3日目(後篇)
(待て、待て、待て、待て?)
部屋の壁時計を見る。時計の針は既に10時5分を指さしていた。
(もしかして、バットを持っていくのはダメなのか?)
手にしていたバットをあっちに持っていけないというのだろうか? しかし、その可能性は十分にありえる。手にしたバットを部屋の壁に立てかける。そして、そのまま部屋の真ん中で立ったまま呼ばれるのを待った。
窓側に置いた扇風機からの風が肌に当たる。夜になっても今日はやや蒸し暑かった。
・・・それでも呼ばれない。
ラジオからはオープニングトークも終えて、最初のCMに入っていた。それでもまだ呼ばれない。
(バットを手放してもダメなのか? 昨日やおとといと何か違うところはあるんだろうか・・・)
部屋着代わりにしてる中学の時のジャージは昨日やおとといと一緒だ。腕時計は今日も同じものを付けている。
(あ、靴下)
しばらく考えていて、俺は靴下を履いていたことに気付いた。昨日までは履いていなかった。慌てて履いていた白いソックスを脱いで裸足になる。
・・・それでも呼ばれない。時計の針は既に10時半に近づこうとしていた。
「デーモン・オーケンのラジオ巌流島~」
10時半からのミニ番組が始まった。そういや久しぶりに聴けるな。緊張感が少し解け、部屋の真ん中に座ってラジオに耳を傾ける。閣下とオーケンのトークは面白いなぁ。
最近は二人ともライブとかでなかなか一緒ので放送が聴けないけど、一人でトークしてても面白い。
10分のミニ番組が終わり、パーソナリティがつないだ後、23時前のミニ番組「都並クン・藤川クンのイエローカードなんて怖くない」が始まる。
二人のJリーガーによる四方山話をするミニ番組だが、本当にプロサッカー選手なのに話が面白い。いつも日本サッカーの舞台裏とかを話しているけど結構危ないこと言ってるんだよなぁ。
今年からJリーグが始まったけど夜のゴールデンタイムに中継をバンバン入れるんだよなぁ。おかげでプロ野球のナイター中継の放送が減ったんだよなぁ。
ラジオでもナイターの代わりにJリーグ中継もしてるし、スポーツニュースでもプロ野球の前に試合結果を報じたりしてなんだか気に入らないなぁ・・・。
そんなことを思っていると番組も終わり11時近くなっていた。ラジオに耳を傾けていて呼ばれないことを一瞬忘れてしまった。
(やはり、どうなってる?)
改めて考えなおす。俺は昨日、子供を守り切れなかったことでお役御免となったのか? だとしたら挽回のチャンスも無いのか?
一度のミスが命取りだったというのか。なんて容赦がない。
(しかし、考えてみれば守り切れなかった奴をわざわざ呼ぶことも無いか…)
悔しさがこみ上げてくる。どうしようもない怒りだ。思わず部屋の壁を殴ってしまった。
鈍い音が部屋に響いたと同時にラジオから夜11時を告げる時報が流れてきた。
「ザ・ベイスボールクイズ~!!」
ラジオから夜11時恒例のタイトルコールが流れ、クイズコーナーが始まった。結局、呼ばれなかったというのだろうか。
(もしや呼ばれる時間がズレるのか? そもそも夜10時に呼ばれることが珍しかったのか?)
ってことは夜中に呼ばれたりするのだろうか? 寝てる間に呼ばれたらたまったもんじゃないが、こればかりはどうしようもないな。
(もう一度、呼ばれるのならなんとか時間のことなど話が付けられないものだろうか?)
『もう一度』
この言葉が引っ掛かる。俺に次は無いのかもしれないとは思っている。
このまま明日も明後日も呼ばれなかったらこのことは『忘れよう』。
そうしないとずっと後を引いてしまう・・・。そう思ったら緊張感が抜け、またしても眠気が襲ってきた。
(最近、緊張と疲れで眠くなりやすいな。体力が落ちてるのか? それならランニングでもしないとな・・・)
明日からの目標が一つできたところで俺はラジオと電気を消してそのまま眠りに落ちた。
ふと目を覚ますと青白く光る床の上に立っていた。
(・・・ってここは!)
周囲を見回す。見覚えのある青白く光るフローリングの床だ。
(再び、呼ばれたってことか!)
左腕には腕時計が付いている。バットは部屋の壁に立てかけたままなので持っていなかった。
(やはり手に持っていないものは持ってこれないのか?)
一つの仮説は正しかったのだろうか。左腕につけた腕時計の針は午前2時を指そうとしている。
しかし、変わっていたことが一つあった。
(あれ? 誰もいない?)
部屋の中に子供たちも金髪の女性も誰一人いなかった。俺一人だけだった。
(もしや、全員ゴブリン達に?)
嫌な予感がする。一人残らず奴らに・・・。
と思っていたら通路の奥から誰かが歩いてくるようだ。複数の足音が聞こえる。
(あれは?)
前から来るのは金髪の女性を先頭に子供らが歩いている。
(随分と子供の数が多い・・・10人いや20人・・・もっといる?)
女性の後を歩いている子供の数の多さに驚いていた。昨日、おとといいた数は10人前後くらいだっただろうか。しかし、向かってくる子供の数は50人以上はいるだろうか? 真っすぐ俺の方に向かって歩いてくる・・・前髪が長くて目が相変わらず見えないけど、すごく小顔で口元も可愛い・・・ってぶつかる!? って? すり抜けた??
俺の体を女性がすり抜けていった。その後ろを歩いている子供らも俺の体をすり抜けていく。
(俺の体が見えていない? というかそもそも幽霊みたいになってるのか?)
こっちの世界は本当に俺の想像のつかないことばかりだ。ふと、気になって部屋の壁際まで歩みより、壁に触ろうとするも手が壁をすり抜けた。
(やはり、今の俺は幽霊みたいになってるのか・・・)
部屋の真ん中では金髪の女性を中心にして子供らが囲むように座っていた。何かを女性が話しているようだが声が聞こえなかった。聞き取れないのではない『聞こえない』のだ。
声が何故か俺には聞こえなかった。聞こえたところで何を言ってるか分からないが…。
と、女性の話を聞き終えた50人くらいいる子供らが一斉に泣き始めた。泣き声はやはり俺の耳には届かない。と、通路の奥からズシズシと大きな足音が聞こえてきた。
(この足音はホブゴブリンか?)
俺の予想は当たった。棍棒を持ったホブゴブリンが通路の奥から現れたのだった。子供らもホブゴブリンの姿を見て女性の後ろに回ろうとしていた。震えている子もたくさんいる。
(よし、いつものように体当たりしてブチ倒して棍棒を奪い取ってやる)
俺はホブゴブリンが床が青白く光っている所に踏み込んだところでいつも通り体当たりを敢行し・・・あれ? すり抜けた?
そうだ俺は今、幽霊みたいな状態だった。さっき金髪の女性や子供が体をすり抜けた時点で気づくべきだった。俺は勢い余って床に倒れた。床はすり抜けないようだ。
(マズい!)
俺は立ち上がり女性の方を見た。ホブゴブリンが棍棒を子供らに向かって横に薙ぐように振り回した。
棍棒が横に薙ぐ度に子供らの四肢がちぎれて飛ぶ。
子供が逃げ惑い泣き叫ぶ。しかし俺には声が聞こえない。それでもお構いなしにホブゴブリンは棍棒を振り回す。なんという地獄絵図だ。昨日よりもエグい。
女性が子供らを自分の後ろに回り込むように何か言っているようだった。口元がせわしなく動いている。それでもホブゴブリンは手を緩めない。
しかし、子供らの亡骸は不思議とすぐに消えていた。とはいえ、俺の目の前ではエグい光景が繰り広げられていることには変わりない。
「やめろ!やめろ!やめろ!!!」
俺は再び拳を振り上げながらホブゴブリンに殴りかかるがやはり体をすり抜けてしまった。ホブゴブリンも俺の存在には気づいていないみたいだ。
何度もホブゴブリンに向かって殴りかかるも体をすり抜けてしまうのだった。その間にも子供らはホブゴブリンに殺されてしまっていた。
そんな中、複数の大きな鐘の音が響き渡った。ホブゴブリンが鐘の音を聞いた途端、殺戮の手を止め、歩いて通路の奥へ消えていった。
子供らの数は10人前後にまで減っていた。俺が最初に見た時と同じくらいの数だろうか。子供らの返り血を浴び、女性の髪も真っ白な布をまとめたような服も赤く染まっていた。
「何てことだ・・・」
呆然としつつ何故か俺は腕時計を見ていた。針は午前3時を指していた。
周囲が真っ白な光に包まれる。戻る時間か。
光にかき消される寸前、俺は女性の方を向けなかった。ただ返り血に塗れた姿だけが頭に刻まれていた。
途端、真っ暗になった。
布団の上で俺は横になっていた。暗い中、電気をつける。壁時計の時間は午前3時だった。
(何故あんなものを見せられた? いや夢か?)
時折、悪夢を見ることはある。それでもここまでびっきりのエグいのは初めてだ。あんなにリアルな光景を見たのはホラー映画の影響だろうか? 背中が汗でびっしょりになってる。枕元に置いてある扇風機が止まっているからだろうか。
(暑さでうなされたか?)
扇風機のタイマーを付け直し、電気を再び消す。
(あれは、夢なのかあっちの世界で実際あったことなのか・・・)
考えてる間に再び眠りに落ちた。
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