4日目(後篇)
(よし・・・今回は作戦通りに、やってやる!)
光が消えると、俺は床が青白く光るフィールドに立っていた。左腕には腕時計が、左手には持ち込んだバットが握られている。
(やはり身に付けていたり、握っている物は持ってこれるのか)
腕時計の針を改めて見る。10時を少し過ぎたところだ。
振り返ると俯いた金髪の女性を中心に十人前後の子供らが肌を寄せ合っていた。
(・・・やはり、いないか・・・)
子供らを目で追ってみたがおととい、ゴブリンに背中を射抜かれて消えてしまった子の姿は無かった。
そんな子らの中から一人歩み出てくる子がいる。いつもの子だ。俺の方に向かってきて拳を突き出した。俺も右手の拳を出して軽く突き合わせる。
拳を合わせると屈託のない笑顔を見せた。これがまるで戦闘開始の合図のようになっていた。
「ホブゥゥゥゥ!!」
目の前に広がる通路の奥からもはや聞きなれた声が聞こえてきた。棍棒を持って一直線に向かってくるホブゴブリンだ。何故同じような動きをするのかは分からない。しかし、それはそれでチャンスだ。
今までは体当たりで倒していたが今日は違う。このバットを試してみるんだ。
(これが凄い威力なら色々と分かることもあるはず・・・)
真正面から向かってくるホブゴブリンに向かい、真ん中低めのストレートをピッチャー返しするように足のスタンスを広げ、バットを二、三振ってから狙いを定める。
「ホブゥゥゥゥ!! ホブゥゥゥゥ!!」
相変わらず同じような咆哮を上げながらホブゴブリンが迫ってくる。床が青白く光るフィールドに入ってくるホブゴブリンのどてっぱら目掛けてバットをフルスイングした。
「ホブゥ!?」
振りぬいたバットがホブゴブリンの体を横一文字に切り裂いた。声を上げる間も無くホブゴブリンの体が上下に分かれ、そのまま黒い塵のようなものになり消えた。
「消えた?」
今までは吹き飛んでいたホブゴブリンがこの前のゴブリンのように切り裂かれた所から血が噴き出すわけでもなく、黒い塵のようなものになって消えた。
(吹き飛ばないで消えてしまった?)
ガタンと大きな音を立ててホブゴブリンが持っていた棍棒が床に落ちた。
(しかし、棍棒だけは消えずに残ったのか・・・)
それよりもこのバットの威力だ。正直スイングした際、ホブゴブリンの腹に当たったはずなのだが『当たった感覚』が無かった。もちろん人をバットで殴ったことなどないので当たる感覚など分からないのだが、ホブゴブリンの腹に当たっていたのに何も手にも振動も痛みも伝わらなかった。
(まるで素振りをしているのと一緒だ。重みを全く感じなかった・・・)
切れ味のいい刀は相手に刀先が触れなくても切れてしまうと言う。まさにそれを地で行くような切れ味だった。少年野球用のバットなのに。
「ホブゥゥ!」
考える間もなく、早くも通路の遠くから次のホブゴブリンが棍棒を持った右手を高く掲げて迫ってきていた。
(前よりもやってくるのが早い!)
俺は左腕の腕時計をチラりと見た。既に10時15分を指していた。まだこっちにきて5分も経っていない筈なのに、何故だ?
「ホブゥゥ! ホブゥゥ!」
そう思っている間もなく、二体目のホブゴブリンが迫って来た。
(コイツもさっきのヤツと同じようにしてやる!)
相変わらず一直線に向かってくるので俺はヤツがこっちに向かって来るのを待ってバットを構える。どうして同じルートで同じタイミングで襲ってくるのだろう。俺はそれが分からなかった。
「ホブゥゥ!!!!!」
青白く光る床にホブゴブリンが足を踏み入れ、女性と子供らの方に向かう。その間に俺は立っていた。足を肩幅くらいに広げ、少し膝を曲げる。そしてピッチャー返しを打つ時のように正面に打ち返すようにバットをホブゴブリンの腹めがけて再び振りぬいた。
まるで大きな空振りをしたかのようなスイング。やはり何かを叩いた感触が無い。それでもホブゴブリンは先ほど同様、体が上下に分かれ、その先端から黒い塵のようなものとなって体が消えていった。
床に大きな音を立てて棍棒が落下した。先ほどのと合わせて二本の棍棒が床に転がっていた。
(次は・・・いよいよアイツらか・・・)
「ゴブゥ!!」
「ゴブゥゥゥゥ!」
同時に通路の奥の方から複数の声と足音が駆け足で聞こえてくる。身長が1メートル前後の肌が深緑色の小鬼のような連中が迫ってきていた。
しかし、何か違う気がしている。足音が足りない。
(? 向かってきているのは二体だけか!!)
よく見ると前から来るのは三体ではなく二体だけで、それぞれ細身の剣と槍を持ったゴブリンらが迫ってきていた。
(弓と矢を持っている奴がいないのか? どうしてだ?)
しかし、今は考えている場ではない。逆に相手が少ないならチャンスだ。ヤツらもホブゴブリンと同じようにこちらに真っすぐに向かってくる。
(後ろの剣を持ってる奴が槍を持ってる奴を踏み台にして飛んでくるんだよな。それならバットで一気に!)
ゴブリンらは縦に並んで走ってきていた。俺はさっきと同じようにアイツらが青白く光る床に入ってくるのをバットを構えて待っていた。
「ゴブゥ!!!!」
槍を持ったゴブリンが俺に向かって突いてくる。槍を小脇に抱えるようにして前に突き出して、そのまま俺の方に体当たりするように向かってきていた。
逆に俺は前に一歩踏み込み、少ししゃがみながらゴブリンの顎を目掛けて振り上げるようにバットを振った。
槍を持ったゴブリンが悲鳴を上げる間もなく、股下から脳天までスパットと真っ二つに分かれた。そして切り裂かれた所から黒い霧のようになって体が消えていった。
「ゴブゥゥゥゥ!???」
驚いたのは細身の剣を持っていたゴブリンだ。先頭にいた槍を持っていたゴブリンの肩を踏み台にして大きく飛び掛かってくるつもりだったので垂直にジャンプしたのはいいが、足場になるゴブリンがおらず、そのまま地面に尻もちをついてしまった。そこに俺はバットを脳天目掛けて振り下ろした。
「ゴブゥゥゥゥ!!!!!」
細身の剣を持ったゴブリンも頭から左右に真っ二つに分かれ、切り裂かれた所から黒い霧のようになって体が消えていった。
(よし! やったぞ!)
すると室内に高い鐘の音が響いた。いつものアモーレの鐘のような重々しい鐘ではなく、日曜日の昼間にやってる「歌ののど自慢」の合格を告げる鐘の音のように高音の鐘の音が短く早く鳴っていた。
女性と子らの方を振り向くと女性らの目の前にスポットライトのような突如、強い光が天井より照らされていた。
(光の中に何か・・・あれは子供!?)
光が当てられていた床の上に子供が立っているのが見えた。よく見ると先日、ゴブリンに背中から矢を射抜かれて絶命した子だった。
(・・・見間違えるわけがねぇ。俺は目の前であの子の背中から心臓にかけてゴブリンが放った矢が貫いたんだ・・・どういうことだ?)
光が徐々に薄れていくと子供は女性の方に向かって歩き出した。他の子らは女性の前を開けて左右に分かれた。
子供は女性に向かって飛び込むように抱き着いた。それをしっかりと受け止め、温かく優しく抱きしめていた。他の子供らもそれを見て泣いていた子も泣くのを止めた。
(本当に生き返ったというのか!!)
俺は再び涙が出そうになっていた。今度はうれし涙だ。子供らは泣くのをやめたというのに俺が泣いてどうするんだ。グッと堪える。すると、女性が子供を抱きながらこちらに向かって歩いてきた。
その後ろと子供らが追ってきた。一歩ずつゆっくりと歩み寄り、俺の前で立ち止まった。
「・・・#$'#&+」
何を言っているかは分からないが、俺にお礼を伝えたいのだろう。何かを言った後、深いお辞儀をした。前髪が長く伸びていてその長さは目を隠すくらいにまで伸びている。なので女性の目を見ようと思ったら下から覗くように見ないと見ることが出来ない。
途端、高い鐘の音が部屋に響き渡る。まるで火事の時に叩いて鳴らされる半鐘の音だ。短い間隔で打ち鳴られていた。
(また、敵が来るのか?)
俺は通路の奥の方を見つめて何が来るのかを見ている。まだ何も現れない。
その間に一瞬だけ背後を振り向いた。女性は子供らの輪の真ん中に座り、子供らは女性の周りを囲むように寄り添っていた。
通路の奥から複数の足音が聞こえてくる。
「ゴブブゥゥ?」
「ゴブブゥゥゥ?」
「ゴブブ?」
「ゴブブゥゥゥゥ?」
「ゴブブゥゥゥゥゥゥゥ!!」
まるでドミソといったように一音間隔で唸り声が異なるゴブリンらが通路の奥から現れた。声と足音から5体のゴブリンが現れたようだ。しかも、縦一列に整列してるかのように並んで現れた。
(また何か仕掛けてくるのか?)
この前のこともある。身軽なゴブリンのことだ。何か奇策を弄してくるやもしれない。
ゴブリンらは手には細身の剣をそれぞれが持っていた。先端が鉤づめのように少しゆがんだ物や先端の三分の一が折れている剣を持っているゴブリンもいた。
(数で押し切ろうって算段か!)
そのまま一直線に走ってくるゴブリンらを見て俺は決めた。
(それなら高速ティーバッティングの要領だ!)
相変わらず一直線に向かってくるゴブリンに対し、先ほどと同じく左バッターボックスに入るようにバットを構える。重心はさっきよりもやや低く、膝とおしりにグッと力を入れる。
(さぁ・・・行くぞ!)
「ゴブブゥゥ!!」
先頭のゴブリンがスイング範囲に入る。ここから高速ティーバッティングのスタートだ。
「1!」
「ゴブブゥゥ~!」
ゴブリンの腹を目掛けて振りぬく。ゴブリンの体は上下に分かれ、一瞬にして黒い塵のようになって消えた。しかし、もう目の前に次のゴブリンが迫っている。慌てて振りぬいたバットを引き戻して再び構える。
「2!!」
「ゴブブゥゥゥ~!!」
二体目のゴブリンも体が上下に分かれ、体は黒い塵のようになって消えた。それでもまだゴブリンらは真っすぐ向かってくる。少しさっきより間隔が詰まっているような気がした。再び振りぬいたバットを手首を返して戻す。ここからは一気に勝負だ。
「3!!! 4!!!! 5!!!!!」
「ゴブブ~」
「ゴブブゥゥゥゥ~」
「ゴブブゥゥゥゥゥゥゥ~~」
高速ティーバッティングの要領で一気に三匹のゴブリンを一蹴した。しかし、腕と肩の筋肉が想像以上にビリビリ悲鳴を上げている。
(素振りなんてもう何年していなかったか)
時々、セイの家の近所にあったバッティングセンターでお遊び程度でやるくらいだが、それでも3ゲームくらいやると疲れてしまう。小学校の時とは大違いだ。少し吐く息も荒い。
(体・・・鈍ってるなぁ~)
中学3年の秋に陸上部を引退してから今の高校二年の夏までロクにハードな運動らしいことはしていなかった。それ以降も食い癖だけは直らず、体重も一気に10キロ近く増えていた。
と、再び、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。
「ゴブブゥゥ?」
「ゴブブゥゥゥ?」
「ゴブブ?」
「ゴブブゥゥゥゥ?」
「ゴブブゥゥゥゥゥゥゥ!!」
まるでリプレイでも見ているかのように先ほどと全く同じように五匹のゴブリンが通路の奥から現れた。
「またかよぉぉぉぉ!!」
思わず叫んでしまった。しかし、止めねばならん。抜けられたらまた惨事が待ってるだけだ。
再び立ち上がると、ゴブリンらが走ってくる向きに合わせ、バットを構えた。
「二セット目ェ!!」
声を上げて気合を入れる。辛い時の昔からの癖の一つだ。声を出せば少しは楽になるかもしれないって思って始めた気合入れの方法だった。
「1! 2!! 3!!! 4!!!! 5!!!!!」
「ゴブブゥゥ~!」
「ゴブブゥゥゥ~!!」
「ゴブブ~!!!」
「ゴブブゥゥゥゥ~!!!!!」
「ゴブブゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
高速ティーバッティング二本目を終えた。ゴブリンらはみな黒い塵となって消えた。疲れがドッと押し寄せる。思わずバットを杖代わりにして両手でグリップエンドを握り、再び片膝立ちになっていた。
(まだ・・・来るのか?)
嫌な予感は的中した。さっきよりも大きな足音が通路の奥から聞こえてくる。
(マジ・・・かよ)
通路の奥からは一列になってゴブリンの集団が三度現れた。またしても縦一列になって押し切ることで一点突破を狙っているのだろうか。
「三セット目ェ!!! かかってコォォィ!!」
「ゴブゥ~!?」×10
俺の叫び声にゴブリンらが一斉に答えたかのような声を上げた。
「行くぞぉ!! 1! 2!! 3!!! 4!!!! 5!!!!! 6! 7!! 8!!! 9!!!! 10!!!!!」
「ゴブゥ~!!」×10
三度の高速ティーバッティング。腕と肩が悲鳴を上げ、黒い塵が舞う中、一匹も逃すことなく俺はバットを振り切った。
「やっ・・・やったぞ・・・」
これは疲れた。もう一回、ゴブリンが10匹連続で来ても流石に対応できない・・・。
俺は疲れ切って膝から崩れ落ち、その場に大の字になって仰向けに倒れていた。カランカランと乾いた音を立てて金属バットが青白く光る床の上にに転がっていた。
その直後、室内にのど自慢の合格の時のような高い鐘の音が響いた。
(? この音は!)
倒れながらも体を捻り、女性らのいる方を向いた。女性らのいる所の手前の床にスポットライトのような光が床に当たっていた。
(また、あの時の子供が甦るのか?)
光の中には大きくない人影が見えた。光が消えると子供の姿が中にあった。見た記憶は無いが、昨日見たホブゴブリンに蹂躙された時に絶命したのだろうか。その姿を見て子の中の一人が駆け寄る。それはいつもグータッチをしてくる子だった。
泣きながら飛びつき、そのまま抱き合っている。よく見ると二人ともそっくりな顔をしている。
(双子、だったのか?)
であれば、どれだけの間、あの子は辛い思いをしてきたのだろうか。だからこそ俺にグータッチで期待していたのだろうか。
続けていつものアモーレの鐘のような複数の大きな鐘の音が響き渡った。
(時間・・・か)
疲れて腕を上げて腕時計で時間を確認する力も残っていなかった。
倒れている俺の方にさっきの双子が歩いてきた。二人はにこやかな笑顔で俺に向かって右の拳を突き出した。
グータッチで応じようにも体が動かなかった。すると双子は左右に分かれてそれぞれが俺の拳にグータッチをした。
「ありがとう・・・な」
俺がお礼を言うも、言葉が通じていないので意味が分からず、二人はキョトンとした顔をしていた。
すると、周囲が真っ白な光に包まれ、その後暗転した。
「ザ・ベースボールク~イズ!!」
耳元にCDラジカセの音声で夜11時の時報直後の名物コーナー、ベースボールクイズのタイトルコールが流れてきた。
気づくと俺は布団の上で大の字になっていた。上体を起こし周りを見回すと、手を放して床の上に置いていたバットは、部屋の中にあった。
(無事に帰ってこれたが・・・体力が無さすぎるな・・・疲れた)
俺はラジオのその先を聴くこと無く、部屋の電気もラジオの電源も切ってそのまま眠りについたのだった。
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