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【三】
「あははっ、レイドさんたらこの先も他の四神竜の方々が来るなんて言ってましたけど、そんなの馬に乗って行けばスルー出来てって馬が居ない!?」
恐らく、レイドさんとのバトルに驚いて逃げてしまったのだろう。
――翌日から、徒歩での旅が始まる。魔王の指定した期限は後三日。ギリ間に合うとの事だが……道中ではレイドさんの言った通り、前魔王精霊四神竜が襲いかかって来た。
ある時は『自然を支配し食人植物を操り植物毒を撒き散らす木竜』と戦い、
ある時は『大地を支配し地を割り大岩を大砲のように飛ばす宝石竜』と戦い、
ある時は『空を支配し光の屈折で姿を消したり幻覚を見せたり竜巻を発生させる空竜』と戦ったりして……それでも、何とか怪我もせず無事に過ごせていた。
倒して行った四神竜から姫がラーニングした魔法が、丁度次の相手の弱点だったという都合の良さもあったのだろうが、それも現魔王の狙い通りかもしれない。
因みにその四神竜らも、レイドさん同様、現魔王に我を忘れた状態にさせられただけのようで、倒した後は我に返りこれまたレイドさん同様僕を見た瞬間『意味深な言葉を吐き』去って行った。
――そして現在、城から旅に出て三日目の夕方。場所は魔王城の麓にある湖畔。明日はいよいよ目的地へと殴り込みに行く日である。
「はぁ。二日三日の旅だというのに、人生で一番慌ただしかったように思える」
ライコが僕にそう漏らす。湖で釣りをするリリスを少し離れた先で眺めつつ。
「姫がこんな心から笑って過ごす日々は、長く付き合った私ですら見守った経験がない」
「そうなの? いつも楽しそうだけど」 夕飯の準備をしつつ僕は首を傾げた。
「そう周りに思われるよう、心配をかけぬよう振舞っている面もある。あの方は昔から優し過ぎる」
「ふぅん。暇だから語ってもいいぞ、昔の事。丁度リリスには聞こえないからね」
「何故に上から……まぁいいだろう」とライコは過去を語り出す。教えて貰えるぐらいの信頼はここ数日で得たようだ。
「私はな、昔の記憶が無いんだ。十年前……私が六つの頃、魔王軍に拾われた頃より前の記憶がない」
血生臭い風の吹く戦場で拾われ、気付けば魔王城のベットで寝ていたのだと。分かっていたのは自分の名前だけ。ひと月程魔王城で過ごし、それからライコは前魔王にフラガリア王国まで連れて行って貰い、リリスと出会う。
「当時から姫は容姿端麗で、対して私には『とあるコンプレックス』があったのと精神的に荒んでいたのもあって、まともに目を合わせられず……しかし姫はそんな私相手にも態度を変えず、それどころか『これを付けたらもっとかわいい』と被り物まで下さった」
「それがウサ耳て。何? 部分ハゲでもあるの?」
「違うわ! ……ふん、兎角、それ以降は私も姫の明るさに毒気を抜かれ精神的に落ち着き、フラガリア王国での生活を始めた。魔王城にも、たまに剣の稽古で帰っていたというワケだ」
「成る程ね。君は王国と魔王軍、どちらともに恩があると」 僕は相槌を打ちつつ、一方で石の上で香辛料を粉にしながら、
「で。その話の後にあえて訊くけど、君にはちゃんと、その恩人である先代魔王に刃を向ける覚悟はある?」
四神竜を打ち破って来た僕らだったが、ライコはもっぱらサポートに周り、一度も、その二対の刀で相手を傷付ける事をしなかった。昔から何故か極端に『血が苦手』だかららしいが……明日はそんな甘い事は言えない。
恐らく、いや必ず、先代魔王も我を忘れた状態で襲って来るだろう。その強さは四神竜の比では無いと。
「覚悟か。あるぞ。だから、明日は私に任せて欲しい。恩になった相手だからこそ……武を教わった相手だからこそ、私には恩を返す義務がある。――姫に害なす者は、誰であろうと『鬼になる』」
「そ。期待してるよ」 その件の姫だが、どうも大物が掛かったようで、立ち上がって仰け反り竿をしならせていた。あれ大丈夫か?
「逆に、私もお前に問おう。ナデ、お前は何故、いつでもお前なんだ?」
「ん、何だい藪からスティックに。哲学的な話?」 そりゃあ僕以外僕じゃないけど。
「違う。お前が以前にした話だと、お前の居た国は全てが充実する平和な所なのだろう? 脅威のない生温い世界の生まれで……それを突然この乱世に召喚されて……にしては落ち着きすぎだろう、今のお前も戦闘中のお前も。まるで『歴戦勇者』のような胆力だ」
「うーん」 鍋を掻き混ぜつつ、ライコの過剰評価にどう答えようか考えた結果、
「分かんないや。元々、自称仙人の母親との山籠りで修羅場は多く経験してるから生死の状況には慣れてるってのもあるけど……そうね。頼りない人を見ると、逆にしっかりしなきゃって冷静にならない?」
「うっ……頼りない、か。確かに私は不甲斐なかった、否定は出来ん」
「後は、一々現状に文句を言って取り乱すのも格好悪いでしょ。てか、僕は出来るだけ早く元の世界に帰りたいの。僕を待ってる奴がうるさいから慌ててる場合じゃないんだよ」
既に二日三日メイの側に居ない。今頃ビービー泣いてる。筈、ではなく確信。
「そうか……いや、そうだったな。早ければ明日、お前は帰る。……姫が、寂しがるな」
「ふっ、そんな事を言ってライコも僕に帰って欲しくないんでしょー」
「し、知らんっ。と、兎に角、無事に国へ戻れたらお前には城から褒美が出る筈。望むなら高価な物でも何でも貰えるだろうから、考えておけよ」
「じゃあリリスの処女貰うわ」
「ここで鬼になるぞ!?」シャキン!
『ドボンッ』「あ、僕斬ってる暇あったら湖落ちたリリス助けなよ」
「姫ええええええええ!!!」 ――と、まぁ慌ただしく過ごしたりなんだりして、迎えるはこの旅最後の夕食。最後の晩餐にならなければいいが。
「ほいっ、リリスの釣った謎の巨大魚のカツを乗せたカツカレーだよっ。僕の国では勝利のゲン担ぎにカツを食べる風習があってだねぇ」
「いっただっきまぁす! ハフハフッ……こ、コレが話に聞いたカレー! ピリリとスパイシーでいてコクもあり、ご飯が進みますっ。カツという料理もクサみがなくサクサクで美味しいっ! このまよねーず? というサラダにかかった調味料も絶品です!」
「お前の国には本当に色々な料理があるな」
二人に好評のようで一安心。今更だが、振り返るとこの旅の道中は本当に環境に恵まれていたな。お望みの食材に似た物は手に入るし、毎度温泉も見つけられたし。サバイバルというよりキャンプだな。
「あれですねー、こんなに面倒見の良いナデさんは、何というか『お母さん』っぽいですね! リリスのお母様より母してましたよ! 落ち着く良い香りもするしっ」
「よく言われるよ。じゃ今日はお母さんとくっついて寝よっか? 仲間同士の絆を深めて作戦成功確率アップだ」
「いいですねー」
「いいわけないだろ!」
穏やかな時は過ぎて行く。
はてさて、明日のこの時間、僕らはどう過ごしているのだろうか。
★ ★ ★
――女の子が泣いていた。
白銀色の美しい髪の幼女。顔は見えないが可愛いという確信がある。
周囲には多くの〈いきもの〉が倒れている。
ピクリともしなくって、息がないのは明らか。
『ぼくらはきょうはんだよ』
それは僕の声だった。僕は、その幼い女の子を抱きしめていた。
温かい気持ちになると同時に、心の底が冷えて行く感覚。
これは夢が作り出した虚構か、それとも――。
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