15
――。
ナデと共に家の外へ出る。思えば、この世界で意識がある内に外へ出たのは今が初だ。
周囲の家の外観は、私の世界とは大きく違う。ナデ曰く「そっちは中世ヨーロッパ風の建築だねー」との事だが、当然理解は出来なかった。
目的地は、どうもナデ宅の向かいにある洋館らしい。特に驚く程の大きさでは無いが、この国的には豪邸なのだと。確かに周囲と比べれば一際目立つ。
「ここはセキュリティが凄くってね。おーよしよし……血に飢えた番犬ならぬ【番狼(ばんろう)】や……おぅっ、入るぞ! あ? 何だその呆れ顔は!! ……筋肉ムキムキ黒服グラサン警備員が数十単位配置され、入口には虹彩認証指紋認証声紋認証なんでもごされだ」
「その割りにはさっきからワンちゃんが人懐っこく近付いて来るし黒服には気さくに挨拶してるしで実感無いのだけれど」
「この家とは昔からの付き合いだからね、僕は超VIPなんだ」
エヘンと胸を張るナデ。確かに『私とは違って』、皆がナデに歓迎の眼差しを向けていた。私は招かれざる客のようだ。
勝手知ったるとばかりにズンズンと洋館内を進むナデの服をつまみつつ移動し、指定されたらしい部屋の前で止まる。その部屋の扉は、洋館内の扉の中でも少し異質な形状をしていた。ナデの家でも見たような……?
「ん?」
「え? どうしたのナデ」
「いや今……や、なんでもないや。で、ここはね、この屋敷唯一の和室なんだ。中の感じは昨日今日君らが寝てた部屋のような……ま、見た方が早いね。開けて見てよ、戸を」
「何で私が……(ガタタッ)あら? ちょ、これ、どう開けるんだっけ?」
「クククッ、『ヒキド』に苦戦する他文化圏の人を見るのは楽しいなぁ」
「何笑ってんのよ!」 私が叫んだ、その時だ。
ズンッ! と空気全体が重くなる感覚。
その押し潰されそうに成る程の威圧感は、戸の奥からこちらに向けられていた。
魔力とは違う。別の力だ。その感覚は……『天国の塔で感じた』覚えのある力だった。この私の眉を顰めさせる程とは……只者ではない。
ナデを見る。ナデは『早く開けろ』とばかりのニコニコ顏だ。共に修羅を歩んだ同士、ナデも空気の変化に気付いているだろうに。それとも普段からこの感覚を味わって? 何にせよ、慎重に行動を取りたい所だが……
ガラッ! 「廊下でうるさいですわよ!!」
私が開けるより先に開かれた戸。その先に居たのは金色の髪を持つ綺麗な少女だった。
……? おかしい。先程の威圧感は彼女から全く感じない。
「あら、貴方は昨日の……っと、そこに居ましたのね、撫。来るならば連絡の一つも……」
「んー? 君がメールで呼んだんでしょや。ナイトも一緒にって」
「え? そんな覚えは……(スッス)……本当、ですわね?」
ナデが持つのと同じような四角い掌サイズの板を弄り、首を傾げる金髪少女。覚えがないらしい。「とりあえず中へ」と私達を室内へ導く。
まず、目に入ったのは、正面奥にある【祭壇】のような四角い家具だ。
中央から左右両側に開く作りの扉、その中は金色の造花や照明、お香、偶像のような黒い板が納められている。
「ナイト、これは仏壇っていって、まぁその名の通り壇だね。中の黒い板は位牌という、死者があの世で使う名が書かれた板だ。……で、メイは何してたの?」
「『お母様とお姉様に』報告していただけですわ。貴方が無事に帰って来られたのも、わたくしが毎日二人にお祈りしていたからですのよ? 感謝なさい」
「へぇ、それはお礼言わなきゃ」 そのままナデはブツダンに近づき、座り、『チーン』と金属の椀のような物を叩いて、両掌を合わせた。
「……よしっと。あ、そういえば、メイにはまだちゃんとナイトを紹介してなかったね。同じくナイトにも」
思い出したようにナデは、そのメイという名の少女の隣に立ち、
「この銀髪黒ドレスでいかにも闇属性な女の子が、僕が異世界で一〇年近く一緒に居たナイト・ドラゴ・クイーンて名の魔王様。で、この金髪白ワンピでいかにもお嬢様属性な女の子が、僕がこっちの世界で一〇年近く一緒に居た天ノ命て名の幼馴染ね」
「「一〇年……」」
言葉は分からないが、なんとなく同じ意味の言葉を放った気がする。目が合う。同じ男と同じ期間を過ごした女二人。正直、場の雰囲気は良くない。
「二人ともそれぞれの世界の現地妻みたいな((パコンッ))イタッ! 同時に叩くな! 冗談通じねぇなっ」
また同じ行動を……このメイという少女が叩いた理由は、『どちらの理由で』だろう。
「……ふん。失われていたナデの記憶や、ここ数日の話は昨日聞かされましたが、いまだに信じられませんわね。そんな超常現象、本当にあり得るんですの?」
「強情だなぁ、目の前で異世界への扉出たりとか色々あったのは見たっしょや。僕はあっちで軍師として的確な指揮をして悪しき魔王に勝ったんだぞ!」
「その魔王さん達を連れ帰ってきて……精々撫はチームの潤滑油程度の活躍でしょう?」
「そんな面接の受け答えみたいに言われるのは癪だけど、返す言葉も無いね。仕方ない、ナイト、軽く紹介ついでに君の能力を見せてやってよ、派手になっ」
「なぜ私が……軽くよ」 私はナデの肩に手を置き、少しだけ力を解放する。
「なっ……! 撫の体がみるみる小さく……五、六歳の時の姿に!?」
「まさか僕の体で試されるとは。――わっ、ちょっ、メイッ」
私から奪い取るように、メイはナデを抱き上げて、
「凄いっ……魔法というのは本当にあるんですのねぇ。ふふ、この姿、懐かしいですわ。普段のお調子者な貴方も、小さくなれば全てが可愛いく思えてきます」
「みゃー! 僕はぬいぐるみじゃないぞっ」
ギューっと目の前でナデが他の女に抱き締められている。当然、私は穏やかな気分では居られない。再び湧き上がる黒い感情。
バッと、すぐにナデを取り返す。
「むっ! な、何をしますのナイト様! ナデを返して下さいまし!」
ナデの取り合いが始まる。相手は一歩も引かない。「喧嘩はやめてー二人を止めてー」とナデは他人事のように歌っている。
そして――気付けば、私は時を止めていた。
私の許した存在以外、この世界からの自由は消える。
「わわっと。急に時止めしないでよナイト」
この世界に居る権利があるのは私とナデだけ。力一杯抱き締めた。
「グエッ……もう、面倒くさい女だなぁ君は」「……うるさい」
呆れられても私はやめない。惨めでも、みっともなくても。
散々ナデの前で掛けるだけの恥はかいてきた。
メイは、止まった時の中でナデを奪われた時のままの、両手を伸ばしたままの格好だ。不満顔。私の知らないナデの一〇年を知っている女。同時に、私とナデの一〇年を知らない女。メイはナデの本当の姿を知らないだろう。底知れぬ、ナデの暴力的な面を。
――思い出す。天国の塔での事を。
私は、ナデが怖かった。地獄のようなその環境よりも、いつもヘラヘラしていられるナデが怖かった。側にいて欲しくなくって、何度も遠ざけようと酷い事を言った時もあった。けれどナデは私から離れなかった。いつまでもどんな時も優しかった。暴力的なまでの優しさに、いつしか私は諦めたのだ。
それは納得とか信頼とか恋心なんて生易しいものじゃない。
私は、ナデの優しさに、壊された。
そして当然、リリス達もナデの怖さを知らない。
数日の魔王城までの冒険。試練はあれど、ナデのお陰で楽しい旅だったろう。ナデの剽軽さと頼りがいに、リリスは好意を持った筈だ。
でも、リリスは何も知らない。ナデの怖さを。私なら、ナデの暴力(優しさ)を全て受け入れられる。暴力も、いつしか欲するようになる。
麻痺をして、快感になる。私は一〇年もお預けされていたのだ。
受け入れられるのは、私だけだ。
「むっ、何か病んでそうな事考えてる顔だね? あっ、ちょ、耳っ、弱いんだってっ」
知っている。だから唇で挟んでいるのだ。ナデの弱点なら一〇年経っても忘れない。
「もぅ……さっきお預け食らったからってこんなとこで発情して……やぁん、幼馴染が見ているよぉ……ネトラレ物なゲームしてるみたいだよぉ……」
甘い声を漏らすナデ。嬉しい。こんなに可愛い顔、他の誰にも見せたくない。
心音が激しい。全身に凄い速さで血が巡る。暑い。汗も出てくる。私は少しでも楽になる為に、自らのドレスを脱ごうとして、
「おいおい、こんな仏間で盛るのは罰当たりだろう?」
声。声がした。私の声でもナデの声でもない。それは、『メイの声』だ。
「おや、一瞬で戦闘態勢に切り替えられたね? 流石、天国の塔攻略勢なだけはある」
誰だ。目の前に居るのは誰だ。メイという少女に会ったのは今日が初めてだが、目の前の少女が先程のと同一人物でないのは『肌で解った』。
ほくそ笑む口元。品定めするような視線。顔は同じなのに、纏う空気がガラリと変わっている。第一、私が時を止めている間に動いているなど普通ではないし、私が理解出来る言葉で話している。彼女だ。私とナデがこの部屋に入る前、私達に威圧感を放っていたのは。一つ分かる事があるならば、不機嫌、だという相手の感情。
「んー、君はあの時の子だね? 僕が異世界へ行く前、『そろそろ』って呟いてた。今回僕らを呼び出したのも君かな?」
「ふふ、流石撫君、覚えていたか。少し見ない間にちっちゃくなっちゃって」
「色々あってね。それで――メイの体を借りている君は誰だい?」
「〈天使〉さ」
刹那、ナデが私の手を握った。天使、という単語を聞いた私の頭に血が上る、その直前に行動を封じられた。私が考えるより先に、私の行動を分かっている。
「天使、ってのは、『私の可愛さマジ天使』って意味ではなく?」
「ボクが体を借りている、天ノ命自身の可愛さはそりゃあ天使だけれど、そういう意味じゃない。天使、というのは『世界のバランスをとる者』の事だ。この〈世界〉という言葉には、数多くある異世界も含まれている」
「ふんふん……よく漫画やラノベであるような設定だけれど、実際にそんな存在が居たんだねぇ、今更驚かないけど。――で、尊(みこと)姉ちゃんは何用で僕らの前に?」
「話せば長くな……待って。撫君、今、何て言った?」
狼狽える天使。ナデに一泡吹かせられたような反応だ。相手のペースを崩すのはナデの得意技。仙人の母から仙道を叩き込まれたナデ曰く、相手の弱点はすぐに分かるらしい。体の周りに流れる『気の力』は、本人以上に嘘を吐けないのだとか。
余裕ぶった相手を出し抜いたような感じで、私も少し気分が晴れる。
「だから、尊姉ちゃんでしょ? 昔、メイを庇って命を落とした、メイの双子の姉。口調とか雰囲気でバレバレだよ」
「……まいったなぁ。昔から、どうにも君だけは欺けないらしい。はぁ、そうだよ撫君、ボクは尊だ。……うん、少し、部屋から出て歩きながら話そう。どうにも自分を祀ってる部屋に居るのは微妙な気分になるし」
頷くナデ。私はナデの行動に従うだけだ。それに恐らく、この天使の話には、私の知りたかった『答え』も含まれている筈。
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