5日目(後篇)

絶好調だ。



やってくるゴブリンらの動きが急にワンパターンになったのだ。


何度も何度も縦一列になって10体のゴブリンが突撃してくるのには何かの狂気すら感じる。


とはいえ、ワンパターンな攻撃はこちらとしては大歓迎だった。それこそ高速トスバッティングの練習を繰り返すようなものだ。


「・・・8、9、10!」


「ゴブ~!」


10体のゴブリンをバットを振って蹴散らす。軽いバットなので強く振りすぎると引き戻す時に力がかかってしまう。それに軽く振りぬいてもゴブリンは撃破可能だった。


ゴブリンが黒く消し飛び、場内に鐘の音が鳴り響き、俺の背後にいる女性と子供らの前に光のスポットライトが天井から差し込まれる。


その光の中に子供が一人立っていた。また一人、子を復活させることができたようだ。


女性が駆け寄って子供を優しく抱きしめる。ふとその光景を見ていた俺の目線に気付き頭を下げた。


(照れるやい・・・)


俺は女性らに背を向け腕時計に目をやる。既に10時半を回っていた。今日はこの時点で3人の子供を復活できている。


(手の痛みはある・・・しかし、このチャンスを逃せないな)


まるでゲームのボーナスステージのような気分だ。ホブゴブリンも出てこない。ただひたすら縦に一列になって10体のゴブリンが迫ってきていた。


そして20体のゴブリンを撃退したら子供が一人蘇るのだった。



(腕が張ってるな、そして指も・・・)


バットを握る指を見る。マメが潰れいてたところを覆っていた絆創膏は既に剥がれ、赤い血がバットのグリップにも移っていた。


(痛みはあるが・・・これくらいのことで・・・痛み?)


わざとバットを握り、マメが剥けているところをグリップに押し当てる。すると、痛みをハッキリと感じる。


(ということは、やはり夢ではない)


まだ先日のヨシの言葉が頭にひっかかっていた。しかし、これで更に夢じゃないと確信もとれた。



(さて、時間にしてまだ半分だ・・・そら、おいでなすった!)


再び、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。複数のゴブリンの足音だ。


(行くぞ、後半戦!)


俺はバットを強く握り、一直線に迫るゴブリンらに対峙した。





・・・盛大に鐘が場内に鳴り響く。疲れ切って床に大の字に俺はなっていた。


左腕を上げて時間を確認する。もうすぐ11時になろうとしていた。


あれから30分で60体のゴブリンを撃退した。子供も3人、あの世から奪還した。


(3人・・・解放した・・・もう少し・・・早く倒せればもっと多くの子供を蘇らせられるのでは?)


息を切らせながら俺は女性と子供らの方を向いた。子供らは20人近くに増えているだろうか。俺が顔を向けたからか女性の口元が一瞬ほころんだように・・・見えた。いやわかんね。そうあってほしい。


(現実じゃ何もできない落伍者だもんな・・・)


野球も諦めたし陸上も諦めた。才能があると思っていても上には上がいると知らされただけだった。何ができるか自分にはもう見えなかった。


(ここでなら、俺は誰かの為になれるのかもしれないな・・・)


そんなことを思っていると、子らの中からいつもの二人が俺の頭の方に向けて歩き出した。ニコニコしながら俺の左右に歩み寄り、それぞれ拳を胸の前に出す。俺は力を振り絞って腕を上げてグータッチをした。


その途端、光に包まれ俺は自分の部屋に戻った。


戻ってすぐ、疲れて布団の上に座り込む。腕はパンパンだ。


(そうだ指・・・)


握っていたバットを布団の脇に置いて指を見る。親指には絆創膏の欠片が残っているだけでマメが剥けた痛々しい姿を晒していた。


(一旦手を洗って、救急箱から絆創膏を貼り直すか)


俺はバットを持ったまま自分の部屋を出た。洗面所に行く前にバットを玄関に戻した。


ふと玄関の金魚に目をやる。


薄暗い玄関に置かれたバケツの中でエラの近くの鱗が剥がれた金魚がゆっくりと泳いでいる。


パシャと水面が撥ねる音が聞こえた。金魚の尾が水面を叩いたのだ。水面を揺らぐ。その中をバケツの底の方に潜っていく。


まるで何かの合図であるかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る