10

【六】


ナイトを背負って王の間まで戻ると、帰りを待っていたであろう先代魔王が、僕の存在に目を見開く。


「ど、どういう事だ!? 何故お前様がここに!」

「え? 魔王様、ナデの事を知っていて?」

僕を異世界から呼んだ経緯を説明すると、黙って聞いていた先代が僕を一瞥し、

「お前様、思い出したのか?」「ある程度は」と頷く。

 取り戻したのだ。ナイトの顔を見た瞬間、僕の中で欠けていた部分を。

「……そう、か……そう、だな。ナイトを救えるとするなら、やはりお前様しか居なかったろう。奴にとってお前様以上のジョーカーは居ない」

「魔王様っ、ナデさんと姉さんはどんな面識があるんです!? 聞かないままでは納得出来ません! 教えて下さい!」

「リリス姫……、お前様はいいのか? 一〇年前の話をしても」

「いっすよ別に、減るもんじゃなし。記憶の整理もつけたいし」

僕の許可を得た先代は、一度溜息を吐き、訥々と語り出す。僕とナイトの物語を。

短く纏めれば数分で終わる話だ。ただの、二人の子供が楽しく過ごした話。アレを嫌な出来事とは思いたくない。

「――と、まぁそんな過去話だ。我がこのような決断をした結果、今回のような騒動へと繋がったわけだが……正しかったのかどうかは今も分からん」

先代が話終わった頃には、リリスはグスングスンと頬を濡らしていて、

「ぅぅ……姉さんの抱えていた辛さ……今なら解ります。リリス程度の言葉で動く筈が無かった。姉さんの……自分も他も全てを犠牲にして『ただ会いたい』という覚悟も、理解出来てしまいます。もし同じ立場だったら、リリスも同じ路を辿っていました」

「姫……そこまで……」 リリスにハンカチを渡すライコ。困るなぁしんみりムードは。

「ハイハイッ、これで思い出話は終わったねっ。それじゃあ帰ろっか二人とも」

「なっ、待て待てお前様よっ、その背中の我が娘はどうするつもりだっ」

「どうするって、持ち帰るよ、僕の世界に」

「「え!?」」 ライコとリリスの声がハモる。

「正気か!? ……や、確かに、これでまたお前様と離れる事になれば、娘もどんな行動に出るか分からんし、我としては是非もないが……いいのか?」

「うん、積もる話もあるしね。この子が落ち着いたらまたここに来るから。その前に、起きたら皆に掛けた若返り魔法解かせなきゃだね」

「恩に着る。……娘のその『幸せそうな寝顔』を見せられては、我も引き剥がせんしな。どうか、ナイトを頼む」

「「ちょっと!!」」と叫ぶ二名を無視して会話を続ける僕と先代。このまますぐにフラガリア王国までワープ魔法で送ってくれるらしい。

そして転送間際。魔法陣の上に立たされた後先代は僕に「最後にじゃが」と小声で、

「お前様。〈天使〉、と名乗る者との面識はあるか?」

「え。いや、そんな痛い称号を名乗る知り合いは居ないすけど」

「そう、か。ならば、今後現れる可能性がある。用心しておけよ」

詳細を訊ねようとした僕だが、例の如くその前に転送魔法を唱えられた。

全く、本当にこの世界の住人は意味深な台詞ばかりを残すなぁ。


――。


送られた先はフラガリア城、王の間。

「おおぅ!?」と国王ことリリスのママンが王座から転げた。

「う、うむ、良くぞ無事に帰って来た。大方、先代魔王の世話になったのだろう。……っと。救世主様が背負っているのは……そうか、ナイト、か」

その事実のみで全てを察したらしい王は、優しい笑みを作る。

これが、王の望んだベストエンディングなのだろう。

――それから。全てが落ち着いた現在、城で宴会を、と誘われた僕だったが……

「ええ!? もう、行ってしまわれるんですか!」

「悪いねリリス、一度は元の世界に帰らないと。待ってる人も居るし、ナイトだって目が覚めたらこの場所じゃ気まずいだろうしね」

「むぅー」 拗ねた顔で見つめて来るリリス。それをライコが「まぁまぁ」と宥め、

「世話になったな、ナデ。では今から異世界への扉を開けてやろう」

彼女の手にあったのは……【金色の丸ドアノブ】。

これが、宝物庫に眠ってたという異世界への切符か。

そのドアノブを適当な壁に貼り付けたかと思うと「準備出来たぞ」と振り返り、

「この先はもうお前の世界だ。……思えばあっという間な激動の日々だったが、私自身も成長出来た、感謝するぞ。落ち着いたらまた来い」

「それでもいいけど、今度はそっちが来なよ。ドアノブはそっち側にあるんだし」

「だな、近いうちに」とライコは微笑む。出逢いはお互い険悪だったけど、数日同じ釜の飯を食ったりと寝食を共にした結果、こうして仲良くなれた。終わり良ければ全て良し。

両手がナイトの所為で塞がってるので扉を開けて貰うと、その先は真っ暗な闇。

本当に大丈夫なのかと多少の不安はあるが、ナイトも道連れだし、何かあっても何とかなるだろう。

「またね、リリス、ライコ」

「うむっ。ほら、姫、ナデとナイトが行きますよっ」

いまだむーっとした表情のリリスに、僕とライコは苦笑しつつ……

僕はナイトと扉を潜った。

「――っ!? 姫!?」

と、背後からライコの驚嘆。それと同時に、ドンッと何かがぶつかった衝撃。

「遊びに来いと言いましたよね? じゃあ今からです!」


犯人はリリス。ナイトごと僕を後ろから抱き締めていた。

慌ててライコも扉へと駆け込んで来て……直後、体が浮遊するような感覚に陥り、同時に、意識がスゥーと遠のいていった。


「……デ! ――ナデ! 撫子(なでしこ)!」


ゆさゆさと体を揺すられている。僕を呼ぶ声。

なんというデジャヴ。デジャヴばっかだな。

瞳を開き、体を起こすと「撫っ!」と抱き締められた。

数日振りに味わう幼馴染の香り。

「貴方はっ! いつもいつもわたくしに心配をかけて!」

「んー、よしよし、もう大丈夫だよメイ。しかし君は前と反応が変わらないなぁ」

「ぅぅ……グスッ……貴方が悪いんですのよっ」

泣き虫な幼馴染を慰める僕。帰って来た日常。窓の外は夕方か。――はて? 何かを忘れてるよう、な?

「それで、撫。この床に転がる三名の方々とはどういうご関係ですの?」

あ、思い出した。

「お土産だよ」「予想外ですわ!」 流石に大き過ぎるからかビックリされた。

と。僕らの話し声がきっかけか、「うぅん……」「ここはどこだ……?」とリリスとライコが目を覚ます。ナイトはいまだぐっすり。

「おはよう二人とも、ようこそ僕の世界に」

「あっ、ナデさん! 無事に来られたんですね!」とこれまた抱きついて来るリリス。

「むっ、随分と人懐こいお土産ですわねっ」

「活きがいいでしょ、産地直送だよ」

「そういう意味ではありませんわ!」 もう少し弱らせてから連れて来るべきだった?

「それで、撫」「それで、ナデさん」「「この方は何と喋ってるんです?」」


――ん? 何だろう、この噛み合わなさは。……まさか?


〈異世界編〉を終え帰って来た僕だが、〈僕の世界編〉は波乱を孕んだ幕開けなようだ。

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