「姫! この魔力は!」「この寒気……『あの人が』来てますね……!」


寒気――確かに肌寒い。温泉に入ってるのに、肩付近の空気がひんやりしてきて、

「馬鹿者何を惚けてる!」 ライコが僕と姫を抱えて跳躍。

 瞬間、ヒュウ――風が通り過ぎ……温泉含め、周囲の木々が『凍り付いた』。

一瞬にして銀世界。そして僕は見た。いつのまにか目の前に『氷彫刻のような美しい竜』が現れて、僕達を睨め付ける。その口元からはキラキラ光る吐息が漏れていた。大きさは軽トラ程と小振りに見えるが――。

「まさか……こんな時に前魔王精霊四神竜が一人〈氷結竜レイド〉が襲って来るとは!」

僕とリリスを両脇に抱えたままのライコが焦り顔に。当然皆全裸である。

「四天王をいきなり送って来るとか相手も分かってるなぁ、ってか寒っ! リ、リリス、何かあったかくなる魔法ない?」

「えっと……あっ、確か溶岩地帯でも雪山でも快適に過ごせる補助魔法が……えいっ」

ポワッと姫の掌が光り、それからすぐに僕らの体が橙色のオーラで覆われる。おお、まるで春の草原にいるようなぬくさだ。

「おろすぞ二人ともっ! ――ハッ!」

ガアアアアアと咆哮をあげて放たれる竜の前脚の一撃を、ライコは二対の刀で受け止める。 ズンッと沈む両足。重い攻撃だがライコのバランスは崩れてない。

基本は出来てるし力持ちなんだな。

「ボーッとするなナデ! 私が抑えてる間に! 姫を連れて逃げろ!」

「ん? 何言ってんの、この先こんな展開いくらでも待ってるでしょ? 戦うよ? そんなわけで……リリス! とりあえず一番強い火の魔法ぶち込め!」

「あ、はい! ――ヘルヘブン・フレア!!」

姫がヤバそうな名の魔法名を叫んだ瞬間、轟音と共に敵が大爆発を起こした。その熱量で、一瞬にして銀世界が元の姿を取り戻す。

「ケホッケホッ……はぁ、やべぇ、今確実に巻き込まれて僕も爆死したかと思った」

「補助魔法は爆熱耐性もありますからね、これでも威力を数十分の一に抑えた方ですっ」

「やったか!?」 ライコが言ってはならぬ台詞を叫ぶと、爆煙が徐々に晴れていって……

「くっ! やはり『彼女』の竜鱗にも爆熱耐性があったか……!」

氷竜は今の一撃にも素知らぬ様子でピンピンしている。

水系に火系が弱いのはやはり基本か。しかし少しは警戒してるのか様子を伺ってる。

「リリスかライコ、どっちか『雷系魔法』使えない? 水とか氷系には効くと思うんだけど」

「リリスはまだ見た事が……ライコさんは確か……?」

「いや……幼少期は使えたらしいが、今は……」

「肝心な時にこの女剣士は……まぁいいや。よし、定石通りに進めたかったけど止めだ。もう終わらすよ」

「作戦があるのか!?」 興奮するライコを宥め、手短に作戦を二人に話す。これは力持ちな女剣士とチート魔法使い姫がいるからこそ出来るゴリ押し戦法である。

ガアア!! と、氷竜の叫びが耳に届いた瞬間、何もなかった頭上に『無数の氷槍』が生成され、僕らに降り注ぐ。「テイッ!」とその槍雨をライコが処理し、

「よしっ、あちらさんが痺れを切らしたんで早速作戦開始だっ。リリス!」

「はい!」 元気にお返事したリリスは氷竜に両掌を向けて「ダイアモンド・ブレス!」と先程敵さんに見せて貰ったばかりの絶対零度の風を放つ。

その凶悪な風は敵さんの出した氷槍を吹き飛ばし、通り道の全てを凍らせる。それは氷竜ですら例外ではない。姫にやらせた結果、威力は本家を悠々超えていた。

「さて、凍らせたは良いけどそこまで保たないでしょ。なわけで皆『位置について』」

そう指示を出しつつ、僕は氷竜にゆっくり近付いた。案の定、もう氷結が解けそうなのかプルプル震えてる敵さん。頑張っているようだけど、既にこちらは王手である。

パリンッ! と氷の拘束が解けた瞬間――僕はただ、氷竜の鱗に手を置いた。

ひんやりと冷たい。

ガッ……アアッ!? 困惑の呻き声を漏らす敵さん。

魔力を吸われてる上に身動きが取れない感覚に戸惑っているようだ。しかし大概だなこの指輪、強くてニューゲームでもしてる感覚だ。

「ほいライコ」「まかせろ!」 後ろに控えていたライコが走り込んで来て「トウッ!」とドロップキック。女剣士の規格外の脚力によって氷竜は吹き飛び、

「いらっしゃいませー」 その先にはリリス姫と『グツグツ煮えたぎる温泉』。投げた空き缶がスッポリゴミ箱に入るように、見事に氷竜はドボンと温泉へ。

「よっしゃドンピシャ! リリスそのまま煮込め煮込め! 熱湯コマーシャルや!」

「よく分かりませんが、えいっえいっ」 可哀想な程に熱湯に苦しむ氷竜。魔法の火熱攻撃は効かなくとも物理的な方面は有効な模様。その上前以て僕に弱らせられたと来てる。

氷竜は溶けるようにどんどん小さくなっていって……

残ったのは『全裸の青髪幼女』一人だけ。


急いで湯の温度をリリスに冷まして貰い、幼女を取り出すと、直ぐに彼女は「ん……ここ、は?」と意識を取り戻す。因みに服は着た。(間違えてリリスのパンツを履いてライコに『はみ出てるはみ出てるぞ!』と指摘されたハプニングはあったが)

「フラガリア国領土の森ですよっ、レイドさんっ」

「リリス姫……、ああ、そうですか。迷惑を掛けたようで」

体を起こす幼女。どうやら彼女こそが氷竜の本体らしい。てか、やけに親しげだな。

「そも、フラガリア国と魔王軍には親交があったんだ。もっとも、その仲は勇者様が魔王を倒した後に築き上げられたものだがな。私もこの人を含め多くの魔族に鍛えて貰った」

僕の疑問を察してかライコが説明してくれた。あの見事なキックも魔族仕込みかな?

「レイドさん何があったんです? 貴方が襲って来るなんて……『あの人』の目的は?」

「……、『あの子』は私をこんな幼い姿にし『我を忘れる』魔法を掛けました。目的は貴方達に私をぶつけて、貴方達を強くする為でしょう。本来の姿で竜化すれば手に負えない可能性もあるので、弱体化させてね。彼女は……リリス姫の膨大な魔力を欲しています」

「そんなっ。素直に頼んでくれれば……何故こんな荒っぽい真似を……」

「それは――、む、そういえば、そちらのお嬢さんは?」

急に裸の幼女が僕を見た。見た目は子供頭脳は大人な相手……王の時も思ったが、そんな相手と敬語で会話しなきやなのは凄い違和感。

「あ、紹介します! 今回レイドさんを倒す作戦を立ててくれた救世主様です! 何でも出来る凄い人なんですよ!」

そんなに持ち上げんといて下さいリリス姫、作戦だって大したもんじゃないし、ただのアウトドアに強い美少女(顔)ですよ。その作戦もいつか読んだ漫画の知識(であろう)を応用しただけで。

「そう、ですか。とても優秀な軍師の方ですね。……しかし、見慣れない顔です。殆どの有能人材は、『彼女』の幼少化魔法の対象になったと思ったのですが」

「ああ、それはですね、この方は異世界から呼び寄せたんですよ!」

「――え?」 幼女ことレイドさんの目が大きく見開く。僕をじっくり、確認するような視線に。リリスが話すこれまで経緯も話半分に聞いていた。

「なるほど……やはり……これも……来たるべき時が来ただけの事……」

「ん? レイドさん、何か言いました?」

「いえ。――ではそろそろ、私はこの場を離れます。道中、私と同じように他の四神竜が貴方がたを標的にするでしょうが、『ナデさん』が居るならば平気でしょう」

「レイドさん私達と一緒に行かないか? 貴方も『あいつ』に言いたい事はあるだろう」

ライコの誘いに、けれどレイドさんはかぶりを振り、

「この旅は……恐らく貴方がただけで進む事に意義があるのだと。お気を付けて」

そう言って、レイドさんは自らを雪に変え、スゥーとその場から溶けるように消えた。


「……そういえば、レイドさんに僕の名前教えてたっけ?」

ふと思った僕の疑問に、皆、首を傾げあうのだった。

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