2日目(前篇)

目を覚ますと既に日は昇っていた。


(・・・あのまま寝ていたのか)


ぼんやりとしながら壁の時計を見る。時計の針は9時過ぎを指していた。


昨日のことをふと思い出す。夜10時から『Ohデカ』を聴こうとしたら突然変な所に立っていてやたら臭っさいホブゴブリンと勝負するハメになり、棍棒を持ってフルスイングしたり突き出したりしたこと・・・。


やはりよくわからない。夢だったのならその方が都合がいいかもしれない。こんなこと誰に話しても信用もされないし、ジョークにもならない。


大体、夢の話なんてオチも無く、自分の頭の中の話で人に話しても全く面白くもないとラジオで話してる芸能人がいたっけ・・・。そう思うと考えるのも人に話すのもバカらしくなった。


半袖長ズボンの寝間着のまま、俺はぼーっとしていた。



(既にオカンはパートに行ってるな・・・)


母は近所のスーパーにパートに出ていて、8時半には家を出ている。


親父は普通のサラリーマで、日が昇る前には家を出て会社に向かっている。


姉も働いていて、オカンよりも早く家を出ている。


この時間帯、家にいるのは俺だけだ。


ベランダの戸が開いて干してある洗濯物が目に入る。オカンは俺の寝ている脇を通って洗濯物をベランダで干していた。


いつもながら俺はどんだけ寝ていて気が付かないんだ・・・。


腹が鳴った。それで目が覚めたようなものだ。寝間着からTシャツとGパンに着替えて、部屋を出て階段を下りてリビングに行く。


テーブルの上にラップがかけられたサンドイッチが皿に乗っていた。


食パンを対角線に切り、中に卵やら野菜やらが詰められたオカンのお手製のサンドイッチだ。


ラップを剥がし、タマゴサンドを手にしながらテレビの電源を入れる。


普段は学校に行っているので見れないワイドショーはやはりあまり興味が無い。芸能人のゴシップとか猶更だ。


(8月に入ると、若者や子供向けなのか、アニメの話題とかするんだよな・・・)


夏休みに入るとテレビ局も分かっているのか子供向けの話題を流す時がある。


アニメの制作現場を紹介したり、声優さんをスタジオに呼んだりとかだ。毎月買ってるアニメ雑誌で時折紹介されているので知っていた。


しかし、今日も番組はどれも面白くも無く、話題はこの前の総選挙でボロ負けした自民党の話でもちっきりだった。


適当に放送局をザッピングしながらサンドイッチを食べつつ、9時55分になるのを待っていた。


CMの間にリビングの隣にある台所にある冷蔵庫を開けて、中に入っている牛乳を親父が前に飲んだワンカップの空瓶を洗ったものをコップ代わりにして飲んでいた。


この時期、7月下旬とはいえ午前中はまだ暑さもそこまでではない。窓を開けて扇風機をかけていれば十分問題ない。まぁクーラーなんてウチには無いけど。



そうこうしているうちにテレビではワイドショーも終わり、CMが入った後、テレビには外人が歌う主題歌をバックにオープニングロールで女性がプールを泳ぐシーンが流れるドラマが始まった。火曜サスペンス劇場のオープニング並みにこれはドキドキする。


俺はこれを待っていた。何でこんな時間のドラマを楽しみにしていたのか? それは俺の好きなアイドル、Melodyの望月まゆちゃんが出ているからだ。


月曜日から金曜日まで放送しているいわゆる『帯ドラマ』という物だ。この番組とその後に放送している『ペット百科』というミニ番組を楽しみに見ている。


主人公が教師を務める女学院の女子高生役で出ていて、しかもブルセラショップに下着とかを売りに行っちゃうような子を演じている。序盤はドキっとするようなシーンが多かったけどストーリーの方も佳境を迎えていて、出番がほとんど無くなってしまったのでちょっとガッカリ。


学校行ってる間からドラマが始まってて毎日録画していたけどなんかなぁ・・・。


結局、今日も出番がなくションボリ。


しかし、段々と主演の女教師役の女優さんのセクシーさに惹かれている俺がいた。


最近読んでいる女神の姉妹が出てくる漫画の影響だろうか。OVAのLDを買うくらい登場人物の一人が好きってのもあるのかもしれない。



大人びた女性ってのもいいなぁ・・・。


ふと、昨日の夜のことが脳裏をよぎる。


あの子供らに守られていた金髪の女性。


ずっと俯いていて顔が見えなかったっけ。どんな顔なんだろうなぁ。


子供にあんなに好かれていたし、美人さんなんだろうな。


可愛い系の子も元々好きだが、最近はちょっと落ち着いた大人な女性もいいなぁと思うようになった・・・のかな。


うわの空で番組を見終え、『ペット百科』まで見てからチャンネルを変える。他の局はドラマの再放送などだ。あまり興味も無いのでテレビを消して自分の部屋に戻った。



階段を上り自分の部屋に入り、扇風機とCDラジカセのスイッチを入れる。玉置さんの声が聴こえてきた。


玉置さんは筋金入りの熱心なベイスターズファンでもある。いや大洋ファンと言うべきか。去年も友達と球場まで観に行った横浜スタジアムで行われたファン感謝デーで司会をしていたっけ。


勉強机に向かい、机の上に無造作に置いてある夏休みの宿題を眺める。


ドリルやノートが並べられている中から英語ドリルを手に取った。


英語の課題でもやるか。期末で赤点取ったせいで先生から中学生のドリルをやってこいって言われたんだよな・・・


他のノートとかを一つに重ねて机の脇に置き、英語のドリルのページを開くと筆記体の書き方から始まる。本当に最初の最初だな、コレ。よく見たら中学一年用って書いてあるじゃんか・・・。


反復してアルファベットを書いていくと速攻で眠くなる。


三行目くらいを書いている間に記憶が途切れた・・・。



おもむろに目を覚ますと1時前だった。昼の番組のエンディングがラジオから流れていた。


オカンがパートから帰ってくるのは午後2時過ぎ。昼飯を食べるべく再びリビングに降り冷蔵庫を漁る。中に皿ごとラップに包まれた冷やし中華が入っていた。


市販の冷やし中華用のつゆのパックも一緒に入っている。これがいつもの昼食だ。


冷蔵庫から冷やし中華を取ってリビングに戻る。飯を食いながらテレビを付けた。テレビではサイコロを振ってその目に書いてある話題を話すトーク番組をやっていた。


それを横目に黙々と冷やし中華を食べる。ほぼ毎日冷やし中華だ。嫌いじゃないから別にいい。


気づけば半からの帯の昼ドラが始まっていた。


・・・ん、この主題歌、嫌いじゃないな。二人の男性ボーカルによる高音ボイスの歌。タイトル見逃したけど、ラジオで聴いたことあるな・・・これ。


そう思っていると玄関のドアが開く音がした。オカンがパートから帰ってきた。俺は冷やし中華を食べ終わり、皿を台所に下げていたところだった。


「おかえり」


台所からやや大きな声でオカンに聞こえるように言った。


「お米買ってきたから運ぶの手伝ってー」


玄関からそう呼ぶ声が聞こえたので俺は水道の蛇口を閉め、手拭きで手を拭いてから玄関に向かった。玄関では買い物カートの中に10キロの米袋とその上に買い物袋を持ったオカンがいた。


うちは新興の住宅街で、急坂を上った丘の上に住宅地がある。買い物をして帰る際は急坂を上ってこなければならない。住宅地にはバスも走っていないし、ウチには車は無かった。


となると人力で運ぶしかない。オカンの額には汗が光っていた。


俺は米を持ち上げると台所まで運んだ。その間にオカンは靴を脱ぎ、買い物袋を持って台所にあるテーブルの上に置いた。家族四人分の買い物だ。布製の買い物袋には中身がびっしりと食料品が入っていた。


「そろそろ、遊びに行ってくる」


「また中央?」


「うん、遅くならないようにする」


「晩御飯までに戻りなさいよ」


「わかった」


オカンと短い会話を交わしてからリビングに戻り、サイドボードの上に置いてある自分の財布と腕時計を付けた。


(そうか、腕時計があれば・・・)


あそこにまた飛ばされたとしても腕時計していれば何時かとか分かるのでは? とはいえ、いつ呼ばれるのか分からないが。


(まぁ、これっきりなら杞憂か)


俺は家を出て駅に向かって歩き出した。


駅までは歩いて15分くらい。そこから電車に乗って数駅先にあるゲーセンで遊ぶのが何もすることのない夏休みの日課に近いものがあった。


午後2時を過ぎればさすがに暑い。曇っているからか、蒸し暑さもこみあげてくるものがある。


汗を拭きつつ駅に着き始発電車に乗る。そこから電車に揺られること数分、最寄り駅で降りた。


そこから商店街のアーケードを抜け、行きつけのゲーセンのある通りに出た。


昔は親から近寄るなと言われた通りだ。


ガラの悪いのもいるし、米兵がヤンチャすることもあるから近寄るなってよく親に脅されたものだ。


しかし、友達に連れられて行ったその通りの中にあるゲーセンの熱気に引き寄せられて入りびたるようになった。


店内に入ると鼻に入るキツいタバコの臭い。正直、苦手だが仕方ない。そういう場所だ。服に臭いが残るから嫌なんだよな。


「ヨッ、来てたのか」


俺をみて友達のセイが声を掛けた。学校の友達でこのゲーセンを教えてくれた張本人だ。


「まぁ、ヒマだしなー」


「俺もそうだけど、そだ、早速一勝負すんべ?」


「んだな、そういや『サムスピ』はまだ入ってないの?」


「まだみたいだぜ。横浜じゃ既に入ってたんだけどな」


セイはそう言って俺と別れ、向かい合った筐体の反対側に座った。


「俺ホンダでいいからお前はダルシムでも何でも使って来いよ」


「ハンデのつもりか?」


「お前弱いからそれくらいサービスするよ」


セイがそういいながらコインを入れた。目の前の画面にはタイトルロゴの右脇に赤い「TURBO」の文字が写ってる。


「それじゃ乱入すんぞ」


俺もすぐに50円玉を筐体に入れて丸い椅子に座った。




「やっぱりお前は弱いなぁ」


「んなこと言ってもしゃーねーだろ。お前だって・・・」


セイが笑う。対戦は終わってみれば俺の1勝10敗とボロ負けだった。で、俺が席を立って両替に行ってる間に違う奴が対戦乱入してセイがボコボコされてたのだった。


「よし、他のゲームやろうぜ」


「望むところ!」



その後も他の対戦ゲームを遊んだがほとんど俺が負けっぱなしだった。


「いけね、もう6時過ぎてるや」


ふと腕時計を見ると18時を過ぎていた。


「悪い、家で晩飯あるから帰るわ」


「? ああ、またなー」


俺はセイに慌ててそう言うとゲーセンを出て走って駅まで向かった。歩いて10分はかかる道のりを5分に縮め、電車に飛び乗ると降りた駅からもダッシュして家に向かった。


家は坂の上にある。行きは下りだが帰りは上りだ。薄暗くなっている中を息を切らせて突っ走り、家についた時には汗でびっしょりだった。


「たっ、ただいまー」


そういいながら玄関を開ける。時計を見ると夜7時前だった。とりあえずは大丈夫かな。


玄関の靴を見ると親父の革靴もアネキの靴もあった。既にみんな帰ってきていた。


「お帰り」


親父が顔を出した。既に部屋着に着替えていて、晩酌をしていた。


「夕飯できてるけど先に食べる?」


オカンが続けて台所から話しかけてきた。


「ああ、先にメシ食べる。それから水風呂とシャワーでいいや」


夏場は暑いのでよく水風呂とシャワーで済ませていた。今日も家の中は昨日降った雨のせいか少々蒸し暑かった。


洗面所で顔を洗って汗をタオルで拭くとリビングに行った。既に俺の夕飯のカットされたトマトとキュウリの生野菜とカレーが置かれていた。


親父がリモコンを握っていて夜のニュース番組を見ていた。報じられるのは先日の選挙での与党敗北と躍進した新党の動きについてだった。選挙権なんてまだ当分関係ないし、何より誰がやっても変わんねーよな。


「親父、オールスター終わってるから野球やってるぞ」


手元にあった新聞のテレビ欄を見て中継があることを知った俺が親父に話した。


「どれ・・・おっやってるな」


チャンネルを変えて神宮からの中継に変わった。


それを見ながらひたすら夕飯のカレーをかっこむのだった。気づけばおかわりもしていた。巨人が負けてればいいや。俺はそんなどこにでもいるアンチ巨人だ。


(どうせベイスターズの試合は中継してないだろうしな)


新聞のテレビ欄とラジオ欄も見たがベイスターズの試合の中継している局は無かった。


(ラジオの途中経過で確認するしかないか・・・)


テレビの中継のCM前の各球場の途中経過で一瞬、点差が出たが中日に負けてたので目を離し晩飯を食うことに集中した。



飯も食い終わり風呂に入り、オカンの切ったスイカを食ってから部屋に戻った。


CDラジカセを付け、ラジオの周波数を合わせると既に試合中継は終わり、その日のナイターの結果と途中結果を告げる番組になっていた。


エンディングテーマが流れてきた。さわやかな高音ボーカルの男性の歌だ。


昼のドラマの主題歌もそうだ。どうも俺はこういう歌が好きみたいだ。日頃、男性のアイドルタレントが嫌いだって思ってるのに何でだろうか・・・。


今度、ゲーセン行く時にCDを探してみるか・・・。


壁の時計を見ると10時10分前だった。


(そういや昨日はそろそろだったんだよな)


昨日のことを思い出す。いや、そんなことが二日連続で起きるわけはない・・・しかし。


机の上に置いていた腕時計を付ける。もしまた『あそこ』に行った時、時間がどうなっているかが気になっていた。


急に胸の鼓動が早くなる。何故か分からない。不安に心が支配されているのだろうか。


そんなことを考えていると10時前のミニ番組が終わっていた。また10時になる。どうなるんだ・・・。


ラジオから流れるCMを黙って聴いている。10時前の時報を告げるCMが流れ、秒を告げる音が流れてくる。



ピッ・ピッ・ピッ・ポーン



その瞬間、俺は再び真っ白な光に包まれた。


(またか!)


一瞬で光が消え、気づくと再び俺は再び青白く光る木の床の上に立っていた。


(俺は夜10時になるとここに飛ばされるのか?)


周囲を見回す。またしても俯いた金髪の女性が子供らに囲まれていた。場所も昨日と同じようだった。


子供らの中に昨日、グータッチをした子を見つけた。あっちも俺を見つけたみたいだ。俺の方に向かって歩いてくる。


俺も歩み寄り、お互いに向かい合って足を止める。子供が昨日と同じく右手の拳を俺に突き出した。少し屈みながら俺もそれに応じる。拳と拳が重なる。お互いにニヤリと笑った。


(さて、また『アイツ』らと勝負か・・・)


振り返り、女性と子供らを背にして長い通路の先に目をやる。まだ今日はこっちに来ていないようだ。


ふと、左腕にしている時計を思い出した。


(そうだ時間・・・って!?)


腕時計の長針がまるで秒針のように進み、秒針がすごい勢いで回っている。


「ホブゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


と、昨日聞いた声が通路の奥から聞こえてきた。目線を通路に戻す。棍棒を持ったホブゴブリンが凄い勢いで走って来るのが見えた。


(来たな! 勝負だ!!)

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