第72話 花火前に怖い思いをするのですが?

 翔馬くんの帰りを今か今かと待ち続ける。この、ロマンチックな場所でなら私も勇気を出せるかも知れない。花火が打ち上がったら、翔馬くんに好きって伝えるんだ。

 どんな言葉ならいいだろう? 素直に大好きですと伝えるべきか、少し遠回しに表現するか、ちょ、ちょ、ちょっと恥ずかしいけど体を使って想いを伝えるか。うーん……迷います。

 夜空を見上げて言葉選びに悩んでいると、後ろから足音が聞こえました。もう、翔馬くんが戻ってきたようです。


「あ、お帰り翔馬くん。早かった……」


 でも、後ろにいたのは翔馬くんではありません。


「……え?」

「――翔馬くん、ねぇ。翔くんと一緒にこんなところでどうするつもりだったの?」


 青山さん……。なんでここに? 皆と一緒に花火会場に行ったはずじゃ……!?


「私がここにいることが不思議。そう、思ってる?」

「ッ!」

「教えてあげようか? どうしてここが分かったか」


 青山さんがゆっくりとベンチに向かって歩いていきます。そして、翔馬くんが忘れていった鞄を持ち上げると、中から小さな機械を二つ取り出しました。赤い光が規則的に点滅しているそれが何なのか、おおよその予想が付きました。


「まさか……」

「そう。GPSと盗聴器。翔くんに悪い虫が付いちゃうと大変だから、これで常に警戒していたの」


 元のように鞄に二つを戻していく。でも、そんなもの普通用意する? 幼なじみに付けるものじゃないよね……?


「そしたら、翔くんとあんたの会話が筒抜け。翔くんが何考えているかもよく分かったし、私、よくここまで我慢したと思うわ」

「それ、どういう……?」

「察しが悪いのか認めたくないだけなのか。いいよ、教えてあげる」


 青山さんの動きが変わりました。素早く私の懐に潜り込んで腕で首が圧迫されます。自由にしていた片腕に握られているのは、以前私を脅したときに使ったあのナイフ。

 ……でも、あの時と今とでは違う。ナイフには付いていてはいけないものが付いているから。


「赤い液体……!? まさか……!」

「うん。血だよ。邪魔な害虫をもう二匹も始末したから。あぁ、殺してはないけどね」


 いや、そういう問題じゃ……。


「だから、この際ちょうどいいからあんたもね。二度と翔くんに近付かないようにしっかり教えてあげないと……」

「どうして……?」

「え?」

「どうして、そこまで焦ってるの? なんでそんなに焦るの?」


 青山さんのこの感じ……多分、その正体は焦りだと思う。でも、青山さんが何にそんな焦ることがあるのか分からない。

 図星だったのか、明らかに様子が変わった。首を圧迫する力が強くなる。


「うるさい! あんたに何が分かるの! このままだと、翔くんがいなくなる……。私の側からいなくなっちゃう……」

「いなくなる? 翔馬くんはどこにもいかないよ!」

「違う。翔くんが誰かと付き合ったら私のことなんて構ってくれなくなる。そんなの耐えられない。愛する人を守るためなら自分の手を汚す覚悟も必要……。そう教えてもらったもん!」

「誰に……!? 好きな人と一緒にいたいなら、自分の想いをちゃんと言わないと! それで勝ち取れば……!」

「……黙って聞いていたら調子に乗って……。気が変わった。あんただけは殺す。翔くんの前にも、私の前にも二度と顔を見せなくなるように」


 青山さんがナイフを逆手に持ち替えた。切っ先が赤く光っているのがとても恐ろしい……。殺意というか、冷たい感情を感じられる。

 ダメ。今の青山さんは冷静じゃない。こんな状態なのに説得なんて試みるんじゃなかった。まだ、死にたくない!

 まだ、翔馬くんに好きって伝えきれてない……!


「じゃあね。さよなら」

「いや……助けて、翔馬くん……!」


 目の前に迫る刃を見ながら、そっと目を閉じる。








 ――でも、いつまで経っても痛みはありません。恐る恐る目を開けると、ナイフの先端が私の眼前で止まっていました。そして――、


「――彩乃。お前、何してるんだ!」


 私が好きな人が、助けてくれる光景が見えました。

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