第21話 朝早くから出発なのですが?

「翔くんおっはよー!」


 ごはぁっ!?

 腹部に凄まじい衝撃を受けた俺は、勢いよくベッドから転がり落ちた。危うく、永遠の眠りに入るところだった……。

 ほとんど開いてない目でベッドを見ると、そこには元気な女の子がいた。こんなはた迷惑な奴は、彩乃以外に絶対いないと断言できる。

 頭が少しずつ働いてきた。確か、今日は修学旅行……。

 あぁ楽しみだ。でも、それ以上に俺の感情は眠いという言葉に支配されていた。

 ったく、集合は六時ってふざけてんのか? 夜更かし組はその時間は寝たいものなんだよ。


「翔くん! 顔を洗って目を覚まして!」


 強引に部屋から連れ出された。引きずられるように、というか実際に引きずられて洗面台に移動する。

 既に用意していたのか、水が貯められていた。彩乃がその水をすくって顔にかけてくる。程よい温かさだ。

 多分、冷水をかけると悪いと考えたのかもしれないが、彩乃よ。それでは起きるどころか眠気を誘う。

 タオルで顔を拭かれ、またしても引きずられて玄関に移動する。既に志乃さんも起きていて、フルーツサンドを口に咥えさせてくれた。


「いってらっしゃい。智香はまだ寝てるから、お見送りできないけどね。お土産期待してるから」


 おいおかん。息子が朝早くに出掛けるのに、お前はぐっすり寝てるのか。なんか腹立つ。

 フルーツサンドを食べながら扉を開ける。そこには、六時前の青白い空――ではなく、完全に真っ暗な空が広がっていた。

 ゆっくりと玄関横に置いてある時計を見ると、時刻はまさかの四時。


「……」

「どうしたの翔くん? 眠いの? 荷物は私が運んであげるね」

「ありがとう……って、なるかボケぇぇっ!!」


 ふざけんなよ!? 二時間! 二時間あればもっといい夢が見れたのに!

 せっかく、せっかくお金持ちになった夢を見てたのにぃぃっ!!


「わわ、ごめんね。でも、バスで寝れば大丈夫だよ! どうせ、移動中の景色なんて興味ないでしょ?」


 まあ、見慣れた景色を見ても仕方ない。失われた安眠の時間はバスで確保しよう。

 右手でキャリーケースを引き、左手を彩乃に引かれながら学校に向かう。当然だが、生徒の姿は一切ない。

 大通りも、車一台すら通っていなかった。なんつー時間に起こしてくれたんだ。

 誰とも、人の気配を感じることなく学校に着いた。そこで、初めての人である田中先生と遭遇する。


「おはよう青山に和田。やっぱり早く来たな」

「おはようございます田中先生。そりゃあ、私たちが一緒の席に座りたいからですよー」

「そうかそうか。だが、学生だということは忘れないように」


 この人何言ってやがるとつっこんでやりたいところだが、あまりの眠気にそんな気すら起きない。

 遠くから低いエンジン音が聞こえてくる。どうやらバスが到着したらしい。

 四台のバスが横並びに並ぶ。俺たち前半組のバスだ。

 全七クラスの俺たちの学年は、学校の敷地の都合上一斉に出発できないのだ。そこで、一から四、五から七の二回に分けて学校を出る。

 そして、腹立つことに一組の俺は朝早くから叩き起こされて学校に集められたわけだ。今回ばかりは、後半組の連中が憎い。

 バス下の荷物置きが開いた。キャリーケースをバス下に収納し、細かな荷物を入れた鞄だけ持ってバスに乗り込む。

 あー、高速バスとか観光バスといった大型バス独特のあの匂いがする。ほんと、なんだろうねこれ? 落ち着いたりするのだから不思議だ。

 さあ、どこに座ろうか。出来れば、眠れるほどスペースを確保できる席……って、最後尾の三席しかないか。

 スタスタと歩き出すと、それよりも先に彩乃が一番後ろまで移動した。窓際にちょこんと座り、自分の隣を手で叩いている。


「ほら。こっちこっち」

「彩乃は隣でいいのか? ほら、女子友達とかと話したりしなくていいのかよ?」

「いいの。私は翔くんの隣が好きだしね」


 それなら、とやかく言うのは失礼だ。最後尾の三席の中央に座る。背もたれに重心を預け、さあおやすみなさい。

 目を閉じ、夢の国へと発車する列車を待つ。すると、頬を掴まれ体を倒された。そして、体を打ち付ける衝撃が襲ってくる……こともなく、何やら柔らかい感触に包まれた。

 そーっと目を開けると、いい香りがする制服が目の前にある。それから、俺の頭を撫でる感触がする。


「彩乃さん? 何してるのですか?」

「膝枕。ほら、私のわがままで翔くんを朝早くに起こしちゃったから」

「あーね。なるほど」


 そのまま、されるがままに膝枕と頭撫での素晴らしいコンボを味わい続ける。

 世の中には、お金を払って女の子になでなでしてもらうような野郎がいるとか時々聞くが、いつも俺は馬鹿を見るような目で見ていた。今ならあなた方の気持ちが分かります。本当に申し訳ありませんでした。

 あっ、これマズイ。夢の国へと続く列車を待っていたはずだが、いつの間にか別の列車が来そうだ。極楽浄土行き、なんて行き先を掲げた。

 安心するような香りと柔らかな感触に包まれた俺は、いつの間にか眠ってしまっていた。

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