二章
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▼ 二章 ▲
【一】
「ちょ、撫、戻って来たばかりなのですから少しは落ち着きなさいっ」
異世界から幼馴染であるメイの部屋に戻って来て、それから一時間程経つ。
リリスやライコ、ナイトは現在僕の家で休んで貰い、僕は一人天ノ家まで戻って来た。
「いやいや止まってられないよメイ、これから毎日忙しくなるからね。まずは君のパパンに会って話をしないとなんだ」
「お父様に? けれど今は先客が……あら、お帰りになるようですわね」
メイの父の応接間近くまで行くと、何やら怒号が。『身の程知らず!』だの『後悔させてやる!』だの止まない捨て台詞。天ノ家の人間である黒服男二人に連れ去られて行ったのは、初老の男だった。
「アレは……有名な代議士の方ですわね。大方、お父様にお金の話をし断られたのでしょう。何か報復を考えている様子でしたが……心配ですわね、あちらが」
昨日は『日本最大手の宗教団体』も金の話に来たらしいが、追っ払ったそうだ。一〇年以上付き合いのある天ノ家だが、今だにどんな事業で儲けているのかよく知らない。まぁカタギでないのは確かだろうけど、僕的には大した問題では無い。
扉前に居るガチムチグラサン黒服スキンヘッドと目が合う。顔に傷がある男で、顔中の刃物傷がチャーミングなナイスガイだ。
「おらどけどけっ、僕は親父に金をたかりに来たんだっ、シッシッ」
「……撫坊がアホな事言ってますが、お嬢、どうしやす?」
「……お父様も会いたがって居ましたし、通して上げて」
黒服が横にの動いたのを確認し、僕はノックもせず扉を開けた。大きなソファに座っていた男が顔を上げる。見た目は三十前の若僧に見えるが、これでも高校生の父親だ。
「おお! 撫ちゃん! 我が娘も同然な撫ちゃんじゃないか!」
「パパー」と飛び込む僕を、メイ父は受け止める。
「ハッハ! ここ数日会えなくって寂しかったよ! メイは俺以上にだったけどもね!」
「余計な事を言わないで下さいお父様!」
「ふふっ、相変わらずだなぁ娘は。撫ちゃん、早くメイを貰ってやってくれ、そうすれば少しは落ち着くだろう。天国の妻も姉の尊(みこと)もそれを望んで……グスッ」
ニコニコ顔から泣き顔へと、娘同様に相変わらずコロコロ表情の変わるおっさんだ。
今の話にもあったように、親父さんは十数年前、最愛の妻と娘を亡くしている。自動車事故だった。妻は夫を、姉は妹を庇い、二人は命を落とした。
メイ父はそれが原因で、一時は生きる気力を失う程のドン底にまで落ち、この家も差し押さえられたりもしていた。当時のその時期メイは我が皐月家で暮らしていたのだが……
「色々あったけれど、あの時小さい撫ちゃんと仲良く眠る命を見て俺は目が覚めた。娘の為に再び頑張ろうと! 愛する二人が守ってくれた未来を守ろうと! しっかりしなきゃと!」
「暑苦しいなぁ、その話何回目? 何度も聞いたんだけど?」
「いいや何度も感謝させてくれ! 撫ちゃんは俺と同等に傷心していた命を……母と姉で喪った穴をその持ち前の母性で埋めてくれた。俺も君の母である樒(しきみ)さんに『シャキッとしろ』と殴られ、活力を注入された。本当、皐月家には恩を返しきれないよ!」
「なら僕がメイを『お嬢様口調』に調教したのも許されたんだねっ」
「責任とって貰ってくれるんならね!」
「……そんな事もありましたわねぇ」とメイは思い出に浸っている。当時のメイはお嬢様キャラ特有の庶民を下に見ている高飛車な性格だったのだが、皐月家に来たのを機に庶民派へと成長したのだ。因みに僕は当時のキャラが嫌いでは無かったし、オーホッホという笑い声が聞け無くなったのは地味に悲しい。
「……しかし恩ねぇ。なら話は早い。ねぇんパパー、撫、お小遣い欲しいんだけどぉ?」
「躊躇せず恩につけこめるのは君の強みだね。いいよいいよ、幾ら必要なんだい?」
ボソリ、耳元で金額を呟くと、途端、メイ父の目付きが鋭くなる。
「撫ちゃん……俺は君も知っての通り、再起して以来、ドケチだ。娘ですら、百円一枚与えるのにも小一時間理由を訊ねる程の徹底ぶり。融資しろ寄付しろだのという団体は後を絶たないが、俺は、未来を感じる相手にしか融通しない」
「本当に融通のきかない信念ですわ」という娘の嘆きをメイ父はスルーし、
「けれど、君相手にはどんな理由でも、幾らでも投資しよう。君が我欲でその金額を提示していると思えないし、何か面白い事を考えているのだと分かっている。その未来ある使い道を教えて欲しい。出来れば、失望、させないでくれよ?」
「はっ、親父ィ……僕相手にその大口、もうボケたのか? こちとら『儲け話』持って来てんだ、上手い汁吸わせてやるってんだよ」
ニヤリと微笑むと、メイ父も微笑み返し、
「俺を唸らせる程の事業の話があるんだね? ふふ、早く聞きたい所だ……けれど、少し待ってくれないか? 一〇分後にまた来客の予定でね。すぐに終わらす」
「おいおい、随分と悠長だなぁ? 親父を堕とすなんざ――五分ありゃ十分だ」
「……君という娘は、どこまで俺の弱点ばかりついて……期待をさせてくれるんだ。ならば聞かせて貰おうか、その儲け話とやらを……!」
「なんなんですのこの二人……」
その後、僕は前置き通り、五分でメイ父を唸らせる。メイにも「そんな事業を本気で? けれど面白そうですわね」という太鼓判付き。
「ううむ、やはり我が天ノ家をこの先任せられるのは撫ちゃんしか居ないなっ!」
「親父ィ、僕をこんな『狭い世界』に閉じ込めるつもりかい?」
「くっ……確かに君の無限の可能性ならばこの程度の家など……だが諦めないぞ!」
「いつまでこの茶番を続けるんですの?」
計画の為の財布を手に入れた僕は、夕飯を誘われるも断ったのち、満足したまま天ノ家を後にするのだった。
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