12
【ニ】
我が家へ戻り、リリスとライコ、母を含めた四人での夕食。僕が異世界組の翻訳をしつつ、母に冒険の事を話したりして、賑やかな時間は過ぎて行く。
それから入浴も済ませ、早くも就寝時間に。
客室でもある畳の和室に人数分の布団を敷く。
「わー、これがオフトンなのですねっ。ここ数日の野宿とはまた違った睡眠スタイルにワクワクが止まりませんっ」ゴロゴロー
「姫っ、ゴロゴロ転がるのははしたないですよっ」
「そうだぞ、お行儀悪いとマナーにうるさい母ちゃんが怒鳴り込んで来るよ」ゴロゴロー
「お前も転がるなナデッ。あっ、姫とキャッキャと絡み合うなっ」
「「キャッキャ」」 変なテンションで騒ぐ僕達。因みに皆家にあった浴衣を着ている。
「ぅぅ――」 ふと。呻き声が聞こえ、僕らはピタリと動きを止めた。
出処は、一人寝込む少女から。
「姉さんまだ起きませんねー。それに、何か魘されてます。悪い夢でも見ていて……?」 ナイトの手を握るリリス。リリスは魘されたままだ。
ナイトの手を握る僕。リリスの表情が和らいだ。
「むーっ! ナデさんばかりずるいです! リリスも仲良くしたい!」
「僕は君より付き合い長いからね。ケケッ、どんな気持ち? 妹なのにどんな気持ち?」
「むきーっ!!」
ドンッ! 『うるせぇぞお前らァ!!』
母が隣の部屋でプッツンしたので、僕らは静かに寝る事にした。
◆◆◆
『ナイトっ、このキノコは大丈夫そうだよっ』
『ほんとに? 何か虹色に輝いてるわよ』
――また、あの頃の夢だ。
天国の塔とは名ばかりの地獄に居た時の、つまりは幸せだった頃の夢。
草木も生えない乾いた砂漠地帯かと思えば、気付けば極寒豪雪になっていたり、洪水噴火落雷地震と天変地異ばかりの地帯だったり、魔法を使えないフロアがあったり……凶悪な凶暴な生物や植物が息も吐かせない頻度で襲って来たり……食べ物ですら多くが有毒で安心して食べられなかったり……
毎日が必死だった。時魔法や『優秀な相方』が居なければ、一日と保たなかったろう。
『やっぱりおいしいっ。甘かったり辛かったりするけどいけるいけるっ』
『それはおいしいと言えるのかしら』
『あー口が辛い辛いっ。ちょっと飲める水探して来るねっ』
『あ、待って、私も』 ――離れていく彼。追い掛ける私だが、いつもいつもいつも、手を伸ばしても追いつけない。それを分かっていても、私は追い掛ける。
待ってと叫び続ける。
「待って! 待ってナデ!!」
……、……。そこは暗い部屋だった。周りが良く見えない。私の部屋か図書室か……どちらにしろ、夢から醒めてしまったようだ。
頬に手をやる。今日も濡れていた。汗なのか涙なのかは分からない。どうでもいい。
「ぅ……ぅぁあ……」
嗚咽が零れる。何度。何度こんな夜を過ごさなければならないのだろう。苦しまなければならないのか。
リリスと力を合わせれば異世界へ行ける? 本当に? 私は自暴自棄になってないか?
今更だ。もうなりふり構えない。リリスがこの魔王城に来た暁には、何としても、あの子を抱き込んで計画の実行を――、――あれ。
リリス達は、もう私の前に現れたんじゃ無かったか?
そこで私達は一戦交えて……あれ。
記憶が混濁している。眠る前の記憶が曖昧だ。確か――確か、ライコに煽られて、私は頭に血が上って……その後……何故か、力が抜けて――
「はぁ、全く。夜中に夜泣きはやめてよね、うるさいから」
え。
「ふぁー、ネムネム。こっちは疲れてんだぞー」
頭が追いつかない。誰かが、今、私に苦言を呈した。
頭が追いつかない。今の声で、浮かぶ顔。でも、私はそれを否定した。
だって、そんな奇跡みたいな事、信じられなくって……
だって、この一〇年間、そんな奇跡なんて起きてくれなくって……
「何で僕の幼馴染は泣き虫ばっかなのか。はいヨシヨシ、どこにも行かないでちゅよー」
フワリ――私は、抱き締められた。顔面を胸に押し付けられるように、荒っぽく。
瞬間、私の中の何かが決壊し、溢れる。ああ……この匂い……柔らかさ……溢れたもの全て受け入れくれるような、暴力的なまでの温かさ。
まだ、夢の中なの? それとも、今までが夢だったの?
私は、漸く悪夢から醒められたのだろうか?
「うわ、バッチィ! 鼻水とか涙で浴衣がビチャビチャだよ! くっついて離れねぇ!」
夢でも何でもいい。もう、絶対に、離さない。
――。
「と、いうわけ。今ナイトが僕の世界の、僕の家の客室で寝ていた経緯は理解出来た?」
「……」
「聞いてる?」
「えっ? あ、うん。あの……本当に、ナデ、なの?」
「しつけぇ!」
呆れるナデ。この顔だ。この反応だ。ああ、ナデだ。
「兎に角。あのままじゃあ君を放っとけないから、こっちまで持ち帰ったわけ。で、今魔法使える? この世界からでも皆に掛けた若返りの魔法、解ける?」
「えっ? あ、うん。多分、出来るわ」 パチンと指を鳴らす。これで、良い筈。
もう、続ける意味は無くなった。私の求めたものが、こうして目の前に居るから。
「よし、じゃあまた寝よっか。てか、今まで君寝てたから、もしかして眠気無し?」
コクリ、頷く。「そ。ま、僕は眠いから寝るよ。おやすみー」
コテンとその場に横になるナデ。すぐに規則的な呼吸に。私は黙ってそれを見つめる。寒気がする程に綺麗な顔。サラサラなミルクティー色の長髪。今夜は、一晩中この寝顔を見ていられる。寧ろ、このまま一生、時を止めてもいい。
「あ、因みに、この部屋にはリリス達も寝てるからね」
寝たと思ったナデの口からとんでもない一言。周囲を見る。
……リリスとライコが、ジトーッとした目で私達を見ていた。まさか、ずうっと、今までの遣り取りを、見られていた?
「ズルイですナデさん……さっきから私も姉さん呼び掛けてたのに……反応するのはナデさんにばかりで……ナデさんもナデさんです……今回の助っ人の報酬にリリスの処女寄越せと言っておきながら姉さんにばかり……」
「ちょっとナデ!? 今の話どういう事よ!」
「むにゃむにゃ……海鮮丼親子丼姉妹丼……」
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