第45話 榊さんと話し合いなのですが?

 北海道の雄大な自然が、どんどん眼下に小さくなっていきます。針葉樹林が立ち並び、風に揺られているその姿は、まるで私たちを見送ってくれているよう。

 飛行機は段々と高度を上げ、雲の中に突入しました。少し、どんよりとしています。五月でも、雪は降るのでしょうか?

 ……今の私の心境みたいです。


「……はぁ……私、これからどうしよう……」


 もう、何もかも終わりです。はは……結局、こうなるんですね。乾いた笑いしか出てきませんよ。

 せっかく、大好きな翔馬くんが私に告白してくれたのに。きっと、勇気を出して告白してくれたのに……!

 他ならぬ私自身が、それを……拒否してしまった……!


「うっ……ひっく……もう、どうやってもやり直せないよぉ……!」


 辛い。悲しい。もう一度、チャンスが欲しい。次は間違えないから。絶対に間違えないから! もう、覚悟は決めたから!

 ……でも、現実は残酷です。時間が戻ることはありません。

 失われた時間は、チャンスは、もう二度と、取り戻せないのです。


「……分かってる。でも、やだよぉ……翔馬くんのこと、諦めきれないよぉ……!」


 でも、どの面下げて翔馬くんとお話しすればいいのでしょう? 翔馬くんの告白を断ったのは私。それはつまり、私自身が翔馬くんとは付き合えないという意思表示に他ならない。

 そんな私が図々しくも翔馬くんとお話しなんてできるわけありません。誰も許してくれない。

 もう一度、大きなため息を吐きます。気分を少しでも良くしようと、搭乗前に渡されたイヤホンに手を伸ばして……。


「――ねぇ紗耶香。どうして断っちゃったの?」


 声が聞こえたので、私はイヤホンを置いて隣の席に視線を向けます。

 お隣は、私の友だちの榊天音さんです。そうだ、榊さんにも謝らないと。せっかく、私の恋を応援していろいろと手を尽くしてくれたのに。


「ねぇ。どうして、断ったの?」


 もう一度、先ほどよりも少し強く問われます。榊さん、訝しげな瞳で私の視線に合わせてきました。

 これは……どう、説明したらいいのでしょうか? こんな説明で、満足してくれますかね?


「……自信が……なくなっちゃったの」

「自信?」

「うん。青山さんに言われたことを考えたら……自信がね……」

「彩乃? ……ちなみに、なんて言われたの?」


 私は、青山さんに言われたことを榊さんにも話してみます。思い出しながら、丁寧に。


▼▼▼▼▼


『良かったじゃない、おめでとう』


『もちろん、翔くんを幸せにできるんだよね?』


『翔くんの言うことはなんでも聞くよね?』


『悲しませるようなこと、もちろんしないよね?』


『浮気なんか、しないよね?』


『翔くんのこと、大事にできるよね?』


『翔くんと一緒になるんだから、自分のことも大事にするよね?』


『例えば……になんてあわないよね?』


『まさかだけど……死んだりしないよね?』


『あっ、いろいろ言っちゃってごめんね。とにかく、おめでとう』


▲▲▲▲▲


「――えっ、なにそれ怖ッ!」


 話を聞いた榊さんが引いています。私も始め、これを聞いた時は背筋が凍りつくかと思いました。

 榊さんは、腕を組んで何かを考え始めます。


「彩乃……そこまでして翔馬を取られたくないの……!?」


 やっぱり、青山さんの妨害……なんですかね? 私、正直青山さんが恐ろしく思えます。

 ホテルで、私のこと本気で殺そうとしてきましたし。できれば関わりたくない。

 でも……!


「紗耶香。確認だけど、翔馬のことを諦めたわけじゃないんだよね?」

「え? そんなの、当たり前……!」


 だからこそ、私は覚悟を決めた。青山さんは間違ってる。

 このままだと、翔馬くんまで危ないかもしれない。だったら、私が翔馬くんを助けなくちゃ。青山さんだって、話せば分かってくれるはず。

 榊さんが、笑顔で肩を叩いてくれました。その顔を見ていると、自然と力が溢れてきます。


「紗耶香の心配はあれでしょ? 翔馬と話しづらくなっちゃったことでしょ?」

「う、うん……」

「そこは安心して。あたしたちに任せな」

「私……たち?」


 榊さんが機体の少し前を指差します。私も後を追って見ると、河野くんが手を振ってくれていました。以心伝心ってこういうことですかね?

 でも、元気が出てきました。榊さんが協力してくれるなら、もう一度……!

 まだ、終わってないと思っていいですか? もう一度、チャンスがあると思っていいですか?

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