【二】


ゆさゆさ――揺すられる感覚に、僕は意識を覚醒させる。


何してたんだっけ……ああそうだ……メイの部屋に居たら扉が現れて……それを通って……

ゆっくり、瞼を開いた。

「あっ、起きましたよっ」「むっ、そのようだ」

二人の美少女が、僕を覗き込んで居た。仰向けに寝ていた僕は、半身を起こす。

「あの、大丈夫です? リリスの言ってる事、わかりますっ?」

頷く僕。訊ねて来たのは、現実離れした桜色の長髪を持つ、快活そうな少女。

高級そうなドレスを着て、頭には宝石をあしらったティアラもあって……絵に描いたようなお姫様だ。

「意識を戻したはいいが、本当にこんな華奢な奴で大丈夫だろうか?」

そう訝しげな視線を寄越すのは、黒髪ポニテで切れ目の気の強そうな少女。大正娘のようなミニスカ和装足袋ニーソ下駄で、腰には二本の刀を差し、胸は大きく、頭部には【ウサ耳】も着いていて……キャラが濃過ぎて胸焼けしそうだ。

「見た目なんて関係ないですよライコさんっ。こんな可愛らしい女の子でも、我が国の秘宝が呼び出した『救世主様』なのですっ。きっとリリスらを救ってくれる筈です!」

お姫様の言葉で、僕は状況を何となくで察する。どうもワケあって『召喚(さもん)』された様子だ。雰囲気的に海外でもなさそうだし、今流行りの異世界かな?

改めて状況を整理。今居るこの場は、メイの部屋と同じ様な、調度品の揃った西洋風の広い部屋。次に窓の奥。当然ながらメイの部屋の外の風景では無く、何やら『天まで伸びてそうな高い塔』が見えて……ん?

何だこの感覚は。何故だか、あの塔には既視感が?

「おいお前、何をキョロキョロしている。姫の私室で失礼だぞ」

「ムカッ、何だと? 僕は救世主様だぞ? 態度がデカイぞ女剣士めっ、デカイのはおっぱいだけにしとけっ」

「な、なんて下品な発言をっ。リリス姫っ、こいつは姫に悪影響を及ぼしますっ、信用出来ませんっ」

「何だよ女剣士てっ、そこは女騎士用意しとけよっ」

「わけのわからん事をっ」

「まーまー二人とも落ち着いて落ち着いて下さいっ、取っ組み合いしないでっ」

一先ず、『状況を説明するからついて来て』と姫が言うので従う僕。道中を説明するなら、まぁ漫画やアニメに出て来る『城の中』をイメージして貰えばいい。

一つ、気になる事を挙げるなら……何故か城内では『子供の姿しか見ない』のだ。その子供達がゴッコ遊びでもするように鎧やメイド服を着て、姫についていく僕にジロジロ視線を寄越すのが不気味。すぐそこの女剣士のように嫌悪感塗れの視線の方がマシだ。

「ここですっ」と姫が案内した先は、王の間だった。正面には王座があり、そこに座っていたのは……これまた王冠をかぶった【幼女】。

「ようこそ、『異界からの救世主様』よ。私はこのフラガリア王国の王だ。こんな見た目で驚いたろう?」

頷く僕。その反応に幼女王は苦笑し、

「少し訳ありでな。まぁまずは救世主様をこの地に呼んだそこの二人を紹介しよう。ワシの娘である〈リリス・ベルウッド・フラガリア〉、その姫の侍女である〈ライコ ホオズキ〉だ。先に、要件から話そう。救世主様よ、この二人と共に『魔王の説得』に向かって貰いたい」

「ん? え、説得? 討伐じゃなくって?」

異世界ときたら魔王だろうなと朧げに予想していた僕だったが、少し拍子抜け。救世主を呼んで魔王を倒す……既に手垢の付きまくった設定だが、まぁ、その通りにならないで良かったというのが本音。魔王の強さとか知らないけど、魔法とかバンバン飛ばして来るんでしょ? 無理無理。まだ説得の方が現実的だ。

「うむ。正直『今の魔王』の強さは先代の上を行く歴代最強。まともに交われば勝機はない。ワシやこの城の者ら、更には城下の町の者全てをこんな幼い姿にしたのもその魔王だ。一体どんな種の魔法を使ったのか……見当もつかん」

いや大体予想つくだろ、という言葉は漏らさず、「魔王の目的に見当は?」と訊くと、

「恐らく、目的はそこのリリス姫な。みなを戻して欲しくば会いに来い、という意思表示の為に、リリスとその警護のライコの姿は変えなかった、のだと思う。目に見えた罠で、ワシとて娘を虎穴に送りたくは無いが……魔王が姫に手を掛けるという事はないだろう。願望でもあるがな」

ううん、何だろうこのモヤモヤは。王様の口振りからは、魔王に対する負の念は感じ取れない。寧ろ『親戚の話をする母ちゃん』に近い空気。

「訊きたい事はあろうが……すまん、残りはリリスに任せる。そして早速出発して欲しい。魔王の指定した期限は四日後まで。それまでに魔王城まで辿り着き、魔王と話をして欲しい」

「それはいいっすけど……」 チラリと二人を見ると、姫はニコリと微笑み、剣士はフンッとそっぽ向く。正直、この物語に僕の存在って必要?

「にしても……お主、落ち着いておるな。突然召喚されたにも関わらず肝が据わっとる。おおそうだ、今更だが救世主様、名を教えて欲しい」

「はぁ。皐月(さつき)撫し……えっと、ナデでいいっす」

「な、で?」 途端、王は顎に手をやり、瞼をスゥと細めて、

「お主……もしや過去にも『扉を通った』事が?」

「え? はぁ。この世界に来たかは憶えて無いっすけど、十年前に、一度」

「……、……そう、か。お主が……ふむ。これも、運命だろうな」

「え、何すかその意味深な台詞」

「やはりお主は救世主様。どうか魔王に……【あの娘】に会ってやってくれ」

「え、何すかスルーすか」

――結局説明はして貰えず、追い出されるように城の外へ。色々とテンポが早いなぁ。

「あっはっは! よし! じゃあ行きましょうかナデさん! ライコさん!」

姫様のテンションがやたら高い。ピクニックにでも行くかのようなノリ。服装も、ドレスから動きやすそうな洋装に変わっていた。ティアラを外さないのはポリシーなのかな?

魔王城までは馬で移動するらしく、まずは城下町におり、馬小屋まで向う。王が話していた通り、町の人間も子供化していた。重い物を持つのは大変そうだが、それでも協力しあって商売や製造など普段通りであろう生活を送っている様子。

馬小屋から馬を借り、早速出発。幼馴染のメイと前に遊びでやった乗馬が漸く役に立つようだ。因みに、馬なら一日弱で魔王城に着くらしい。観光地か。

本当、今からピクニックにでも行くようなヌルい空気だなぁ。緊張感未だわかず。

――道中に聞いたこの世界の文明度だが、機械などのテクノロジーは無く、代わりに魔法があるという、比較的オーソドックスなファンタジー世界のようだ。

「ねぇリリス、この世界には別名『魔王殺し』こと勇者様は居ないのん? まぁ居ないから僕らが駆り出される羽目になってんだろうけど」

「貴様! 何を自然に姫を呼び捨てに! 良い度胸だな!」

「おめぇには訊いてねぇよ乳揉むぞっ」

「ライコさん、リリスは構いませんよっ。ナデさん、勇者様は『居ました』よ? 天と地揺るがしたという暗黒竜こと先代魔王を倒し、この世界に平和を齎した伝説の勇者様ですっ。今は何処か旅に出ているようで、フラガリア王国には居ないんです」

「ふぅん、居ないならしょうがないな。あ、それと、ずっと気になってたんだけど、あの塔はなに?」

どこからも見える塔。外から眺めても、その頂は雲を突き抜けていて見えない。

「あれはですね、【天国の塔】と呼ばれる大昔からある建物ですっ。中はどのフロアも過酷な環境で、立ち止まった瞬間命を落とす危険がある、と言い伝えられてますっ」

「へぇ、いかにも裏ダンジョン、て感じだね、凄いお宝眠ってそう」

「でしょうねっ。……ですが、それを確認出来た者は一人しか居ないんです」

ん? リリス姫、急に暗い顔になったぞ?

「その者は、当時七つという驚くべき年齢であの塔から帰って来ました。魔王を倒した伝説の勇者様一行ですらその余りの過酷さに直ぐ逃げ帰ったとされる天国の塔を、僅か一週間で、一人で、ほぼ攻略したといわれてます。それが……これから会いに行く相手です」

「はぁ、凄いんだねぇ新魔王さん」 というか、勇者でも無理なダンジョンを攻略したなら、勇者より強いって事よね。居たとしても役に立たなかった。

「はい……凄い、人なんです……」

それきり萎んだようにしょげるリリス姫。ライコもそれを辛そうに見ている。


どうも、その新魔王とこの二人は何か因縁がありそうだ。

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