4日目(前篇)


目が覚める。どんよりとした曇り空が目に入る。ベランダには洗濯物は出ていない。雨が降りそうな空だ。


寝覚めが悪い。あんなにも不吉な『モノ』を見てしまったのだ。


ホブゴブリンによる子供らの惨殺劇。音はなぜか聴こえないが、目の前で繰り広げられる光景は忘れがたい。下手なホラー映画も真っ青だ。


あれは夢だったのだろうか。いや、夢であってほしい。これは願望だ。


やはり助けられなかった子供のことが頭から離れていないのだろうか? それがあんな夢の形になって表れたのだろうか。


時々悪い方向に傾いて考えてしまうことがある。俺の悪い癖だ。



(そういや何時だ?)


壁に掛けられた時計を見ると時計の針は10時を指していた。


(ヤバッ! もうドラマ始まってる!)


慌てて布団から飛び起きると、俺は部屋を飛び出してリビングに飛び込み、テレビの電源を入れた。


ドラマは既に始まってた。録画タイマーは無事に起動してるので後で出だしを見直すか。


テレビを見つつ、テーブルの上に置いてあった俺宛の朝食を食べる。今日もオカンが作った握り飯だ。大きなものが2つあった。今日も俺以外の家族は仕事に出ていた。


握り飯を食べつつ、まだぼんやりとしていた。食べた握り飯の味はいつものシーチキンマヨネーズなのだがあまり味を感じられなかった。


昨日の夜、呼ばれなかったこと。その後、寝ていた時に見た悪夢。全くをもってどうしようもない。


(そもそも、そもそもが夜10時に必ず呼ばれるとも限らないよな?)


たまたま2日続けて夜10時に呼ばれたから必ずしも呼ばれると思っていたが、そうとも限らないわけだ。


いかんせん、どういう経緯で呼ばれたのか、何のためにゴブリンらに襲われているのかが全く分からないのだ。


(こんなこと相談しても理解されないだろうしな・・・)


ふと、近所に住んでいる友人に相談してみようか。よし、それなら即行動だ。


俺は飯を食い終えるとそそくさと着替えて家を飛び出した。



同じ住宅街に住んでいる友人の家までは歩いて3分もかからないところにあった。中学の時から一緒にTRPGを遊んでいた仲間で、ゲームマスターを買って出るような奴だった。


曇り空は相変わらずで雨はまだ降ってこなかった。


俺は友人の家の門を開けて玄関の前でインターホンのボタンを押した。


「あら、いらっしゃい」


ドアを開けてくれたの友人のお母さんだった。


「どうもすみません・・・ヨシいます?」


ヨシとは友人のあだ名だ。ずっとこの名前で呼んでいる。


「ちょっと待ってね・・・ヨシ~お客さんさんよー」


お母さんが玄関から奥に入ってヨシを呼んでいる。この様子だと二階の自分の部屋にいるようだ。ドタドタと階段を下りる音がして玄関にヨシが現れた。


ヨシは身長175センチくらいと長身で体重は100キロ以上あり、身長も体重も俺より大きい。体重は下手すれば倍近くある。残念ながらアスリートではなく中学では帰宅部だった時点で察して頂きたい。


「急に何か用か?」


「ああ、ちょっと話したことがあってな」


「ん? 来月のコミケのことか?」


ヨシはいわゆる『アニメマニア』である。ちなみに『ヲタク』って言うと5年前に起きた事件のことを思い出して凄く怒るので言わないようにしている。


「あー、再来週の土日だっけ? って違う違う」


思わずノリツッコミしてしまった。


「それじゃどうしたんだ?」


「それがなちょっと混み合ったことがあってな・・・」


「よし、じゃあ僕の部屋で話をするか」


ヨシが俺を手招いて部屋に上がるように誘った。


「それじゃ、おじゃまします」


俺はそれに続いて家に上がった。



ヨシの部屋で俺はここ数日の間に起きたことを話した。


夜の10時になったら突然、青白く床が光る部屋に飛ばされたこと。ホブゴブリンに襲われそうになっている金髪の女性と子供らを体を挺して守ったこと。翌日も同じように同じ時間に呼ばれ、子供らを守るも守り切れなかったこと。さらにその翌日はなぜか俺の体が幽霊のようになっていてホブゴブリンが体をすり抜けて女性が率いてきた子供らを一方的に蹴散らしたこと・・・


ヨシは俺の表現力の乏しいつたない話を止めることなく、うんうんと頷きながら聞いていた。よく見ると手元にあったノートをメモ帳代わりにしてシャーペンを走らせていた。


全て話し終えるのに10分くらいかかったろうか。説明が飛んだり話がいったりきたりしたこともあり、時間が経っていた。その間に、ヨシのお母さんが麦茶を差し入れてしてくれた。


「そうだなぁ・・・どう言えば分かるかなぁ・・・」


ヨシは最初にそう言ってから腕組みして虚空を見つめた。


「今の話だけど、聞く限りじゃ、夢の範疇を超えてないんだよ・・・」


「夢だったってことか!?」


思わず体を乗り出してしまう。あんだけ体を動かしたことも、あんなにリアルに目の前で子供が死んでいったのも夢だったというのか?


「おいおい・・・正直、僕にもお前の言ってる話は分からないよ。ただ、話を聞いていると夢なのかなと・・・」


「えっと、じゃあ、何が裏付けになるんだ?」


「まずは登場する人物だ。ホブゴブリンとゴブリンは多分、僕が買ってみんなで見たOVAの『ロードス島戦記』の影響を受けているのが分かる。肌の色とかアニメに出ていたホブゴブリンとゴブリンそのまんまっぽいし」


ヨシの家はちょっと金持ちで、MSXだけでなくPC98も持っている。OVAとかも平気でポンポン買い揃えている上に、自分の部屋にテレビもビデオデッキもクーラーもある。


おかげで快適だ。クーラーなんて家に無いし、あとクーラーを堪能するとしたら市の図書館と学校の放送室で涼しむくらいだ。


「あと、ゴブリンが三位一体の攻撃をしてくるのも、ガンダムの『黒い三連星』のジェットストリームアタックじゃないかな。肩を踏み台にして飛んできたんだろ?」


「ふむ…じゃあ、今まで俺が見たアニメやゲームとかの知識が夢の中で入り混じってオリジナルの話になってるってことか?」


「話を聞く分にはそう思うな。子供が大量に殺されるのもテレ東の『午後のロードショー』とかでやってた戦争映画のシーンとか、あとちょっと前にやってた『横山光輝三国志』のアニメの影響じゃないかな?」


ヨシはそう言って麦茶を一口飲んだ。それにつられて俺は麦茶を一気に飲み干す。


「じゃあ、あの金髪の女性も?」


「多分、お前の考える理想の彼女じゃないの? お前、まだ彼女いないだろ?」


ヨシが笑った。クラスは違えど同じ小学校と中学校だったので俺のことをよく知っている。


「うるせぇな、『まだ』は余計だろ!!」


俺も笑う。こんなことを言い合えるような仲だ。中学の頃、俺が三年で陸上部を引退してヒマになってからひょんなことから誘われて、ヨシの他に共通の友達数人で土日に持ち回りで誰かの家に行ってTRPGを遊んでいた。


「それでも、そんなにはっきりと覚えているってのも珍しいな。大体、夢なんて自分のみたいようなものは見れないし、すぐに忘れることが多いのにな」


言われてみればそうだ。きれいなオネーチャンに囲まれてハーレムみたいな夢とか毎日でも見たいものだがなかなか見れないし。


「おっと、もうお昼回ってるや。そろそろ昼飯だからお開きだな」


ヨシが学習机の上に置いてある置時計を指さした。


「わかった。急に押しかけて悪かったわ」


「大丈夫だよ。って・・・ちょうどいいや」


ヨシが机の脇に置いてあった3本のビデオテープを掴み俺に渡した。


「これは?」


「前に話してたOVAだよ」


「あー! 『天地無用!』」


去年からアニメ紙に載っていて話題だった作品で、貧乏な俺は買えなかったので見れなかった。


「この前、完結してダビったから貸してやるよ」


「マジで!」


テンションが上がる。


「2話づつ入れてあるから見終わったら返してくれよ」


「サンキュー! 帰ったら見るわ」


「あー、見るならおばさんとかいない時がいいぞ」


ヨシがニヤリと笑う。


「あ、そういうのあるの?」


俺も思わずにやける。


「まぁ、そういうことだ」



俺はヨシの家から自分の家に戻った。


既に12時半を回っていた。


オカンが作ってくれていた冷やし中華を冷蔵庫から出して食いながらテレビを見ていた。


(ビデオは見るとしたら明日の午前中かな)


もうすぐオカンも帰ってくるし、夜もリビングの隣の部屋で親父が寝ているからTV見てると怒られるし。ビデオ買ってもらったのもそれが原因の一つだった。


中学のころから深夜番組を見ていて、夜更かししまくっていた。隣の部屋で寝ている親父にしてみればうるさくて仕方なかったのだろう。


ビデオで番組録画して寝ろと怒られたのだった。


親父は滅多には怒らない。だから驚いたし、よっぽどだったんだろうと思う。なのでそれ以降はあまりリビングでは夜更かしして騒がないようにしていた。



「ただいまー。買い物してきたから荷物はこぶの手伝ってー」


食事を終えた頃、玄関からオカンの声がした。今日は少し早い帰りだ。仕事が早上がりだったのか。


「今日は早いなー」


玄関でオカンが買ってきた買い物袋を持つ。中にはスーパーで買ってきた野菜などが入っていた。


「今日は少し早かったのよ。アンタは今日はもう出かけないの?」


あ、午後からどうするか・・・ふと思った瞬間、あくびが出た。


(あーそうか。昨日は変な時間に目が覚めたっけな・・・、いや起きてたんじゃ無いんだっけな?)


「うん。昨日ちょっと寝付けなかったから、今日は昼寝でもしてるよ」


「宿題もしなさいよ」


「ああ」


買い物を台所に全部運ぶと俺は自分の部屋に戻り布団の上に転がった。


(ホント、夢なのか現実なのかわかんなくなってきた・・・)


ヨシに言われたことを思い出す。自分が今まで見てきたことのエッセンスが全て混ざり合って再構成された世界、それがあの世界なのかと。


オカンに前に小説家になるにはどうすればいいって聞いたことがあった。そうしたら『いろんなことやって知識と見聞を広めてからじゃないと無理よ』と返されたっけ。


そう考えるとあの世界はやはり夢の中の世界なのだろうか?


頬をつねって痛かったのは『そう思い込んでいる』からだったのだろうか?


また、とりとめのない自問自答をしているうちに眠気に襲われた。



(・・・いけね。昼寝しちまったか)


体を起こして時計を見る。既に午後5時を過ぎていた。外はまだ曇ったままだった。


(夕飯まで宿題でもしておくか・・・)


体を起こすとCDラジカセの電源を入れる。山田康夫がナレーションしている東京トヨペットのCMに続いて鶴光師匠とアシスタントのおみわお様によるゴールデンアワー内の名物クイズコーナー「こがねちゃんクイズ」が始まていた。


それを聴きつつ、俺は勉強机に置いてあった英語のドリルをやる。英語のテストの成績が赤点続きだったせいで、英語の先生から中一程度の英語のドリルを特別に宿題として追加されていた。


筆記体でアルファベットを書いたりしているとオカンから夕飯の支度ができたと声が聞こえてきた。シャーペンを机に置き、リビングに降りて行った。



それから夕飯を食べ、だらだらとテレビを見て風呂に入っているうちに夜9時半になっていた。


(昨日は呼ばれなかった。しかし今日も呼ばれないって訳じゃないよな)


オカンにバレると面倒なのでゆっくりと玄関まで降り、昨日グリップテープを巻いた金属バットを取りに行った。おもむろにバットを見つけると、すぐオカンに見つからないように自分の部屋に戻った。


(あのゴブリン野郎、今日は仕留めてやる・・・)


バットを握る手に力が入る。


ラジオではプロ野球中継も終わり、今日の結果を紹介する後番組『ショウアップナイターフラッシュ』が始まっていた。


(さぁ・・・来いよ来いよ来いよ・・・)


心臓の鼓動が早くなる。またしても緊張していた。そして思い出す昨日とおとといの出来事。


ヨシは夢だと言っていたが、こんなにもリアルな夢があるだろうか?


そして、たとえ夢の世界であっても俺は一人も失わない。


バットを持って身構えたまま、時が過ぎていく。ショウアップナイターフラッシュも終わり、夜10時前に放送している『独占Jリーグエキスプレス』も終わった。


(いよいよだ)


夜10時を告げる時報CMが流れる。今日はどうだ?


時報が流れる、ピッ、ピッ、ピッ、ポーンと10時を電子音が告げた。


その瞬間、俺は再び真っ白な光に包まれた。


(よし! 呼ばれた!)


俺は手にしていたバットを強く握り続けた。

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