一章
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▼ 一章 ▲
【一】
四月初旬の朝。登校の為に桜並木を歩いていた僕は、ふと、思った事を口にした。
「あーいかがわしい事してぇ」
バチコンッと頭を叩かれた。
「な、と、突然何を口走ってますの撫(なで)っ、時と場所を弁えてくださいっ」
どうやら幼馴染の美少女、天ノ 命(あまの めい)が、その輝く金髪を振り乱してツッコんで来たようだ。なおその激しい動きでも、その胸は僅かにしか揺れず。
「ど、どこを凝視していますの!? わ、わたくしの肉体でその肉欲を発散しようと!?」
「声が大きいよメイ。入学式でソワソワしてた新入生の子達がチラチラ見てるよ」
「貴方がっ、撫が変な事を呟くからですっ。皆貴方を見てるんですのよっ」
ペチペチはたいてくるメイは可愛いなぁ。
「まぁ確かに僕みたいな可愛い子が欲求不満を口にしたら、若い子はドギマギだよね」
「……容姿については否定出来ませんわね。そ、そも、何故唐突に、あ、あんな台詞を? 春だから温かさで頭がおかしくなって?」
「えー? 普通高校生って常にそういう事考えてるもんだよ。あそこの清楚そうな彼女もあそこの爽やかスポーツ男子も、常にムラムラよ」
「指をささないっ、偏見にも程がありますわっ、貴方基準で考えないでっ」
「そんな人ごとみたいに言ってメイも大概じゃん。この前も僕がメイの部屋から出た後」
「あああ何を言ってますの聞こえませんわ! 大体何故知って……何でもないですわ!」
「ちょっと、メイがわーきゃー騒ぐから新入生ちゃん達がこっち見ないように早足で去ってくよ。僕まで『あの先輩頭おかしい』って思われたじゃん」
ドスドスッと腹パンされた。ごふっ、メイは可愛いなぁ。
「ああ……この先も学園で変な目で見られますわ……撫の所為で……!」
「でもさ、これで僕らを知らない新入生ちゃんらには『そういうコンビ』だって知って貰えたじゃん。漫画でいうキャラクター紹介だよ」
「知って貰わなくて結構ですっ。こんな下品な……あら、撫、タイが曲がっていてよ」
抱きつける程までに近付きネクタイを直してくれる幼馴染。ふわりと甘い香り。なんやかんやで優しいなぁメイは。
「ありがと、今の台詞お嬢様っぽいね。――あ、ほら、時間やばいし学校に急ぐよっ。今日は午前中だけだし、さっさと学業終わらせて遊ぼうぜっ」
「はぁ……その時は憂さを晴らさせて貰いますわよ」
既に僕という人間を知り尽くし、それゆえに色々と諦めたメイは、息を吐きつつも、僕の差し出した手を握った。
入学式も滞りなく終わり、即帰宅した僕はメイの部屋でゴロゴロしていた。あれ? これ登校中の下り要らないよね? まぁいいか。
因みに幼馴染の家に来た事を〈帰宅〉と呼ぶのも変な言い方だが、メイは幼稚園からの付き合いで、ほぼ毎日(空白期間はあったが)この家にも来ているので問題ないだろう。
「相変わらず、思い出せないのでしょう?」
「え?」 メイの問いに、寝転がって漫画を読んでいた僕は間抜けに返す。
幼馴染は高級革張りソファーに足を組んで座り、高級お紅茶とお黒糖麩菓子(庶民の僕との付き合いのせいで好物になった)を嗜みつつ、英語だらけのお洒落お小説にお視線を向けたまま、
「だから。毎年この入学式の時期になると思い出すでしょう? 貴方が『神隠し』に遭った時の事を」
「あー」 そっちか。そんな事もあったなぁ。
十年前――僕がまだ小学生になったばかりの時の事。あの日も入学式で、あの日もメイの部屋でゴロゴロしてて……そんな時だ。目の前に【扉】が現れたのは。
どこでもドアのようにフッと顕現した扉。その扉が開くと、無数の手が伸びて来て……
気付くと、メイの部屋で大の字で天井を眺めていた。夢かな? と思ったが、その場に居たメイが僕に抱き付いて来て『わんわん』泣き叫んだ。
どうも一週間程、僕はこの世界から消えていたらしい。その間の記憶は無く、ただ、左手薬指には【指輪】だけがはめられていた。その指輪は今も外す事が出来ない。
「別に、言われないと思い出さないレベルよ。記憶がないんだもの。宇宙人にキャトられたんなら体の何処かに手術痕でも残りそうだけど、残ったのはこの指輪だけだからなぁ」
謎は謎のまま。いずれはこの話題も忘れられるのだろう。
何も無いが有る、こんな生温い日常が続いて行く……そう、思っていた。
「はぁ。全く、毎度他人事のように。――『そろそろだね』」
「……ん? え? そろそろって何が?」
「え? わたくし、何か口にしました?」 首を傾げるメイ。本当に記憶が無いようだ。
いや。確かに、今の声は『メイであってメイじゃない』ような……大人っぽい落ち着いた声色で…… その時だ。
「――ちょ、な、撫? そ、それ! そこの!」
「そこの?」 今度は僕の背後を指差すメイ。混乱させる悪戯が目的なのかと、軽い気持ちで振り返ると 【扉】。
まさに、今の会話に出たまんまの扉が、音も無く顕現していた。
「は、離れて撫っ、逃げて下さいまし!」
「よし、逆にこちらから入ろう!」
「何でですの!?」
「これは忘れた過去を精算するチャンスだよ。また一週間程居なくなるかもだけど心配しないで。あ、着いてくんなよ!」
「そんな……! わたくしも!」
詰め寄って来るメイ。その気持ちは嬉しいが……僕はそれを強く押し返す。
「きゃぅ!」と尻餅をつく彼女。
「お土産持って帰ってくるぜ! 待ってな!」
「なでええええええええ!!!」
メイの悲痛な叫びを浴びながら、僕は開いた扉をくぐるのであった。
……帰って来られるよね?
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