第4話 届け屋ゴロタ
「太郎くん。なんで、そんなDVDを持ってくるんだね」
「必要だからだ。おまえって、しばらくは独り身だろ。一生かもしれねえけど」
「未来を託すには、心細い円盤だな。まあ……いちおう、もらっとくか」
「あいたあ!」
「どうした、馬助!」
「ハサミで、指の毛を切っちまった」
「どうしてそうなる? で、痛いかそれ?」
もう、季節は秋分に近づいている。
それでも体にどことなくまとわる暑さを感じながら、ゴロタは二人の友人――太郎と馬助と一緒に、荷物の整理をしていた。
ヒントになったのは、ヨーダ――もとい、トミさんの一言だった。
「あたしにも、誰か素敵な届けものをしてくれないかねえ。ディカプリオが鼻をかんだハンカチとか。織田信長が相撲とったときのふんどしとか」
趣味が多様すぎて、彼女を理解するのは不可能だが、なるほど、世の中には多種多様なものを求める人が多くいる。
他人にとっては興味のまったくないものでも、当人にとっては特別なものが、実は世の中には溢れている。
〈森の郵便屋〉としての仕事を通し、ゴロタは自分の中に新しい血が流れているのを感じていた。
だから、ゴロタは、ひとつのビジネスをはじめた。
ものを届ける仕事だ。
どういったものを、どういう形で相手に(人間以外でもかまわないが)届けたいのか、お客さんの要望を聞き、彼らが選んだものを届ける――。
速く届けることが目的ではない。
どれだけ彼ら彼女らの想いを伝えることができるかに重点を置いたサービスだ。
夏の終盤にその計画を練り、夏が終わると同時に、彼は〈届け屋ゴロタ〉というホームページをつくり、その仕事を起ち上げたのだった。
仕事の依頼内容としては――婚約者の女性を公園に待たせておいて、台車で運んだ箱の中から男性が飛び出してプロポーズをしたり(驚いたというより呆れられ、結果、失敗したが)、入院中の男の子の元に行って、ウルトラマンの恰好をしたお父さんが、その子の前で怪獣退治(怪獣役はゴロタだった)してから彼を元気づける手紙を渡したり、ウェブデザイナーだった頃の経験を活かし、ラブレターの便箋を宛先の人の好みに合わせたデザインにしたり(今のところ、この手の依頼が一番多い)――といったところだ。
まだ細々とではあるが、一部の酔狂な人々からの口コミ効果で、なんとか仕事はできている。
先日までは、ホームページを見て連絡をとってきたお客さんに簡単な見積もり等を伝え、どこかのカフェで依頼要望を詳しく聞いてから仕事にかかるスタイルだった。
だが、いよいよ本腰を入れるために、森の郵便屋の仕事で貯めたお金を使って、自宅から二つ離れた街にマンションを借り、そこを事務所兼新居としたのだった。
まだフリーランスという形態でやっていくつもりだが、事務所を設けておけば、お客さんが訪ねてくることもできるし、安心感もある。
太郎と馬助は、この仕事を起ち上げたときだけでなく、引越しの手伝いまでしてくれている。
太郎は相変わらず、不良警官をつづけている。
夏が過ぎると、彼は何を思ったのか、「これからは、動画じゃなくてエロ写真の時代だ」と言い出し、その手の写真を集めては同僚や先輩に配っていた。
ゴロタとしては、そのうち彼が捕まらないことを祈るばかりだ。
馬助は最近になって、家具職人に弟子入りしていた。
ただ、タンスとテレビ台を間違えるような男だ。
それに、顔からして不器用だ。
大丈夫だろうか、と思うゴロタである。
ともあれ、ささやかな事務所をかまえた後も、彼らはそれぞれの友人や知り合いにこの仕事のサービスのことを教え、協力してくれた。
まだこの仕事をはじめてからそんなに時間は経ってはいないし、そうした口コミの力はおおいに頼りになるのだ。
もちろん、それらのおかげで客が来ても、その連中から信頼を得ていくには、これから自分の力を磨いていかなくてはいけないが。
ゴロタという仇名――。
そう。
今度は、この道で、ゴロをまいてやるのだ。
「今日は、お客さん、来なそうだね」
休日になると、由美も、ちょくちょく事務所にやってくる。
「彼氏と別れたから、暇なんだろうな」とは、もちろん言えないが。
「言ってんじゃん」
あっ、すまん……と思ったとたん、ゴロタの膝に妹の蹴りがつきささる。
涙目になった。
安物のソファにどっかと座り、ふんふんと鼻歌を鳴らす由美。
この妹が来ると、どっちがこの空間の主なのかわからない。
「ヒマだねえ」
「最初からバンバンと客が来るほど甘かねえってことだろ」
「たしかに。さすがに、独り立ちした男はちがうねえ」
「そうだろう」と言わんばかりに、ゴロタはロバート・デニーロのように肩を上げた。
が、妹はあくびなどをしている。
――ああ、平和な一日だ。
「待つのも、いいことだよな」
うん、と由美はうなずく。
「ここに来るまで、その人たちは、ある想いをつのらせてるはずだよね。その想いを受けて、届けるには、こうやって時の流れを感じて、届け人としての英気を養っておくのも大事なのかもね……。お兄ちゃんには、そういうこと、できる気がするよ」
そう言うと、由美は「よっこらしょ」と腰を上げ、いそいそと昼食の準備にとりかかりにいった。
ゴロタは頭をかいた。
深く、呼吸をした。
窓の外。
木々の間を、はやるように風が疾駆する。
それに応じて、木の葉の集団がなにかを呼び、なにかを手放しているように見えた。
インターフォンが鳴った。
レタスを洗っていた手を放してパッパッと水を切り、「はーい」と応えながら、ドアへと駆けてゆく由美。
妹の後ろ姿を見ながら、ゴロタはマグカップに口をつけ、ブレンディカフェをゆっくりと味わう。
――どんなお客さんだろう。
ゴロタは、静かに笑った。
この仕事も慣れることはないだろうな、と思った。
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