第73話 一悶着あっても無事解決したのですが?
戻ってきてみれば信じられない光景が広がっていた。
とりあえず、白崎さんに危害を加えようとしている彩乃からナイフを取り上げて引き離す。というか、こんなもの振り回すなんてどういうつもりなんだ?
「彩乃。ちゃんと説明しろよ」
強めの口調で言う。彩乃はと言うと、完全に視線をそらして焦っているように見えた。
「な、なんのこと?」
「これ。どうしてナイフを白崎さんに突きつけてた! 危ないで済まないぞ!」
「やだなぁ。それ、マジックナイフだよ」
「……へぇ~」
銀色に光る先端を軽く指先に押し当てる。鋭い痛みが走り、赤い血の玉が膨れ上がった。それを彩乃に見せつけるように前に突き出す。
「最近のマジックナイフはよくできてるな。本当に切れるんだから」
「そ、それは……」
「いい加減にしろよ。本物だって分かってるんだよ!」
いくら幼なじみでもこればかりは許されない。これは完全に殺人未遂だ。俺たちだけで解決するべきじゃない。
彩乃が震えているが、悪いが自業自得だ。スマホを取り出して警察に通報しようとダイヤルアプリを立ち上げる。
が、数字を打ち込もうとした指を後ろから止められた。
「待って翔馬くん。警察には通報しないで」
「白崎さん?」
被害者であるはずの白崎さんが通報を止めた。なにか考えがあるみたいな目をしていたから、黙ってスマホを片付ける。
白崎さんは一言「ありがとう」と口にすると、ゆっくりと彩乃に近付いていった。一応、またなにかやらかさないか警戒だけは崩さない。
「……青山さん」
「……なに? 惨めだって笑いたいの? いいよ、好きなだけ笑ってよ……」
いつもの明るい声の欠片も感じられない。生気が抜けたような声で自嘲気味に笑っている。
でも、白崎さんは首を横に振った。ここからじゃ、白崎さんが今どんな顔をしているのか見ることはできない。
白崎さんがしゃがむ。彩乃と目の高さを合わせるような位置に移動すると、両肩を掴んだ。
「やっと、普通にお話出来るね」
「……は?」
「私たち、きっと言葉が足りなかったんだよ。だから、今、対等にお話ししよう?」
彩乃が顔を上げた。涙で濡れる目は真っ直ぐに白﨑さんを見つめている。
「私、さっき青山さんの話を聞いて分かったんだ。青山さんの気持ちを理解しようとしてなかった」
「どういうこと?」
「好きな人を取られそうになるって焦るよね。誰にも渡したくないって。私もそう思うから気持ちは理解できる」
「そうよ……。あんたと翔くんが上手くいったら私、これからどうしていいのか……っ!」
「それだよ。青山さん、きっと翔馬くんともちゃんとお話ししてなかったんじゃない?」
いきなり会話に巻き込まれて焦ってしまう。でも、ここは大人しく黙っておくことにする。変に会話の流れを邪魔したくない。
「翔馬くん、一言でも言ってた? 誰かとお付き合いしたら青山さんと関わらなくなるって」
「え。でも、普通他の女と関わらないんじゃ……」
「……だって。翔馬くんはどうなの?」
こちらに振られた。ただ、そうだな。誰かと付き合うことになったから彩乃と関わらなくなる、か。そんなの、悪いが答えは決まってる。
「そんなわけないだろ。女の子には悪いけど、彩乃は幼なじみなんだから。誰と付き合おうが、多分、ずっと一緒にいるだろうな」
「そんな……! じゃあ、私は今まで……っ!」
彩乃の頬を涙が伝う。耐えきれなくなったようで、どんどん粒が大きくなっていく。
「白﨑……いや、ごめんなさい沙耶香……っ! 私、ずっと酷いこと……っ!」
「反省してるんだし、いいよ。……彩乃ちゃんの本音を聞かせてよ」
「私、やっぱり翔くんと付き合いたい。でも、それ以上に離れたくない! 翔くんが誰を選んでも、一緒にいたい!」
彩乃の本音が聞けた。やっぱり、白﨑さんには敵わないな。まさかあいつからそんな言葉を引き出すとは。
白﨑さんが彩乃の肩を叩く。一瞬見えた横顔は、力強い笑みだった。
「じゃあ、勝負しよう」
「勝負?」
「うん。ほら、青春ってそういうものでしょ? 好きな男の子を手に入れるために相手を蹴落とすこともさ。今度は脅迫や暴力はなしで」
風が吹いた。二人の髪を揺らした一陣の風は、果たしてなにをこの場に届けたのか。
彩乃が涙を拭った。白﨑さんを見つめて尋ねる。
「いい、の? 私、まだ諦めなくて……」
「いいよ。でも、私この後勝負決めちゃうから。奪えるものなら奪って見せて!」
「っ! ……上等よ! 夏休みが明けたら、私が奪い返すから覚悟しなさい!」
泣き笑いの笑顔でなにかを話している。ただ、もうこれ以上なにかをやるってことはなさそうだな。
荷物を持った彩乃が離れていく。去り際、振り返って深々と頭を下げた。
「翔くん、沙耶香。本当にごめんなさい! 私、他にもやっちゃったから謝ってくる」
そう言って彩乃はどこかに言ってしまった。とりあえず解決、かな?
それにしても……、
「他にも……って、何やったんだ?」
前科がありそうで、とにかく怖いんだけど?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます