第35話 小樽でスイーツを食べるのですが?
バスを降りて、先生から諸連絡を受けた俺たちは、早速小樽の町へと繰り出していく。時間の都合上行動範囲に制限はあるが、それでも充分に楽しめそうだった。
駐車場横の信号を渡り、町のほうへ。
「さて、どこに行く?」
見せつけるように駿太と恋人繋ぎをしている天音が楽しそうに言った。あーあ、俺も恋人繋ぎとかしてぇなぁ。
「榊さんいいな……ねぇ翔くん! 私たちも!」
彩乃が指を絡めてくる。うん、嬉しいことは嬉しいよ? でも、ときめきを感じない。何年もずっとやられてきたらそりゃあムードもなにもないわ。
と、手持ちぶさたになったのが彰と白崎さんだ。白崎さんが手を伸ばしては引っ込めを繰り返している。
ここで彰が動いた。だいぶ勇気あるなー。
「なぁ白崎さん! よかったら俺と……」
「あっ、ごめんね?」
彰撃沈。そして、そのことにホッとする俺がいた。白崎さんは渡せない。
肩を落とし、哀愁を漂わせながら歩く彰。な、ナンカカワイソー。
そんな彰へと声をかける人がいた。チョコのお菓子を試食として配っているお兄さんだ。てか、大盤振る舞いだな。このお兄さん、商品の箱を開けて試食にしてるぞ……。
「どうしたんだい? さあ、チョコを食べて元気を出して!」
「うぅ、あざます」
彰がチョコを受け取った。あっ、見事に釣られたなあいつ。これはこの流れで店に入るパターンだ。
お兄さんは俺たちにもチョコを差し出してくる。ここは、遠慮せずに受け取っておこう。どうせ、この店には最初に入ろうかと悩んでいたところだ。
小樽の町で有名な洋菓子舗がこの店だ。親父が、「苺とクリームを甘い生地で包んだスイーツは食べておけ」と、言っていたことを思い出す。
俺たちは全員がチョコを受け取って、食べながら店内に入る。幸い、早めにバスから出発したおかげで他の生徒は少なかった。他校の生徒やうちの生徒が来る前に、目的のものを買ってしまおう。
店内のお持ち帰りスイーツ販売レジに急ぐ。にこやかな笑顔のお姉さんが注文を聞いてくれたので、迷いなく答える。
「オムレット三つお願いします」
全員分買いたいが、さすがにそこまでお金に余裕があるわけでもない。俺と彩乃と白崎さん用だ。
オムレットを受け取り、外の飲食スペースへ。やはり、店内に次々と修学旅行生が入ってきはじめてた。セーフ。
外には、お土産の袋を三袋も抱えた彰と、ショートケーキを食べさせ合いしている駿太と天音がいた。
……その、なんだ。いたたまれない。
「彰、これ、あげるよ」
「おっ、サンキュー! どういう風の吹き回しだ?」
とりあえず、彰に俺のオムレットを渡す。恐らく気にしていないだろうが、これを食べて元気を出してくれ。
と、彩乃と白崎さんが店から出てきた。二人とも、お土産にチョコをたくさん買っている。
「あーっ! 翔くんがいいもの持ってる!」
早速彩乃が俺が持っているオムレットに気づいた。彩乃の袋を持ってやり、代わりにオムレットを渡す。
「え?」
「やるよ。こういうの好きだろ?」
「翔くん……ありがとっ!」
満面の笑みで席につき、美味しそうに食べ始める彩乃。周囲の視線が自然と集まってくる。忘れそうになってたけど、こいつ、見た目だけはいいんだよな。
おっとそうだ。白崎さんにも渡さないと。
「はい、荷物貸して。白崎さんも食べなよ」
「えっ!? でも、私は……」
「もしかして、嫌いだった?」
「ううん! でも、それは翔馬くんのじゃないの?」
「俺のは彰にあげたよ。だから、遠慮しなくていいよ」
白崎さんがオムレットを受け取り、荷物を俺に預けてくる。少しうつむいているが、口元を少し緩めたことを俺は見逃さなかった。この何気ない仕草だけでも、充分価値があるよな。
さて、皆が食べ終わって移動できるようになるまでどうしようか。
「あれ? 翔くんの分は?」
「ん? 彰にやった」
「そうなんだ。じゃあ、私が分けてあげる」
彩乃がスプーンで少し切り分け、俺の口へと運んでくる。せっかくだし、少しいただこう。
差し出された一口を食べる。なるほど、ほどよい甘さの生地に、それを引き立たせるクリーム。苺も甘すぎず、ほどよく酸味をまぜてある辺りが分かってる。さすがは名店だ。
俺がオムレットの余韻に浸っていると、彩乃が爆弾発言を投下した。
「えへへ、これで間接キスだ」
ん? え? あっ! そうだった! それ、使用途中のスプーン!
おいやめろ! スプーンを舐めるんじゃない! 絵面的にそろそろアウトだから控えなさい!
天音と駿太に大笑いされる。畜生、どうしてこいつはいつもいつも……。
どことなく残念な幼なじみに呆れながら、俺は天を仰ぐ。
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