第36話 小樽観光は終わりなのですが?

 オムレットを堪能した俺たちは、食べ終わると店を離れて町の奥へと進んでいく。小樽の町には、他にもいろんな店があって楽しい。

 立ち並ぶスイーツの店。明治時代のようなレンガ造の建物。土産物店も多く、人々の往来も盛んで活気づいていた。

 さぁて、これからどこに行こうか? 迷っていると、彩乃が服の袖を引っ張ってくる。


「ヴェネチィア美術館だって! ここ入ろうよ!」


 彩乃が指差したのは、一際大きな建物だ。ヴェネチィア美術館ということは、ヴェネチィアに関しての物がいろいろ展示されているのだろうか? でも、どうしてヴェネチィア?

 考えていると、ガイドさんが説明してくれた。


「この小樽は、東洋の水の都、と呼ばれているんですよ。ヴェネチィアも西洋の水の都だから、その繋がりですね」

「なるほど……」

「この美術館には、ヴェネチィアガラスやダイアナ妃のゴンドラが展示されてますよ。それに、コスプレをして写真を撮ったり、ガラス土産を買うこともできますよ」

「コスプレ!! 翔くん早く!!」

「あー、残念だけど彩乃ちゃん。それはできないよ」


 駿太が修学旅行のしおりを開いて読んでいる。そのページはちょうど、小樽観光の注意を書いたところだ。

 長々と注意書きされている最後の一行。そこにはっきりと書かれてあった。


『美術館でのコスプレは禁止です』


 その文字を読んだ彩乃が固まる。そんなにコスプレしたかったのか? よく分からん。

 だが、固まっていたのも一瞬。彩乃はすぐに再起動して俺の服を引っ張り移動した。そのまま美術館に入っていく。

 館内はすごかった。中央で存在感を主張しているゴンドラ。これが、ダイアナ妃が乗ったとされるゴンドラか。そして、左右に並ぶ多くのガラス細工。土産物店だろうな。

 外界から隔絶されたような空間がそこには広がっていた。


「すごいな」

「あっ、ガラスペン! あれオススメらしいよ。翔くんにプレゼントしてあげる!」

「高いからいいよ。それより……うん。俺がこれ買ってやるよ」


 自分でもどうしてこんなことをしたんだろう? 俺は、お揃いのキーホルダーを手に取った。


「キーホルダーとかいいんじゃないか? 鞄とかにも付けれるし」

「え、でも、それ、お揃いのやつ……」

「あぁ。なんか、可愛いと思って欲しくなったんだよ。ついでだし、彩乃にもってな」

「翔くん……! ありがとう好き! 結婚しよ!」

「冗談はこんな大勢の前で言うもんじゃない」


 店員さんに苦笑された。少しこっぱずかしい。

 キーホルダーを彩乃にプレゼントしてやり、俺たちは美術館を出る。外には、彰だけが取り残されていた。白崎さんと駿太、天音はどこ行った?


「おい彰。三人は?」

「ん? あっちのお土産屋さん。買いたいものがあるんだとよ」


 三人で歩いて迎えに行く。一体、何が欲しいんだろう? 少し気になる。

 やって来たのは、最初にオムレットを食べた店の総本店だった。他の店舗よりも広く、品揃えも豊富。

 当然、人の数も多いので目的の人物を見つけるのも苦労する……と、思ったのだがそうはならなかった。

 この人混みでも、あの美しい銀色の髪とバカップルは目立つ。

 三人とも買い物は終えたようで、両手に紙袋を持っていた。


「あっ、翔馬おかえり~。あたしの父さんがここのチョコレート好きらしいからね、買ったのよ」

「一声かけていけばよかったね。ごめん」

「いや、いいよ。俺と彩乃も勝手に離脱したし」


 しっかし、えらく買い込んだな。だいぶ使っただろうに。

 さて、行動可能範囲は一周したし、何よりそろそろ集合時間だ。もう少し、時間を多くとってほしいものだけどな。

 六人揃って駐車場に戻っていく。先頭の四人集団から離れて、俺と白崎さんが歩いていた。


「小樽の町、楽しかったね」

「うん。翔馬くんがくれたオムレット美味しかったよ。それに、まるで外国に来たみたいだった」

「建物だろ? 本当に綺麗だったよな!」


 白崎さんと顔を見合わせて笑い合う。以前には考えられなかった光景に、自然とテンションは上がる。

 駐車場に続く信号。赤信号が変わるのを待っていると、白崎さんが袋から小さなストラップを取り出した。それを、俺の持ち歩き用の小型バックに取り付ける。


「白崎さん?」

「お礼。翔馬くんにはいつももらってばかりだから、お返しできたらなって」


 俺の鞄でゆらゆら揺れるキツネちゃん。その白い毛並みは、まるで俺が送ったキツネのキーホルダーのよう。


「まるで、あのキツネとお揃いみたいだな」

「っ!? そ、そうだね! 偶然だね! すごいね!」


 ? やけに慌てるな。でも、そんな姿も可愛い。

 俺たちはバスに乗り込む。楽しかった小樽の町は、これにてさよならだ。またいつか、もう一度くらい来たいな。

 バスがゆっくりと動き出す。この後は、夕食とホテルのために札幌へと移動するのだ。

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