1日目(後篇)

ズシンズシンと重い足音が聞こえてくる。何かが近づいてきているようだ。さっきのホブゴブリンの仲間か? 改めて周囲をぐるりと見回す。


今まで無我夢中で周囲を見る余裕すらなかった。ここはどうやら木造の建物の中の袋小路になっている所のようだ。よく見ると木張りの床がそれが青白くほのかに発光している。この袋小路、正方形に近い間取りで三方が壁に囲まれていて、10メートル四方はあるだろうか天井は結構高く平屋建てなのだろうか? ちなみにさっき俺が開けた穴の先は真っ暗な闇だった。ヒューって風の音が聞こえるところから堀でもあるのだろうか・・・。


子供らに背を向けて前を向き直す。左右は壁が続いているが右に直角に折れているようだ。その先から何かが豪快な足音を立てて向かってきていた。


何が来るんだ? 棍棒を左手で持って待ち受ける。ホラー映画のようなノリは苦手なんだよな・・・。何が飛び出してくるんだよ、ホント。


「ホブゥ?」


通路の曲がり角から顔をひょいっと出したのは先ほどと同じようなホブゴブリンだ。さっきの奴と同じくらいの2メートルくらいのデカい奴だ・・・ってなんかあの棍棒、血やボロ布がこびりついてないか・・・?


ホブゴブリンがこっちに向かってきた。ちなみにさっきの奴と同じく、すごく臭い。遠くからでも臭うってどういうことだよ! ニンニク餃子を食ってもあんなに臭くならねぇぞ!!


とはいえ、奴の棍棒はさっきみたいに当たっても痛くないはずだ。このまま奴がこっちに来るのを待って押し出してやる!


ズンズンズンズン・・・床を踏み鳴らしながらホブゴブリンが走って迫ってくる。前から口の端から牙のような歯が出ていたり、髪が禿げ上がってるのはさっきの奴と一緒だ。タイミングを合わせて・・・3、2、1! 今だ!


俺は棍棒を剣道の竹刀のように体の正面にくるように構えて、一直線に向かってくるホブゴブリンに突きを入れた。


「ホブゥゥゥゥゥ!!」


俺の棍棒の突きを喰らったホブゴブリンがビリヤードの球のように吹っ飛んでいく。さっきと同じくそんなに力を入れていないでこの威力だ。どうなってるんだ? いくら真正面から向かっきてカウンター気味に入ったとはいえあんなに吹っ飛ぶとは・・・。


夢かどうか確認しようと再び頬をつねる。さっきより強めにねじってみた。うん、痛い。何か知らないけどここだと俺の腕力とかが強くなってるのか? まるで『ドラえもん』で、のび太が地球よりも重力が軽い惑星に行ってスーパーマンになる話みたいじゃないか。


棍棒を再びバットスイングをするように軽く振り回してみる。軽いな。軽すぎて素振りをした時に体のバランスが狂うくらいだ。日頃使っていない軽いバットを振るとスイングが早くなってしまい、腰や腕が痛むような感覚だ。


通路を見るとさっき吹き飛ばしたホブゴブリンが通路の奥の壁まで吹っ飛んでいて気絶しているのかブッ倒れたままピクりとも動かない。さっきと一緒だ。


それなら追い打ちをかけてさっきみたいに吹き飛ばして大きな穴を開けてやる! 俺は棍棒を左肩に担いだまま、走り出して何歩か進んだ所だった。ズンと体が沈み、背中から通路の床に叩き付けられた。


「痛ってぇ!」


思わず大声を出してしまった。一体どうなってんだ? 急に左肩に担いでいた棍棒が重たくなり、そのまま押しつぶされるようにされたように床に叩きつけられた感じだ。


とりあえず、さっきみたいに棍棒を持ち上げてっ・・・ってクソ重てぇ! 持ち上がらねーよ! ウンともスンともいわねぇ!! どーなってやがる? さっきまで重さも全く感じなかったというのに・・・。


床を見ると俺の立っている辺りの木張りの床が青白く光っておらず、木の地の色になっていた。


(もしかして床が青白く光ってる所だとバカ力が出るってことか?)


俺は起き上がって、床が青白く光ってるところから手を伸ばして転がっている棍棒を掴もうとした・・・。先っぽを掴むとスルっと軽く持ち上げることができた。


(やっぱりそうだ、この場所だけでバカ力が出るんだ)


改めて周囲を見回す。この青白く光っている床、金髪の女性を中心に円形に広がっているみたいだ。


(あの女性が結果みたいなものを作ってるのか?)


どういう理屈なのかサッパリ分からん。とはいえ、この青白く光っているところから出ない方が無難だな…。


前を見たらさっき吹き飛ばしたホブゴブリンが意識を戻したのか起き上がってこっちに向かってきやがる! ヤベェ! さっきよりもダッシュして向かってくる!


「ホブ!ホブ!ホブゥ!」


ホブゴブリンは鬼のような形相で棍棒を振り回しながら奇声を上げて迫ってくる。さっきの攻撃を食らって怒っているみたいだ。しかし、バカの一つ覚えのように真っすぐ突っ込んでくるので再び俺は棍棒を正面で構えて、向かってくるホブゴブリンに棍棒で真っすぐに突きを入れた。


「ホブゥゥゥゥゥゥ!!」


俺の棍棒の突きを喰らったホブゴブリンがビリヤードの球のように吹っ飛んでいく。さっきと同じくそんなに力を入れていないでこの威力だ。どうなってるんだ? いくら真正面から向かっきてカウンター気味に入ったとはいえあんなに吹っ飛ぶとは・・・。


ってセリフを繰り返したくなるくらい、さっきと同じようにホブゴブリンは通路の奥の壁まで吹き飛んで行った。



突然、大きな鐘の音が室内に響く。これは外から流れてきているみたいだ。複数の大きな鐘の音が響き渡る。正直、ウルサイ。美ヶ原高原美術館のアモーレの鐘のCMかい。


「ホブゥ??」


二度も吹き飛ばされたホブゴブリンが鐘の音を聞いてスクっと起き上がり、スゴスゴと歩いて去っていく。アイツ、吹っ飛んで気絶してたんじゃなかったのか・・・。


棍棒を床に置いて振り返ると相変わらず金髪の女性を囲むように子供らが部屋の真ん中に集まっていた。既に足元の床は木の地の色に変わっていた。


「!)””$%!#!!!」


子供らが口々に何かを俺に向かって言ってるけど何を言ってるかわからん。みんな興奮しているようだ。目をキラキラと輝かせてる。


英語のテストで赤点取るくらいのバカな俺だ。外国語なんて分からねぇ。そもそも日本から外に出る予定が無いのに英語なんて学んだって無駄なんだよなぁ・・・それに日本に来たんだから日本語を使うべきだろ。こっちがわざわざ英語で応対する必要がどこにあんだよ・・・。


そんなことを思っていたら一人の男の子が立ち上がって俺の方に向かって歩いてきた。そして俺の前で立ち止まってジッと俺の顔を見上げる。


スポーツ刈りのように髪の毛が短く切りそろえている赤毛の少年だ。俺と同じような髪形だ。年は4、5歳くらいだろうか。子供の大体の年齢とか、弟や妹がいないからどれくらいの大きさで何歳くらいかサッパリ分かんね。


すると笑顔で右手をグーにして俺の方に向けた。


? 拳を合わせればいいのか?


おずおずと俺は左手をグーにして少年の拳と合わせた。少しこわばった顔をしていた少年の顔が少し笑顔になった。



すると、周囲が真っ白な光に包まれた。


途端、真っ暗になった。



(・・・ん?)


再び明かりが付くと俺は部屋の中で立っていた。


「ベースボールクイズ~!!」


CDラジカセから夜11時の時報直後の名物コーナー、ベースボールクイズのタイトルコールが流れてきた。


(11時?)


部屋の壁の時計を見る、丸い壁時計の時計の針は11時を指していた。


(あの変な所に飛ばされて一時間近くが経っていたのか?)


何だったんだ、あれ? 夢にしてはあまりにリアル過ぎる。部屋でブッ倒れたように寝てたとでもいうのか・・・別に今日は体を動かしたわけでもない。何もないただの夏休みの一日だ。


朝起きて、テレビ見て、昼飯食ったらゲーセンに遊びに行き、晩飯前に帰ってきて飯食って風呂に入っただけだ。


・・・わかんね。しかし、汗をやたらかいてるのは分かる。寝間着代わりのシャツは汗でびっしょりだ。とりあえず着替えるか。


タンスから替えのシャツを出して着替える。冷や汗なのか体を動かした代償なのか。パンツまで汗でぐっしょりだった。


(陸上辞めてからロクに運動してなかったからなぁ・・・疲れたな)


陸上は中学までで辞めた。故障したのもあったけど、何より夏休みがほとんど無かったのが嫌だった。練習練習練習の繰り返しでウンザリだった。


だから高校に入ってからは陸上をやらないことにした。おかげで初めての夏休み、暇を持て余すようになってしまった。


(まぁ、あんなキッツイのもう沢山だからいいや)


階段を降りで洗濯機の中にシャツとパンツを入れ、再び部屋に戻る。急に強い眠気に襲われた。


(今日は、もうういいや、寝る)


俺はラジカセの電源を切り、部屋の電気を消した。部屋に入ってくるのは外からの明かりだけになった。布団の上に横になり、天井をぼんやりと見ながらさっきのことを考えていた。巨大なホブゴブリン、金髪の美女、何を言ってるかわからない子供たち、そして俺のバカ力。


何もかもが分からない、夢のような世界だ。しかし、棍棒がいきなり重たくなった時、床に背中から叩きつけられたが、背中に伝わる痛みがハンパなかった。


などと考えているうちに、気づいたら眠りに落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る