2日目(後編)

前から迫ってくるホブゴブリンの動きはまるで昨日と同じだった。まるでリプレーを見ているかのようだ。全く同じ向きから向かってきている。


(ならば、対処法も昨日と同じで!)


俺は右手に持った棍棒を掲げるように持ちながら向かってくるホブゴブリンの正面に立った。


一瞬、目線を足元に移す。青白く光っているエリアを確認するためだ。昨日みたいにエリアを飛び出してヒドイ目に遭わないようにするためだ。


自分の立っているところから青白く光っている床が途切れる境界線まで10メートル以上はあるだろう。ここで勝負だ。


ホブゴブリンがエリアに入って来たら正面からダッシュして一気にショルダーチャージで突き飛ばす作戦だ。吹き飛ばしたついでに棍棒を奪い取ろうって算段だ。


ジリジリと後ろに『タメ』を作るかのように少し屈み、踏ん張っている左足にグッと力が入る。


「ホブゥゥゥゥ!!」


ホブゴブリンが青く光っている床に一歩踏み入れた瞬間、俺はダッシュしてホブゴブリンに肩から体当たりをかました。


「!? ホブゥゥゥゥ~」


ホブゴブリンのお腹の辺りに肩からぶつかると、昨日同様にホブゴブリンは勢いよく前の通路の方に転がっていった。そのまま倒れた俺はすぐに床に手をついて起き上がる。


(ヤツの棍棒は・・・あった!)


周囲を見回して俺のすぐ近くの床の上に転がっているホブゴブリンが持っていた棍棒を見つけた。長さは1メートル近くはあるだろう。見た目は重そうだが何故かこの青白く光っている床の上でなら金属バットを振るかのように軽々と振り回せる。


「ホブゥゥゥゥゥ!!」


通路の奥から別のホブゴブリンが棍棒を振り回しながら向かってくる。コイツも何も考えずに真っすぐ向かってくるだけだ。


(これなら、さっきの奴目掛けてフルスイングして二体まとめて吹き飛ばしてやる!)


前から来るホブゴブリンに向かって左のバッターボックスに入るようにして棍棒を構える。


「ホブゥゥ!」


床が青白く光るところまでホブゴブリンが入って来た。そして俺に向かって棍棒を振り下ろしてくる。


(当たったところで痛くもかゆくも無いんだから、関係ない!)


俺はボールを打つかの如く、棍棒でホブゴブリンのお腹めがけて棍棒をフルスイングした。


「ホブゥゥ~!」


俺のフルスイングはホブゴブリンの腹をジャストミートした。まるで餓狼2のラストでギースがビルから落ちるかのようにきれいにホブゴブリンがすっ飛んで行った。


「ホブゥゥゥゥゥ!?」


倒れていたホブゴブリンがすっ飛んで行ったホブゴブリンに巻き込まれて一緒に吹き飛ばされ、壁に大きな穴を開けて消えていった。


ふと腕時計を見た。時計の針は普通に動いていて、時計の針は10時10分を指していた。


(さっき凄い勢いで時計の針が動いていたのは何だったんだ?)


なんて思っていたら再び時計の針が早く動き出した。



「ゴブゥ!!」


「ゴブゥゥゥゥ!」


「ゴブゥゥ?」


同時に通路の奥の方から複数の声と足音が駆け足で聞こえてくる。身長が1メートル前後の肌が深緑色の小鬼のような連中が迫ってきていた。


(あれは、ゴブリン?)


これも『ロードス島戦記』で覚えた知識だ。ホブゴブリンよりもすばしっこい印象があるが・・・。


前から来るのは三体。一人は槍のようなものを、もう一人は細身の剣のようなもの、もう一人は弓と矢を持って接近していた。棍棒の件もある。剣や矢が当たっても痛くも無いだろう。


(あれ? 俺は大丈夫だけど後ろの子供らはどうなるんだ?)


ゴブリンが弓と矢を持っていたので気になった。一瞬、振り返る。俯いて座っている金髪の女性を中心にして寄り添うように子供らが体を寄せ合っていた。


(もし矢を放たれたら俺が防ぐしかないのか?)


棍棒を握る手に力が入る。バラバラに向かってくるゴブリンらは青白く光る床に踏み込む手前で縦一列に並び直した。


一番前は槍を持った奴が前に穂先を向けている。


(三匹ごとまとめて吹き飛ばす!)


俺はさっきと同様に正面からくるゴブリンに対して左のバッターボックスに入るように足の間隔スタンスを取り、棍棒を構えてフルスイングした。少し身長の低いゴブリンの腹を狙うには膝を落として低めのボールを打つように狙わないといけない。


「ゴブゥゥゥゥ!!」


「ゴブゥゥ!!」


棍棒が一番前にいた槍を持ったゴブリンの腹に当たった瞬間、二つの影が背後から上に向かって飛び出した。よく見ると二体のゴブリンは肩車をして一番前にいる奴の肩を踏み台にして垂直に飛び上がった。


(何っ!?)


慌てて目線を上に上げる。二体のゴブリンのうち下にいる剣を持ったゴブリンは剣を脇に構えて、こちらに向かって突きさすように躍りかかってくる。もう一体のゴブリンはそのまま俺の後ろにいる女性目掛けて矢を射かけようとしている。


どうにか対応しないといけない。しかし、まずはこの向かってくるゴブリンから始末しないとヤバイ。


「ゴブゥ~!!??」


俺の手にした棍棒によるフルスイングを受けたゴブリンは通路の奥にスッ飛んでいった。俺は体をひねり、その棍棒を無理やり手元に戻し、剣で俺を突き刺そうとしているゴブリンに向けて振るう。


「ゴブゥゥゥゥ~!!??」


剣を持ったゴブリンは振り上げた棍棒の一撃を食らい、天井をブチ抜いて飛んで行った。


「ゴブゴブゥゥ!!!!」


弓を持ったゴブリンが背負っている矢筒から抜き取った矢をつがえて、俺の目の前で矢を放った。不思議と、放たれた矢はスローモーションで俺の目に映った。


矢は金髪の女性の周りにいた一人の子供の胸を背中から貫いた。


「ギャァァ!」


子供の短い悲鳴が上がった。子供は女性を庇うように背中から矢で射抜かれ、そのまま床に倒れた。


「テメェェェェェ!」


激昂した俺は床に着地した弓を持ったゴブリンに向かって棍棒を渾身の力を奮って振り下ろす。


「ゴブゥゥ!?」


ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、俺の放った棍棒の一撃の下敷きになった。


「この野郎! 一発だけで済むと思う・・・な?」


棍棒を持ち上げると床には潰したはずのゴブリンの姿は無かった。棍棒を見ても何もこびりついてはいなかった。


(消えた? しかし手ごたえはあったはず・・・?)


棍棒を握ったまま周囲を見回すがゴブリンを見つけることができなかった。



「ウゥッ・・・」


(そうだ、子供が!)


子供のうめき声で我に返る。俺は矢で射抜かれた子のところに駆け寄り、片膝を付いて座って様子を見るが矢は体を貫き、心臓の所あるを射抜かれていた。矢を力任せに抜こうとしたが立ち上がった金髪の女性が手の平を俺の顔の前に出した。


(抜くことを制してるのか?)


俺は顔を見上げて女性の方を向く。ブロンドの長い前髪が顔の鼻の辺りまで伸びていて。目を見ることができなかった。


そしてしゃがむと、自分の手で抱き寄せるようにして子供を抱えた。


「#$'#&+・・・」


女性が何か小声で言うと子が光に包まれだす。そしてゆっくりと姿が薄くなっていく。


(子供が消える・・・? どういうことだ?)


何も分からないまま俺は女性がしていることを見守るだけだった。


しばらくして子供の姿は消えた。残されたのは矢が一本だけだった。血もついていないきれいなままだった。


(俺は、子供を守れなかったのか・・・)


ガックリと膝から崩れ落ちる。いきなり変な所に連れてこられた上に、この仕打ちだ。あまりのショッキングなシーンの連続に頭が追い付かない。


あまりに一瞬で命が失われた瞬間だった。それもあっけなくだ。気づけば俺は声を上げて泣いていた。ぼろぼろと床に涙がこぼれ落ちている。それに呼応してか子供らの鳴き声もさらに大きくなる。それでも俺は泣くことを止められなかった。


そのまま両手を床につき頭を落とした。しばらくの間、俺は泣き続けた。



どれだけの時間が過ぎたか分からない。


気づけば俺の右肩に誰かが手を重ねていた。温かい手のぬくもりが伝わってきた。


(・・・誰?)


やや落ち着いては来たがまだ涙が止まらず、視界がにじむ中、顔を上げた。


右側には金髪の女性が俺の右肩に手を当てていた。片膝をついて俺の目の前で座っていた。ほのかに香水のような甘い匂いがした。視線がぐにゃりとしたしていて女性の顔がよく見えなかった。


複数の大きな鐘の音が響き渡った。俺の左肩を誰かが軽く叩く。


左を向くとグータッチをした子が右手で俺の肩を叩きながら立っていた。右手を握り俺の目の前に出した。


(グータッチは、スタートと終わりの合図なのか・・・?)


俺は右手を出して拳と拳を合わせた。


すると、周囲が真っ白な光に包まれる。


光にかき消される寸前、俺は正面の女性の方を向いた。風が床から吹きあがっているのか、目を隠していた前髪が上に上がり、透き通るような青く優しそうな瞳が一瞬見えた。


途端、真っ暗になった。



再び明かりが付くと俺は部屋の中でうずくまっていた。


(戻ってきたのか・・・)


周囲を見回す。いつもの見慣れた自分の部屋だ。


「ベースボールクイズ~!!」


CDラジカセから夜11時の時報直後の名物コーナー、ベースボールクイズのタイトルコールが流れてきた。腕時計を見る。時計の針は11時を指していた。


(やはり・・・これは夢では無いのか)


ドッと昨日以上の疲れが全身に襲い掛かる。思いっきり泣いたこともあるのだろうか。一気に眠気が押し寄せる。昼間ゲーセンで遊び続けたのもあったか・・・。


もう考える気力も残ってない。ラジカセの電源を切り、部屋の電気を消して寝ることにした。

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