14
――。
朝食から三〇分程経った今、私はナデの部屋に居た。
シンプルな部屋。ベッドと本棚とテーブルのみ。
リリスとライコは必要な物を取りに一度元の世界へ戻った。勢いのままこちらの世界へ来てしまったのだから、当然の判断だろう。フラガリア王への説明もあるだろうし。
私は……あの世界に取りに帰る物は何も無い。
思い出の品も、お気に入りの物も、未練も、何一つ。
「はい、『あの時の』漫画の続き」「あ、ありがとう」
ナデから渡されたのは一冊の本だ。絵とニホンゴが描かれたマンガという本。
一〇年前、ナデが――ナデから見れば――異世界へ召喚された時、彼は一冊のマンガを手にしていた。とある少年が仲間と共に異世界を冒険する、ファンタジーと呼ばれる架空の物語。
様々な魔物と知能戦で戦ったり野外での過ごし方が載っていて、天国の塔での日々はこのマンガに助けられたといっても過言ではない。当然この国の言葉であるニホンゴでの表記だが、そこはナデに教わったので、発音は分からなくても読み取りは今も出来る。
「二〇冊くらいあるのね」
「ほんとはもっと続く予定な人気作だったけど、作者が連載中に死んじゃって。あ、そっちの世界に『置き忘れた一巻』、ちゃんと返してね」
「あ……そうね」 ――そうだ。私にも取りに帰る物があったのだ。私の部屋に厳重に保管されたマンガ。ボロボロだが、それでも大切な思い出の品。もう、マンガを見る度に悲しむ必要などない。持ち主に返そう。
私は黙ってマンガを読む。ナデはベッドの上で、ノートパソコンという道具でカタカタと調べ物――私達が働く職場についてらしい――をしていた。
二人きりだ。いざ意識すると緊張してしまう。マンガに集中出来ずついチラチラと窺ってしまう。再会したての時に取り乱したのが今更ながら恥ずかしい。ずっと一緒に居た相方だったのに、やはり、一〇年という月日の空白は大きいようだ。
「あの……ナデのお母様、凄く濃い人ね」
「んー? でしょ。僕の上位互換だからね。仙人だから相手の心読める、とまで本人は言ってるよ。真偽はどうあれ一応気を付けた方がいいよー」
何気無く漏らしてるが、とんでもない力だ。私の世界でも、神器クラスの道具がなければ出来ない事を……。
「あ、ママンと言えば思い出した。君のママンの魔王様から言われたんだけど、天使って知ってる? 気を付けろって釘刺されてね」
「……さ、さあ」 ――思わず嘘を吐いた。
詳細は本当に知らない。ただ、母が四神竜らと話しているのを聞いた事があるのだ。天使、異世界、管理、ナデ、そして私の名前……この単語を口にしていた。
その母がナデに『気を付けろ』と進言したのだ。この先何か起こると見て間違いない。勿論何も起こらないに越した事は無い。余計な問題に首を突っ込んで欲しくないのだ。今この時この瞬間、ナデを護れるのは私だけなのだから。
「えー? ほんとうにしらないのー?」
パソコンから目を離し、悪戯っぽい瞳で見てくるナデ。ドキリと心臓が跳ねる。そうだ……私の嘘はナデには通用しないのだ。
「忘れてるだけじゃなーい?」
ギシリとベッドからおり、ゆっくりと私の背後に来るナデ。これから『される事』を分かっているのに逃げない私。ドクドクと心臓の音がうるさい。
「吐くなら今のうちだよー?」「ぁ、ぅ……」
ナデは私の両肩に手を置き、優しく揉みほぐし始める。同時に、指輪の力で脱力させられた私は、ナデに背中を預ける羽目に。
天国の塔で見つけた【魔力を吸い取る指輪】。扱いに慣れたナデは、吸い取る力に強弱をつけられる。私が嘘を吐くと、よくこうして尋問していた。
ジワリジワリと吸われる魔力。絶妙な肩揉みと合わさると活力や思考能力ごと抜け出て行って、つい口元がだらしなく開く。
「あら涎が……これでも吐かないだなんて、もしかしてもっと続けて欲しいのかな?」
「ひょ、ひょんなこと……」
「もっと『酷い事』しないと吐かないのかなー?」
「ひ、ひどいこひょ……?」 ごくりと生唾をのむ。これ以上は流石に、壊れてしまう。
「逃げてもいいんだよ? ほら手離した。君ならすぐに魔力を巻き戻して動けるよねー? ……あれれ? 逃げないのかなー?」
動けないのだ。断じて、何かを期待してるわけなんて……
「ふふ。そんな意固地でスケベなナイトには、お仕置きしなきゃねー」
動けない私をナデは『お姫様抱っこ』で持ち上げ、そっとベッドの上に置いた。
途端、寝具から香るナデ成分。頭がクラッと惚けるその蠱惑的な香は、私にとっては理性を溶かす毒香だ。
「くくっ、最強と謳われた魔王様も呆気無いな? 精々楽しませて貰うぜっ」
私に跨り、私を見下ろし、下衆な小悪党みたいな台詞と共に顔を近付けてくるナデ。私を雑魚扱い出来る相手なんてこの人しか――なんて、何処か誇らし気な気持ちで瞼を閉じて、
『プルルルル……』 そんな時、枕元から耳に響く音が。
「あら、こんな時に無粋な携帯ね。……ふむふむ、あの子からのメールだ。何処かで監視してたのかな?」
何やら小型の四角い板を触っていたナデだが、チラリと私の顔を見て、「ちょっと出掛ける用事が出来たよ」と言いながら私の乱れ髪を手で直す。
「どこかに、行くの?」「女のとこ」
刹那、私の奥底から『黒くドロドロした何か』が溢れる。このままナデが私の前から居なくなれば、『何をするか分からない』という確信。抑えられる自信は無い。
そんな私の内部を、ナデは当たり前のように覗き見て「いいねその反応」と微笑み、「ま、安心して。君にも用があるらしいから」
「え?」 毒気を抜かれた私は、首を傾げた。
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