第55話 計画が失敗してピンチなのですが?

 無様に土下座を晒す男を前に、思わずため息を吐いてしまう。ほんと、使えない奴ばっかりでうんざりしちゃう。まぁ、最初から特に期待なんてしてなかったけど。

 でも、別にいいよ。失敗くらいは私だって鬼じゃないから、少しのペナルティで許してあげる。

 けど、けどね。翔くんに怪我させたのだけは絶対に許さない。本当ならこの場で殺して海の底に沈めてやりたいくらいだよ。


「ご、ごめんなさい! 俺が悪かったです! 悪かったと思ってますから!」


 そもそも、ちゃんと私は言っておいたはずなのにね。翔くんに万が一のことがあれば容赦はしないって。長々と十分も演説したのに、まさかまだ分かっていなかったとは。


「次は上手くやるから! きっと上手くやってみせるから!」


 次? こいつは何を言ってるのだろう? 一度失敗して顔を覚えられているのに、次なんてあるはずがないじゃない。やっぱり、使えない愚図はどこまでもねぇ。


「だから、あのことは……」

「さっきからうるさいよ」


 必死な言い訳も、聞き続けると飽きてきた。怒っている私の神経を逆なでするなんて、度胸だけはあるんだね。ただ、ここでその度胸を発揮するのはただの自殺行為だよ。

 残念なことに、本当に残念なことに今は手持ちが少ないんだよね。だから、仕方ないから警察官に引き渡すことにするよ。


「私、失敗は許してもよかったんだよ。でも、お前は翔くんを殴ったよね」

「!? あの人が翔くん……!?」

「絶対に許さないって教えたのにね。あーあ、私だってやりたくなかったけどなぁ~」

「ま、待ってくれ! 待ってください! 彼女には、あやには何もしないでください! 彼女は関係ないんだ!」

「知らないし。悪いのはお前でしょ?」


 踵を返してこの場から去ろうと歩き出す。後ろに注意を向けると、うん、予想通り食いついた。そりゃ、危ないと分かったら私をどうにかしようとするよね。

 後ろから倒されて組み伏せられる。翔くんもここまで積極的だと嬉しいんだけどね。


「俺は悪くない……こいつが悪い……」

「あのさぁ、重い」


 かかとを振り上げて男のお尻を蹴る。ちょうど睡眠薬を塗った仕込み針が上手く刺さり、眠らせることが出来た。油断しすぎだよ。


◆◆◆◆◆


 意識を取り戻した男を警察に引き渡して、私は翔くんたちの所まで帰る。あの人、パトカーに乗せられるときに彼女さんにはっきりと別れを告げられていたね。ざまぁみろ。

 さすがに白崎が邪魔だったから、使えそうな駒を探していたんだよね。そんな時に見つけたのがあいつだった。

 これみよがしに目の前でうろちょろしてたら、彼女さんがいるってのに手を出してきたから、そのことをネタに軽く脅して利用したんだけど……さすがに使い物にならなかったか。

 それに、逆効果になっちゃったじゃない。翔くんが白崎のピンチを救ったことで好感度上げちゃったよ。あの時、もっと強めに止めておくんだった。

 さて、これからどうやって処分しようかな? さすがにあの家の中じゃ手出しなんて出来ないし、かといって放置したら万が一があるかもだし……。


「んなぁーっ! どうしよう!」


 本当に困った。さて、どうしたものか。

 考えてもいい案が出ないときは、後回しにすればいい。そのうちいい案も浮かぶでしょ。

 海の家でかき氷を買って帰る。私たちのパラソルの所に帰ってくると、お母さんが翔くんを捕まえて頭をなで回していた。


「このこの~。沙耶香ちゃんの危機を救ったんだって~? やるねぇ」

「翔馬くんだけじゃなくて、青山さんも私を守ってくれたんですよ」


 知らないっていいわよね。私はあんたを排除しようとしたのに。

 翔くんの隣で笑う白崎か。ほんっと、むかつく。

 さすがにこの顔で帰るわけにはいかないから、適当に砂浜を蹴って落ち着く。それから、笑顔で帰るとしよう。


「お待たせー。ごめんね、遅くなっちゃった」

「あ、お帰り」


 翔くんからのお帰り! これだけで生きててよかったと思えるよ。

 そんな翔くんが、殴られた頬に氷を当てているのは、心が痛む。殴ったのはあいつだけど、その原因を作っちゃったのは私だもんね。なにか、お詫びしないと。


「翔くん、かき氷食べさせてあげる。翔くんの好きなイチゴシロップにしてるから」

「はは、それ、どのシロップも味変わらないらしいけどな」

「気持ち次第だよ。はい、あーん」


 翔くんが氷を食べる姿、見ていて癒やされる……。お詫びのつもりが、私がいい思いをしちゃったよ。

 それに、このスプーンが翔くんの口の中に入ったと思うと興奮してきた。翔くんとキス……!

 もう今は白崎の処分とかどうでもいいや。今はただ、この時間を大切にしよう……。

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