【四】


「さて、決戦前に最後の確認をしよう」


 僕は改めて仲間に目をやる。場は既に魔王城、王の間の扉前。ライコが居たのでスムーズにここまで来られたのもあるが、そも、僕らに襲い掛かる敵が居なかったのもある。というか、人っこ一人見ない。想定内ではあるが。

「恐らく、この先には先代魔王が待ち構えている。全てが最高水準なステータスを誇り、状態異常無効魔法無効、やすやすと刃の通らない硬い防御力、全てを消去するブレス……で合ってるっけ?」

頷くライコ。そんなラスボス級の相手と僕らは一戦交える……予定である。

今迄の流れから見て、予定。

「リリス達、ここに話合いしに来たんですよね?」

「そ。現魔王さんに呼ばれてね。リリスの力を必要としてるようだから何か要求してくるだろうけど……万が一戦いになっても、僕らの勝利は揺るがないよ」

既に何通りかの立ち回りは二人に指示している。全て最悪を想定した作戦。こういった敵相手の攻略法は、ゲームでも漫画でもよく見るし。

「流石ナデさんビッグマウスっ。……でも出来れば、今の魔王さんとは戦いたくないです」

まただ。現魔王の話題になるとリリスは沈んだ表情になる。しかしまぁ、確かに戦闘を避けられるに越した事はない。二人を不安にさせないが為にデカイ事を自信満々に言ったが、正直相手が舐めプしてくれないとキツイ。『魔王の能力の検討はついてる』ものの、問答無用で攻められたら勝負にならない。

「姫、お気持ちは解りますが、奴は道中、私達に精霊四神竜という脅威を送りつけ苦しめて来ました。フラガリア王国の民も奴の魔法で迷惑を被っています。これ以上の『我儘』は放ってはおけません。これは……『喧嘩』です!」

「我儘……喧嘩……成る程。『理解し合う』にはそういうイベントも必要ですもんね!」

よく分からないがライコの説得にリリスは納得したよう。

モチベーションは悪くない。行こう。

「扉を開けるよ二人とも、さっさと任務を終わらせよう。僕が早く元の世界に帰る為に。手伝った報酬でリリスの処女を貰う為に」

「諦めてなかったのか!? いい加減にしろ!」

「リリスは構いませんよ?」

「言うと思ってましたよ! 本気にしないで下さいね! ナデも変な事を言うなっ」

「じゃあもうお前の処女よこせよ!」

「もうヤリたいだけじゃないか! ……ふ、ふん、姫に手を出されるくらいなら、わ、私が相手してやるから、任務に集中しろっ」

冗談で言ったのに、真面目か。

――そんな風に僕が突入前の二人の緊張をほぐしてやっていた、その時だ。

             ド ゴ ォ ン ッ ! !

まさに不意打ちだった。

目の前の扉が崩壊した。いや、突き破られたのだ。犯人は……漆黒の竜。先代魔王にしてその実力はチートクラスな暗黒竜が、脇目も振らずに襲い掛かって来た。大きさこそワンボックスカーサイズだが、威圧感は四神竜とは比べ物にならない。

息も吐かせぬ速さで暗黒竜は真っ先にリリスへと狙いを定め大口を開ける。姫をひと口でパクりとするつもりか、はたまた僕らを纏めてブレスで消すつもりか……全てがスローモーションに感じられる。死の間際に良くあるという現象かもしれない。

                                ――パチッ

そんな止まったような時の中で、

僕は、肌の上で弾けたような『静電気』の痛みを覚えて……そして、一瞬だった。

瞬き一つの後、暗黒竜の胴体が『両断された』。

「雷迅断空(らいじんだんくう)」

視線を上げる。暗黒竜のすぐ奥にライコが佇んでいる。

全身や二対の刀にバチバチと帯びる電気。

更には、ライコの頭のウサ耳が外れていて……チョコンと『二つの角』が見えていた。

ドチャリ  暗黒竜の上半身が地面に着くのと同時に、スローモーションが解ける。

瞬殺。先代魔王を……恩人を、姫を護る為、ライコは斬り捨てた。

「うぉん驚いたよライコッ。土壇場で覚醒してパワーアップとかお前まるで主人公(バチッ)ビリって来た! おいその電気解けよっ」

「え? あ、ああ済まんナデ。それより、私の事はいいから、この人を……先代魔王様の治療をしてくれ」

既に先代魔王は竜の姿から人型幼女へと変わっていた。半身は分かれたまま。(規制的な意味で)映像化は出来ない凄い光景。

「よし来たっ、リリスッ」「はいなっ」 二人で上半身と下半身を拾い繋ぎ目を合わせ、リリスの魔法でくっつくよう治癒。普通なら即死な重症だけど、そこは先代魔王、自然治癒力も凄く、これなら一〇分もあれば完治するだろう。

「……うっ、これは」 と。まだくっついてもないのに、先代魔王さんが意識を取り戻した。貫禄の生命力。

「気付かれましたか魔王様っ。ライコです、今治癒してますので動かないで」

「その姿……ライコ……そう、か。我を、止めてくれたのだな」と、どこか安心したように口元を綻ばす先代魔王。

「魔王様、無理に話さない方が」

「いや、これも報い……、ライコよ、先程の雷撃、お前は『昔を思い出した』のか?」

「……いえ、無我夢中で何とも」

「うむ……お前の一族〈鬼人(きじん)族〉は、雷の神秘に優れた好戦的な一族だった。その最後の生き残りがライコ、お前で……そして、一族を滅ぼしたのが、我ら魔王軍だ」

そもそも。始まりは、その鬼人族が魔王城に唐突に攻め入った事から。

魔王軍からすれば、身にかかる火の粉を払っただけなのだが……闘いの後、弔いの為に鬼人族の村へと訪れた魔王軍は、一人の幼女が家の中でスヤスヤ寝息を立てているのを発見する。

「それが私……ですか?」 頷く先代魔王。

これも償いと、ライコを連れ帰る事にした魔王軍だったが、それはもうライコは暴れまくったらしい。幼女ながらに天才的な剣技と強力な雷魔法を操り、四神竜の手を焼かせたと。止むを得ず……先代魔王は、ライコから『一族の記憶』を消した。

「結果、今のお前になった。我は、お前の故郷を滅ぼした張本人だ。お前に斬られるのは……当然の報いだ」

「いいえ……! 我が族は、闘いに生き闘いに滅んだのでしょう? 貴方が陰を持つ必要はありません……! 私の剣は、姫を護る為に貴方から磨かれたもの。お陰で、貴方を斬られるまでに成長しました!」

「……ふっ。斬られる結果は変わらぬのだな」

 先代は首を動かし、治療するリリスに目をやって、

「リリス姫……今回の件は申し訳ない。奴の蛮行を……止める事が出来なかったばかりか操られ手駒にされるとは……」

「気にしないで下さい魔王様っ、楽しい旅でしたよっ」

「……逞しくなったな」

と、その時だ。先代の傷口付近に突如『時計の長針短針が浮かび上がり』、カッチカッチと音を鳴らし出す。

「魔王様っ、これは……!」

 ライコも嫌な予感を覚えたのだろう。まるで時限爆弾を連想させる。

「大丈夫だライコ、これは物騒な類の魔法ではない」

先代の言うように、その時計は切断された繋ぎ目に張り付き、反時計回りを始める。

すると、『時間が巻き戻るように』傷が消えていって……あっという間に完治した。

先代は体を起こし、

「これも、奴の力。予め仕込んでいたのだろう。奴の力は既に魔法の概念を超えている」

「だけど……やっぱりあの人は優しいですっ。こうして魔王様の傷だって治してるし」

「いや。リリス姫……これは、交渉材料のようなものだ。今回のお前らの旅で、誰か一人でも命を落とせば、お前らは奴の言葉に耳を傾けないだろう、と奴も分かっている。極めて事務的な対応だよ。心の底では、我を殺したくて仕方が無いだろうに」

「そんな……何があったんですか、あの人に」

先代は顔を伏せたまま、「奴から、大切な物を奪った」と辛そうに漏らした。

「リリス姫、ライコ。この先……城の上に奴は居るが、決して闘おうなどと思うな。素直に要求をのめば、奴も全てを元通りにするだろう。もう、昔の奴と思うな。我は当然として、お前らの声も届かないやもしれん。届くとするなら――」

「リリス達は……争いに来たわけではありませんよ。話し合いに来たんですっ。それに……もし喧嘩する事になっても、リリス達は負けませんよっ」

謎の自信に溢れるリリスを、先代はさぞや怪訝に思っているだろう。


だが、ふっと微笑み、「奴を……娘を頼む」と目を伏せた。

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