第70話 なにもかもが台無しになったのですが?
夏祭り……か。皆浮かれちゃってるね。楽しい夏祭りを満喫しているのだから当たり前か。
……でも、だからこそごめんなさい。皆の楽しい思い出を赤く染めちゃって。これは私がようやく幸せになれるチャンスなの。だから許してね。できるだけ目立たない場所で終わらせるから。
今日の私は夏祭りを楽しみに来たんじゃない。すべてに決着をつけに来た。あの女たちを殺して、翔馬くんをうちにお迎えするんだ~。
そのために場所も道具も用意してある。立ち入り禁止の場所に今は誰も使ってない小屋を見つけた。その近くまで連れ込んで、殺してバラバラに解体して埋めてしまえば絶対に分からないはず。監視カメラの類いもないことは確認してるしね。
唯一残念なのは、翔馬くんに殺らせてあげられないことかな。変に証拠とか残ると困るから、私が手際よく処理しないと。
すべての準備を終えた。後は二人を見つけてサクッと殺し、翔馬くんを連れて帰るだけ。嗚呼、夢にまで見た幸せな新婚生活がもう少しで……!
とりあえず、ロープの近くで待ち伏せ。通りかかったら、声を出せないようにして引きずっていき、地面に転がして馬乗りになってグサ。この手順を繰り返せばいいの。
その時を今か今かと楽しみに待つ。多分、あの黒髪のストーカーは近くにいる。
だってさっき、明らかにおかしな様子の女の子が走って行くのが見えたもの。あれはきっとあいつの仕業。私と同じような雰囲気のあいつにしかできっこない。
そして、遂にその時がやって来た。のこのことあの女が現れたから、計画を実行に移そう。
飛び出して背後に回り、ハンカチを口に当てて小屋まで引っ張っていく。暴れてるけど、無駄無駄。
足を引っかけて地面に倒す。素早く近くに置いてある鞄から包丁を取り出すことも忘れずに。
「痛った……なによ……!」
「こんばんわ。悪いけど、死んでね」
「なっ……! あんた、空港の時の……!」
遺言なんて聞いてやるつもりはない。お腹の上に座って包丁を振り上げる。さぁ、死ね! まずは喉を掻っ捌いてあげる!
勢いよく包丁を振り下ろす。さよなら、ストーカー。
――グシャッ。
嗚呼、いい音。肉を穿つ音ってやっぱり気持ちいいわね。私の頬に飛んだ血もすごく綺麗。命が消えるって本当に素晴らしい。それを私が奪ったという事実も。
この手に残る痛みが、私を快感に導いてくれる……。
……え、痛い? なんで……痛みを……?
「ふふっ、ばーか」
背筋が冷たくなる。どうして喉を裂いたのにそんな喋ることが……?
体が震えているのが自分でも分かる。恐る恐る視線を下げると、私の包丁は女の顔のすぐ横の地面に刺さっていた。そして、私の手を銀と赤が混じったナニカが貫いている。
「襲われた時に用意してるに決まってるじゃない。ほんとバカね」
刃物……!? 私が刺された……!?
怖い。どうしようもなく怖い。こいつ、絶対におかしい。こんな、躊躇いなく……!
「予想はしてたけど、やっぱりこういうこと平気でやるんだ。白崎以上にうざいわよ。死んで当然なくらいには」
「痛い……痛い……ッ!」
「さぁて、どうしてくれるの? 服も汚れたし、翔くんと一緒に踊れない時間じゃない。何回殺したら償いになる?」
本気の殺意……! 目が怖い! このままだと冗談抜きで殺されちゃう!
追いかけてこられたときのために素早く包丁を拾って逃げる。嫌だ、死にたくない!
手出しするんじゃなかった! 完全に盲目になっていた! 翔馬くんとの生活を手にするためにはあいつをどうにかしないといけないのに、無理……。あんなの、どうしようもできない……。
手の痛みと、翔馬くんを手に入れる計画が上手くいかなかった怒りで周りが見えてなかった。気がつくと、私は道路に飛び出していて横からトラックが迫ってきている。
「あ、死……」
「危ない!」
誰か男の人に腕を引っ張られて引き戻される。派手なクラクションを鳴らしながらトラックは走り去っていった。
「危なかった……。赤信号だよ。ちゃんと見て」
「……うるさい! 余計なお世話よ! 離しなさいよ!」
心配してくれたのに、苛立っていてつい腕を振り払ってしまう。面倒なことにならないように包丁の切っ先を向けると、水色の制服が見えた。
「……あれ?」
「包丁……ちょっと交番まで来てもらおうか」
「こちら巡回中の○○。銃刀法違反の疑いで一人の女子を任意同行する。どうぞ」
警察官……? え、そんな……。
赤色灯が見える。嗚呼、どうしてこうなったんだろう……。どこで間違えたのだろうか……。
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