第41話 自称ライバルが現れ、怖いのですが?

 午後、俺は一人で斜面を滑走していた。悩みや緊張を吹き飛ばすには、やはり風になるのが一番だ。スキーは、今の俺にピッタリと言えよう。

 スキー場にいられるのはおよそあと二時間。それが終われば次は札幌の町での自由行動だ。

 その時に――想いを伝える。ハッキリさせよう。

 断られるのが怖くないのかと言われたら怖いと答える。でも、その失恋を糧に次に繋げられるように努力する。……自信はないが。

 好きな人に想いを伝えるってこんなにも緊張するんだな。何日も準備して、ようやく告白する。

 ……振られたら俺、死ぬかも。次に繋げる云々の前に、立ち直ることすらできなくなるかも。

 あーもうやめやめ! 告白前にブルーになってどうする! 今、俺は風だ。風なんだ。余計なことは考えるな!

 人々の合間を縫うように滑り抜け、速度を上げて滑る。と、前方が詰まっていた。ここらで減速っと。

 速度を落としてゆっくり歩く。すると、後ろから何やら不穏な気配が迫ってきていた。


「どけどけ! ぶつかるぞぉ!」


 などと叫びながら、本当にぶつかってきた馬鹿が嫌がった。かなり速度が出ていたので、俺とそいつで斜面を転がっていく。

 ちくしょう、危うく雪だるまにされるところだった。これ以上傷つくことはないんじゃなかったのか……?

 俺は素早く立ち直り、ぶつかってきた馬鹿――彰のところに歩いていく。


「お前なぁ、もう少し速度落とせ。前が詰まってるんだから」

「悪かったよ。前みてなかった」


 お前、絶対に免許とるなよ。なんてツッコミは置いておこう。

 彰を立ち上がらせ、雪を払ってやる。彰は、すぐにスノボに乗っていってしまった。

 さて、俺も行こう。えーと? スキー板は……あった。

 装着し直し、一歩を踏み出して……、


「あぶなーい!!」


 二度目の衝撃。お前ら揃いも揃って前をみろ! スノボもスキー板も、底に刃があるんだからな! 流血沙汰になるからな!

 だが、先ほどよりは速度が出ていなかったので大した衝撃にはならなかった。

 俺は、ぶつかってきた女性の手を持って立ち上がることに協力してあげる。


「す、すいません、ありがとうございます!」

「いや。でも、気を付けてくださいよ」

「はい。……あれ? あっ!」

「ん? あ、君は……」


 ショッピングモールと空港で会った女の子だ。確か名前は……、


「歩美さん……だっけ?」

「う、嬉しいです! 覚えてくれていたんですね!」


 たまたまだとは言いづらい。固有名詞を覚えるのはどうにも……。

 しかし、そうか。この子とはつくづく縁があるな。行く先々で会うんだよなぁ。日本広しなのに、つい最近知り合ってからここまでの遭遇率はないだろう。

 それは相手も同じことを思っていたようで、照れたように言ってくる。


「これ、運命かもしれませんね?」

「え? えと?」

「あの白髪の女の子……彼女さんじゃないんですよね? なら、私にもチャンスはありませんか?」


 い、言えない! 彼女じゃないけど好きで、これから告白しようと思ってるだなんて言えない!

 でも、このまま勘違いさせ続けるのは悪い。ここは、俺のことをすんなりと諦めてもらおう。


「あー、実はさ。俺、あの子が好きなんだよ。そんで、今夜告白しようと思ってる」

「え? ……そんな……」

「だからさ、ごめん。チャンスは多分、ない」


 現実を突きつけるのが一番。嫌われようが、ごめんなさいだ。

 でも、返ってきた返事は俺の予想の斜め上をいくものだった。


「成功するって保証なんてないですよね?」

「え? まあ、確かに」

「じゃあ、私にもまだチャンスはあるんじゃないですか?」

「それは……」

「振られたら落ち込みますよね? 大丈夫です、その時は私のところに来てください。私、君のことを慰めてあげますから」

「え、えと……?」

「私、都合がいいだけの女でもいいんで。その分、あの二人よりもお手軽だと思いますよ? 二人のライバルではあるけど、私が一番都合よく使えますって」


 光を感じさせない瞳で顔を近づけてくる。

 待って待って! なにこの子怖い!! あれ? こんな子だっけ?

 ショッピングモールでも空港でも、こんな片鱗は一切見せなかった。それが逆に恐怖を増長させる。

 彩乃並みにヤバいの出てきたー! こういう、精神的にくるのはあいつだけで充分なんだけど!?

 と、歩美さんがさっさと滑り出す。


「ぶつかってごめんなさい。あと、さっきの話は本気ですから。もし振られたら、私に乗り換えてもいいですからね?」


 そう言い残し、あっという間に滑っていってしまった。

 ……どうしよう。白崎さんに告白断られたら、精神的に死ぬとか言っていたけど、これ、現実的にも死ぬ気がしてきた。

 背筋に冷たいものを感じる。ただこれは、雪の寒さではないはずだ。きっと。

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