第34話 事件の香りがするのですが?

 医療スタッフから注意を受け、俺はボーッと活動終了を待つ。腰を強打したため、やはり木には登らせてもらえなかった。

 大人しく活動終了を待つ。本当に退屈な時間だけが過ぎていく。

 そして、ようやくアドベンチャーパークでの活動が終了した。各々、ここに来たときに乗ってきたバスへと引き上げていく。

 俺も、痛む腰をさすりながら立ち上がる。端から見たら腰を痛めた老人だな。この年でこのポーズを取るのはなんか嫌だ。

 ゆっくりとバスに向かって歩いていると、後ろから誰かの気配が近づいてきた。その誰かが、俺の腕を持ってその人の肩へと回してくれる。おかげで楽に歩けるようになった。

 誰だろうと気になって横を見ると、特徴的な白銀の髪が風に揺られた。


「白崎さん?」

「翔馬くんが怪我しちゃったのは私のせいだもん。これくらいはしないと」


 いや、落ちたのは自己責任だしそこまでしてくれなくてもいいんだけどな。

 でも、お言葉に甘えるとするかな。正直この体勢だと楽だし、それに、白崎さんと密着できてるし。甘い香りが鼻腔をくすぐり、幸福な気持ちでいっぱいになる。こんな時間がずっと続けばいいのにな。

 だが、残念なことにすぐにバスに到着してしまった。もう少しくっついていたかったな。

 バスに乗ってホテルへと戻っていく。その道中、この件を彩乃にどう説明しようか迷う。あいつ、絶対に騒いで物騒なこと言い出すぞ。予言してやる。

 ゆらゆらとバスに揺られ、ホテルまで戻ってきた。ここでお昼を食べて、次の場所に移動する。

 帰ってくるまでの道中で、痛みはだいぶ和らいだ。それでも、まだ腰を中心に鈍痛は残ってるけど。

 バスを降りて食事会場へ。俺たちアドベンチャーパーク組が一番に帰ってきたので、お昼の牛丼は好きなだけ盛り放題だ。ラッキー!

 痛む腰を気にして、山盛りにした牛丼をひっくり返さないように慎重に席に運ぶ。これ、明日のスキーまでには治っててくれないかな?

 箸を手に持ち、牛丼山に挑もうとしたところで声がかけられた。


「隣、座っていい?」

「あっ、白崎さん。いいよ」


 白崎さんがはにかんで、俺の隣の席に座る。牛丼が、俺と変わらないくらいに盛られていたのは少し驚いたが。

 二人で牛丼を食べていると、どうやら他の組も帰ってきたようだ。田中先生が慌てた様子で近づいてくるのが見える。


「おいおい大丈夫か和田? 木から落ちたって中村先生から聞いたぞ?」

「事実ですけどね。でも、痛みも和らいでますし大丈夫ですよ」

「無理はするなよ。明日のスキーも、痛みが残ってるようならやめること」

「えー……」

「えー、じゃない。明日の朝、確認するからな」


 少し笑いながらお昼を取りに行く田中先生。それと入れ替わるように走ってくる女子が一人。遠目でもかなりの焦燥を感じられる。


「翔くん平気!? どこも怪我してない!?

誰にやられたの!? ちょっと一生家から出てこれないようにするだけだから教えて!」


 ほら見たことか。物騒なことを口走ってるぞ。早口で捲し立てられると余計に怖いからやめい。


「少し腰を痛めただけ。雪解け水で滑ってドジ踏んだだけだから」

「そう? なら、いいんだけど……」

「そう。だから心配するな。それより、早く行かないと牛丼なくなるぞ?」


 何度も視線を俺に向けながら、彩乃が離れていく。まったくあいつは……心配の度合いがオーバーすぎる。


「ったく、濡れた床で滑るなんてよくあることだろうに……」

「……違うの」


 ん? 白崎さんがおかしなことを言わなかったか? 違うってどういう……?


「実は、あの時誰かに背中を押されて……」

「はぁっ!?」


 そんなの、殺人未遂じゃないか。許せる許せないの話で片付けていい問題じゃない。最悪、警察も呼ばないといけない案件だ。

 少し、声のトーンを抑えて尋ねる。


「それ、本当なの?」

「背中の中央に少し強めに力が……ううん。勘違いかも。ごめんね?」


 白崎さんが食器を片付けに席を立つ。

 どうも気になる。白崎さんの話が本当なら、もう少し周囲を見ておかないと。ちょっとばかし警戒を強めておこう。

 俺も、食器を片付けてから移動のために荷物を纏めるため部屋に戻る。


「お待たせ翔くん! ……あれ? どこ?」


………………………………………………


 全員が昼食をとり、バスに乗り込んで移動する。次の目的地は小樽の町だ。小樽で少し観光して、札幌市街へと向かう。

 バスの中では、通路側を彩乃に押さえられていた。学習したのか、二人席だ。


「ねぇねぇ翔くん! ガラス細工とかお土産にどう?」

「いいねぇ。でも、あれって高いだろ?」

「大丈夫! 翔くん貯金からお金を引き出してきたから!」

「……なに貯金だって?」

「さあ?」


 いやお前、今、俺の名前がついたおかしな貯金の名前出しただろ? これは、後日問い詰めないと。

 俺が一人決意を固めていると、前の席からひょっこりと天音が顔を出した。


「ねぇ! どうせならさ、この六人班で小樽の町も歩かない?」

「えっ? ……やだ。翔くんと二人で歩くから四人で楽しんでて」

「何でだよ? 皆で行ったほうが楽しいだろ?」

「だって……」

「後で何か買ってやるから。な?」

「むー……お揃いのキーホルダーね」


 不満そうに頬を膨らませて彩乃が渋々了承する。そんな彩乃の様子を苦笑して見ていた天音が、こっそりと俺に耳打ちしてきた。


「ほら、これで紗耶香とも歩けるでしょ?」

「あっ、そうか。ありがとう天音」

「ふふっ、お礼なら二人の婚姻届に証人として署名するだけでいいのよ?」

「おい」

「冗談よ」

「おーい榊ー。高速道路だぞー。席につけー」

「やっば」


 田中先生の注意を受けた天音が席に戻る。その背中に向けて、俺は手を合わせた。

 やがて、高速道路を抜けてバスが町に入っていく。小舟が浮かぶ運河に、活気溢れる町。ヨーロッパを思わせる造りの建物が建ち並ぶ。

 水の都、小樽に到着だ!

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