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空が黄昏色になり始めたので、今日は早めに野営の準備をする事に。
魔王城までの道には村などが無いらしく、お風呂もベッドも期待出来ないと。僕は『家庭の事情で』野宿も慣れてるので構わないが、一国の姫が平気なの? とも考えた、が、本人はソワソワと楽しみな様子なので、特に口には出さない。
「じゃあ火でも起こして食事にしよっか。リリス、食料は?」
「あ、忘れました! てへっ☆ (ペチッ)いたい!」
「姫に何をする!」
「うるせぇ役立たずども! ……はぁ、仕方ない。ここは森だし、適当に調達するか」
「あっ、ナデさんっ、調味料なら一杯持って来ましたよ!」
「なんでやねん。(ガサガサ)――ん? あ やせいのうさぎが あらわれた」
茂みから現れたのは、一羽の兎。おでこには角が生えている可愛らしい見た目。
「わぁ、これは一角兎ですよっ、お鼻ひくひくしててかわいい!」
「う、うむ。な、撫でたいな」
「ライコ、刀一本借りるよ、えいっ」 兎の首を落とした。
「「ああっ!?」」 悲鳴を上げる女性陣二人。姫なら解るが隣のウサ耳女剣士は何なん。
「な、何をするだナデ! 可哀想だろ!」
「これが生きるって事だよ馬鹿野郎! ……そもそもライコ、君は幾らでもこんな経験あるんじゃないの? 野営とか何度もしてるだろ」
テキパキと肉の処理をする僕に、ライコは目を背けつつ、
「しゅ、修業で野営の経験はあるが、大体保存食を持ち込んでいたし……そも、魔物を殺めた事は一度も……」
「ええ……」 思った以上の役立たずだった。――と、僕の作業をリリス姫は興味深げに眺めていて、
「ふむふむ、成る程……ナデさん、リリスにもやり方を教えて下さいっ。可哀想だとは思うけれど、これが『生きる』って事何ですよねっ?」
姫の方がよっぽどたくましいな。頷いた僕は、姫と二人で肉を解体。手が血に塗れる彼女だったが、それ程気にはしてない様子だ。
可食部位を綺麗にわけた兎肉は、既に骨付き鳥肉と見た目は変わらない。さて、後は調味をして焼くだけなのだが……
「火をつけるのが骨だなぁ。メタルマッチでもあれば楽なんだけど」
「火ですか? それなら――えいっ」 ボワッ ……、姫のかざした両手から『火が出た』。
「ふふん、驚いたかナデッ。姫様はな、天才なのだっ。一度見た魔法ならば詠唱無しで放てる上に魔力は無尽蔵! 伝説の勇者と、そのパーティの一人であった大魔導師のフラガリア王の間に産まれた血筋は伊達ではない!」
「さっきまで血塗れの刀見てあうあう言ってた奴が自慢気に言う台詞か。てかリリスは大活躍だなぁ、どこぞの乳だけ無能とは大違いだ」ナデナデ
「えへへ……」と目を細める姫の隣で「あっ、気安く姫の頭を撫でるな!」とウサ耳女剣士がうるさい。骨付き焼き肉、それから近くに湧き水があったので食べられそうな野草とでスープも作り、夕食。
「ほ、本当に食べて平気なのか……? この野草や肉に毒でもあったら……」
「小心者すぎだろそれでも剣士か。大丈夫だよ、僕『自称仙人』の母親と一緒に山籠りした経験あるから『危険なものとそうでないもの』を感覚で解るんだ。それは異世界でも健在だね」
「仙人ってよく分かりませんがナデさんが言うなら平気でしょうっ、いただきますっ」
じっくり焼いた兎のレッグにかぶりつくリリス。もにゅもにゅと味わうよう咀嚼して、
「お、おいしい! 肉汁たっぷりで臭みもありません! スープもさっぱりしてます!」
「む、むぅ、本当だな。お前も少しは役に立つようだ」
姫と偉そうな女剣士の言う通り、この世界の魔物兎肉は僕の世界の鳥肉や兎肉よりもジューシーで食べ応えあり。持ち帰って幼馴染にも食べさせたいが、そんな余裕もなぁ。
その後。湧き水スポットの側には温泉も運良く湧いていたので一日の疲れを癒す事に。
「はぁ……久しぶりに馬に乗ったからケツが痛い痛い(ぬぎぬぎ)」
「ふん、全く、この程度の移動で音を上げるとは情けな――は?」
ライコが僕の裸をポカンとした顔で見ている。や、やめてよね恥ずかしいっ。
「わぁ驚きました! ナデさん『殿方』だったのですね! 見るのは初めてっ、可愛いっ!」
「きき貴様! そ、そんなモノをぶら下げていたとは! 私達を誑かしたな!?」
「騙したつもりもないけどね、そっちが勝手に勘違いしてたんだし。でも……ククッ、この判明する瞬間は何度味わっても最高だぜ!」
「な、なにを企んで!? 姫にお、おかしな真似をすれば私の二対の愛刀〈火石、光電〉で斬り捨てるぞ!」
「(ちゃぽ)ふぅ……騒いでないで早く入れよ」
「何事も無く!?」 ライコがびっくりした。
「まぁまぁライコさん、今更じゃあないですか。この方が例え殿方でも、付いてるか付いてないかの違いだけですよっ。私は入りますっ(ぬぎぬぎ)」
「姫っ、いけません!」という女剣士の声は気にもせずリリスは全裸になり、僕の側に来た。
「あはー、気持ちいいですねぇナデさんっ」
「ねー。お、リリスは意外と着痩せするタイプだね?」
「やんっ、じっくり見ないでくださいよー。ナデさんも女の子顔負けの綺麗な肌ですね」
女子会のようなノリでキャッキャウフフしていると、ライコも渋々服を脱ぎ、湯へ。
ううむ、やはりデカい。てかウサ耳は外さないのね。
「じ、ジロジロ見るなっ、全くいかがわしい!」
「そんなに警戒するなよ、僕の世界では男女は普通に混浴よ?」
「嘘をつけ! 私は相手の目を見れば嘘か真実かを分かるんだ!」
あながち嘘でもないんだけどなぁ。僕は基本、女湯や女子更衣室しか使った事ないし。幼馴染のメイにはブーブー言われるけどもね。
「はぁ……今日は色々新鮮な体験ばかりで充実した一日でしたっ。今まで遠出も殆ど出来なかったし、こんなに自由な行動はまず不可能でしたしー」
「緊張感ないなぁリリス姫は。今日みたいな充実した野営なんてまずないからね? ま、野外のスペシャリストである僕が側に居れば快適は約束されてるけど」
「ふ、ふん、そんな嘘を吐いて純粋な姫を油断させ、不埒な真似をする腹づもりだろう」
「じゃあお前に不埒な真似してやんよ!」
「ふわぁ!?」 背中から抱きついてやるとライコは可愛い声で叫んだ。と、いっても、僕がする悪戯はただのマッサージだ。肩や太ももを揉み揉みするだけ。
「や、やめっ……! ち、力が……抜けっ……! はぁ、んっ……!」
「ほれほれ良い反応するじゃねぇか姉ちゃん。僕のマッサージは異様に効く相手とそうでない相手が居るけど、幸か不幸か君は前者のようだねぇ?」
因みに幼馴染も前者である。
「はぇー、ライコさん気持ち良さそぅ……いいなぁ」
「ならリリスにもしたげるっ」
「あっ、リリスに触っちゃ!」 何かを言い掛けた姫様だったが構わず揉み揉みっ。
「あ、ん、気持ちいい、……て、あれ? ナデさん、『リリスに触れて』なんでもないです? こう……意識が飛ぶというか……」
「怖ぇな! 女体に触れてテンション上がるという感覚はあるけど普通だよ。なんで?」
僕のマッサージに普通の反応を示した姫様は、ぽりぽりと頬をかき、
「いえ。リリス、異様に魔力量が多い影響でか、触れた相手には大量魔力が流れ込み、対魔力を持たぬ相手ならば廃人同然にしちゃうみたいで。ライコさんみたいな対魔力の強い方ならばある程度平気ですが……だから今まで、無闇に人に触るのを避けて来たんですけど……」
ペタペタと僕に触るリリス。ギュッと恋人繋ぎでもするように両手を組んで来て、
「何だか嬉しいですねっ」 本当に嬉しそうに破顔した。
「何を今更。頭撫たり散々触ってきたっしょに」
「そいえばそうですねっ。ナデさんが特異な体質なのかライコさんはどう思……って! ライコさん『魔力がすっからかん』! まずいですよ!」
ぷかーと水面に浮くライコに慌てて寄るリリス。マッサージが効き過ぎて気絶したの? ……少しの間リリスがライコに寄り添っていると、ライコがハッと意識を取り戻す。
「い、今一体何が……ナデッ、何をした!? 私の魔力を吸い取るだなんて!」
「知らんがな。ふしぎなおどりしたわけでもなしに、僕にそんなドレイン能力は無いよ」
「そんな筈は……むっ、その指輪はなんだ? 『魔力』を感じるが……?」
「え、そうなの?」 二人が僕の『呪われて外せない指輪』に目をやる。
「これは……うむ、お前に触れると『魔力を吸収』する効果があるようだ」
「あー、だからリリスに触れても『相殺されて』平気なんですねっ。どこでこれを?」
僕は二人に説明する。十年前に『扉を通った』事、指輪はいつの間にか有った事、その時の記憶が無い事など。
「母さん……王も何か言ってましたね。つまりナデさんはこの世界に一度来た事があり、その時に指輪を手に入れたのやもしれませんっ。リリスらが見つけた【神器(じんぎ)】に呼ばれてね!」
神器……なんでも、神が作ったとされる特殊な魔法アイテムのようで、今回僕という救世主を異世界から呼び寄せたのもソレなのだと。
「フラガリア国宝物庫の隠し扉奥にあり王ですら存在を知らなかったらしい。いつ、誰が、何の目的で神器を納めたのかは知らないが……説明書にはただ一言、『救世主を呼ぶ道具』と」
「説明書て」 やけに親切だな。しかし救世主なんてどんな基準で選ばれてるのか。僕が役立つのなんて精々野営知識くらいなのに。
「でもリリス達も不安だったんですよ? どんな人が来るんだろって。けれど、こんな事ならもっと早く神器を見つけてナデさんを呼べば良かったなって思いますっ。それこそ、十年前にも会いたかったなぁ……」
「姫……いや、ですが十年前にこいつに会っていたなら、どんな悪影響を受けていたか」
「やかましい」 ――と、僕が突っ込んだ、そんな時だ。
『ズン……ズン……』
振動。まるで巨人でも近付いて来るような地鳴りを感じる。地震でも起きてる?
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