いなようだ。都合が良い。そして随分と強い言葉を吐く女だ。大方、己の持つ力に絶対的な自信でもあるのだろう。

ネタは掴めていないが、この天使は『力を無効化させる』道具なり能力を持つ様子だ。母と同じで魔力を無効化させるだけなのか、物理攻撃すら意味をなさないのかは定かで無いが……その程度で私を抑えられると思っているのなら、おめでたい頭である。

そんな敵、天国の塔で数え切れぬ程に出会っている。そして全て、ナデと共に、乗り越えて来た。やる作業はその時と変わらない。

少し、その減らず口を黙らせてやろうと私は魔力を開放「心配ならナイトも天使の仕事一緒にやる?」しようとして、ナデの毒気のない言葉に、怒りを忘れた。

「ねえ尊姉、サポーターはつけても大丈夫?」

「え? あ。前例はどうなのか知らないが、安全面を考慮するなら一人くらい平気だろう」

「だってさ、はい問題解決ゥ!」

 ……力技で私達のいざこざを止めたナデ。いや、実際はそんな思惑すら無く、『その方が楽しい』というだけの自分本位な理由だ。そういう子である。

「全く、敵わないな撫君には。じゃあ、ボクのスカウトを受けてくれるという事で「ちょっと待ったぁ!」……おや?」

突然の、第三者の声。声を上げた人物は、すーっと『姿を現した』。

「ふふ、話は聞かせて貰いましたよ! その話、リリスにも一枚噛ませて下さいっ」

「ひ、姫っ、何故自ら火中に飛び込むような決断を……」

「ふふ、驚いてるようだねぇナイト。僕は仏間に入る時から姿を消した二人が側に居た事に気付いてたよ?」

何故ナデがドヤ顔で語るのだろう。

「それでたまたま、時止め前にリリスが僕の服を掴んでたから、時止め中でも動けてたってわけだ。君の時止めは『対象外に触れているとスルー』されるって弱点あるからね」

「はぇーそうだったんですねー」 ポンッと手を打つリリス。……待て。という事は、仏間での、私とナデの『絡み』を二人に見られていた、と? ……死にたくなる。

「お母さんことフラガリア王の許可はとれた?」

「はいっ、色々勉強して来いだそうですっ! ま、それはそれとしてですねー、ミコトさん! ナデさんの天使のお仕事の件、リリスも協力させて貰いますよ! ナデさんと姉さんだけに負担は掛けさせません! パートナーの条件は特に無いんですよね!?」

リリスめ、余計な心配を……私一人で十分なのに。

「まぁ、自衛出来る程度の強さがあれば平気だろう。……しかし撫君、君はモテモテだねぇ? それはいいのだけれど、妹を怒らせないでくれよ?」

「僕はメイの嫉妬顏好きなんだよなぁ」

「君は本当に……まぁ、兎に角、詳細は後日って事で。そろそろ体を妹に返すよ」

「そっか、久し振りにお話し出来て良かったよ尊姉。またね」

「……うん、また、ね」 ナデの差し出した手を大事そうに握る天使。その表情は、どこか名残惜し気で……どいつもこいつも、ナデの事を……。

分かった、もぅいい。皆、今のうちにナデの優しさに甘えていればいい。最終的には、ナデの側には私しか居られなくなるのだから。


私は、私の力さえあれば不老不死など容易だ。私とナデは、悠久だ。永遠に、一緒だ。

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