第27話 命の危機を感じたのですが?

 美味しいバイキングを堪能して、部屋に戻ります。さすが北海道です。お肉が肉厚で、お野菜も甘味のある素晴らしい味付けでした。

 部屋に戻った私は、鞄から替えの下着を取り出します。迷惑にならないよう、早めにお風呂に入ってしまわないと。

 シャワーのお湯が気持ちいい。5月といってもさすがは北海道。こう、夜になると少し冷えますね。

 シャンプーを泡立てて髪を洗っていきます。長くて手入れは面倒だけど、私はこの髪がお気に入りなのです。

 ボディーソープを手に取り体も洗っていきましょう。隅々まで丁寧に。……あれ? また、大きくなりましたかね?

 さて、全身の泡を落とさないと。シャワーの温水を浴びます。

 ……? 扉が開く音? 私がまだ入っているのに、誰でしょう?


「ごめんなさい。すぐに出るからもう少し待って……」


 後ろから強い衝撃。浴室の壁に体が押し付けられました。いえ、威力としては、叩きつけられた、が正しいかもしれません。とにかく、いきなりのことに戸惑ってしまいます。

 胸が押し付けられて苦しいです。お腹にも衝撃が加わったので、危うく吐きそうになってしまいました。

 耳元で、冷たい声が聞こえます。


「白崎ぃ? あんた、翔くんとショッピングモールに行ったってどういうこと?」

「あ、青山さん…?」

「質問に答えてよ? ……答えろよ!」


 今までとは明らかに違う声音。思わず、体が震えてしまいます。

 青山さんが、私の体を反転させました。間髪いれずに腕で首を圧迫してきます。気道が塞がれて苦しいです。助けて!


「私さぁ……言わなかったかな? もう翔くんに関わるなって。でもさぁ? そういうことするんだぁ? ふーん?」


 青山さんの目から光が消えています。その、据わった目がとても恐ろしいです。

 青山さんが後ろ足で何かを引っ張ってきました。それは、バスタオルです。それだけなら構いません。その上に乗っている、銀光りする細長いものと、カメラが恐怖を助長します。


「何する気!? やめて!」

「言ったじゃん。もし守れなかったら、あんたの処女膜を抉り取るって。どうせだしさ、翔くんにその姿を見てもらおうよ。翔くんも男の子だし、そういうの好きなんじゃない?」


 足を払われて倒されます。地面に背中を思いきり打ち付けてしまい、鈍痛が響いてきました。その隙に、青山さんが私に馬乗りになってきました。右手で持ったカメラのレンズを私に向け、左手にナイフを持って弄んでいます。

 今までとは一転、青山さんが笑顔になりました。でも、私はそれが怖い。


「じゃあ、オペを始めまーす」


 浴室の灯りをナイフが反射しました。その先端が、徐々に私の秘部へと近づいてきます。

 足をばたつかせて抵抗しようとしますが、青山さんの力は想像以上で、どうしようもありません。


「暴れたら痛いよ? 手元が狂って中を刺しちゃうかも?」

「やめてよ! こんなのおかしいよ! どうしてそんなことするのよ!?」

「……煩いわよ。先に、麻酔でもかけましょうか? 胸を一突きすれば、さすがに二度と喋らないでしょ」


 ……え? 胸を一突き?

 冗談にしては怖すぎます。嘘でしょ? 嘘ですよね!?

 違う。青山さんは本気です。ナイフの先端が私の左胸に添えられました。逆手に持ち変えて、より強く深く刺すことが出来るようにしています。

 やだ。やだやだやだやだやだ! 死にたくない! なんで!? どうしてこんなことに!?

 あぁ……翔馬くんの笑顔が浮かびます。これが、走馬灯ってやつですか? 私、本当に……。

 私の前で、ナイフが胸に落ちてきました。


「きゃははっ! おやすみ白崎!」

「ひっ…! がはっ!」


 ……あれ? 痛い……けど、血が出ない? どうして? 確かに、刺されたはず……。


「……ぷっ、あっはははははっ!!」


 突然、青山さんが壊れたように笑い始めました。私はただ、意味が分からず泣きながらその姿を見ているだけです。

 笑いすぎて涙を流す青山さんがナイフを自分の手に突き立てました。ですが、シャコシャコという間抜けな音が出るだけで、出血はしません。


「あははっ! これ、マジックナイフよ。なに? 本気で殺されるって思ったの? 馬鹿じゃないの?」

「あ……あぅ……」

「私がさ、警察に捕まって翔くんと一緒にいられなくなるなんてことやるわけないじゃない。やるなら、もっと完全犯罪にするわよ」


 それに、と、青山さんは続けます。


「確かにあんたは許せないけど、でも、同時に感謝もしてるんだよ?」

「え? ……感謝?」

「そう。だってさ、あの空港で会ったアバズレから翔くんを守ってくれたんでしょ? それだけはありがとうって言うわ。先にあの女から殺さないといけないしね」


 でも、それは。その次に殺されるのは私……なんでしょうか?

 電話が鳴ります。青山さんのスマホですね。コール音が翔馬くんの声なのは本当に怖いです。


「あっ! 翔くん? えっ!? 一階の自販機コーナーにいるの!? もちろんすぐに行く!」


 どうやら、電話の相手は翔馬くんのようです。青山さんが浴室から出ていきます。


「あっ、そうだ。白崎!」

「な、なに?」

「それ。お漏らししたままだと臭うからさ、もう一度洗ったら?」


 指摘されて気がつきました。恐怖から、失禁してしまったようです。

 ご機嫌な青山さんの鼻唄が遠ざかっていきます。今回は、助かりました。

 ……でも、どうしてここまでされないといけないんですか? 私、ただただ青春が楽しみたいだけなのに。甘酸っぱい恋がしたいだけなのに。

 私が、自分の意思を強く伝えられないから? なら、それなら。

 もっと、自分の考えを強く訴えたらいいのでしょうか?

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