第46話 我が家に帰ってきたのですが?
バスが学校に到着する。高校生活最大のイベントである修学旅行が終わる。
順番に校庭に入っていくと、すでに各家庭の親が車で迎えに来ていた。校庭はいっぱいいっぱいだ。
これは、早くバスが出ないと混雑する。そこら辺を分かっている田中先生は、SHRを短く簡潔に終わらせた。
「みんな、お疲れ様。気を付けて帰るんだぞ。土日でゆっくり体を休めるように」
それだけ。
バスが停車する。ドアと荷物スペースが開き、生徒たちが降りていく。俺も、バスに揺られて閉じかけていた眼を開いてゆっくり移動する。
俺と彩乃は家が近いから迎えは来てない。薄情な親たちだ。
荷物を持って家への道を歩き出す。その前に、一瞬後ろを振り返った。視線の先には、白崎さんがいる。
お母さんらしき人と楽しそうに話すその姿を見ていると、なんだか心が苦しくなってくる。あの笑顔を、俺はもう一度見ることができるのだろうか?
「――どーしったの?」
「……彩乃か。なんでもないよ」
そうは言ったが、さすがは彩乃。瞬時に俺が何を考えていたのか分かったようだ。俺の目線を追って白崎さんを見る。
「……なーんだ。そういうこと」
「……まぁ、な」
「ふーん。翔くんさぁ、あんな奴のことなんてきっぱりと忘れたらいいんじゃない?」
……その物言いは、さすがに聞き捨てならない。
「せっかくの翔くんの告白を踏みにじるなんて最低じゃない。あんなの、翔くんに近づいたら翔くんの人格まで……」
「……黙れ」
思わず、キツい言葉が出てしまった。驚きの表情を浮かべる彩乃を見て、少し冷静になる。
「あっ、ごめん。ちょっと言いすぎたな」
「う、ううん。別にいいの」
「でも、白崎さんのことをそんな風に言うのはやめろ。いくら彩乃でも許せない」
「あ、ごめん……謝るから、許して……」
大人しくなって謝る彩乃。ほんと、何やってるんだろうな俺は。
半ば八つ当たりみたいに彩乃にキツい言葉を発して、こうして謝らせて。今の自分が嫌いだ。
その後も、微妙な空気を拭えないままに帰り道を歩く。学校から家まで、彩乃とは一言も言葉を交わさなかった。
これはまずいな。せめておかんと親父、蒼一さんや志乃さんに心配をかけないようにしないと。
玄関前で笑顔を作る。ぎこちない笑顔になっていないことを祈りつつ、扉を開けた。
「ただいまー! 帰ったよー!」
「た、ただいまーっ!」
彩乃の家は真っ暗だから、どうせうちに全員いるんだろう。俺たちが帰ると同時、おかんが玄関に来る。
「お帰り~。お土産は?」
開口一番それかい! もっと他にないのかよ!
とりあえず、お土産が入った重たい鞄をおかんに押し付ける。一瞬嫌な顔をされたが、気にしなさんな。中身はいいもの。
おかんにご飯は? と訊ねると、まだできてないとのこと。なら、先に風呂にする。
自室から着替えの下着とパジャマを持って風呂場へ。さっと服を脱いで湯船に浸かる。温かなお湯に浸っていると、何もかも忘れてボーッとできそうだ。
そのままお湯を堪能していると、浴室の扉が開いた。何事かとそちらを見ると、彩乃がタオルを巻いて押し入ってきていた。
「なっ!? おまっ!?」
「わ、私も入る! 翔くんに許してほしいし……」
許す? なんのことだ?
「どういうこと?」
「ほら。私、さっきは白崎のこと悪く言っちゃったじゃない。それを反省して、翔くんに許してもらいたいの……」
「なんだ。そのことか」
あれは、俺が悪い。彩乃は率直な意見を言っただけで、俺が勝手に怒っただけだから。
怒ってない旨を伝えると、彩乃はホッとしたようや顔になった。そして、湯船にゆっくりと入ってくる。
背中同士を合わせてお湯に浸かる。
「――ねぇ、翔くん」
「なんだ?」
「恋、ってさ。その場だけのものじゃダメだと思うの」
彩乃の口調はまじめだった。俺は、彩乃が話すすべての内容を聞き漏らさないように耳を傾ける。
「付き合ってゴールじゃないの。そこから結婚、出産、育児……いろいろあると思うんだ」
「そうだな」
「だからさ、相手はきちんと選ばないと」
彩乃が俺の背中にもたれかかってくる。
「だからこそ言わせてほしい。白崎を諦めきれないならそれでいいよ。また、告白の機会を作ればいい。……けど、あの女はやめたほうがいいよ」
「あの女……歩美さん?」
「そう。あれは、翔くんに悪影響しか与えない。もう、関わらないほうがいい」
彩乃が立ち上がって湯船から出る。さっと体と髪を洗って、浴室から出ていこうとしていた。
扉を開き、俺へと振り返る。
「それに、恋は諦めることも大切だよ? いつまでも同じ相手にこだわるよりも、自分を愛してくれる人を探す方法もある」
「そうか。覚えておくよ」
「うん。それに、翔くんのすべてを受け入れて、愛してる女の子が近くにいるってことも、覚えておいてね」
諦める……ねぇ。でも、やっぱり俺は諦めきれないな。
一度や二度の失敗がなんだ。まだ、早かっただけ。
俺と白崎さんの距離が急に開くわけじゃない。もっとゆっくりと縮めていって、最後には結ばれたらいいんだ。
彩乃の言うことはもっともだ。でも、俺と白崎さんなら、きっといい家庭をもてるはず。そうしてみせる。
俺も浴室から出る。そして、ご飯の前に駿太に連絡を取りたくて自分の部屋へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます