第19話 幸福の時間も終わりなのですが?

 背後から聞こえた声に反応して振り向く。話しかけてきたのは、俺の幼なじみである彩乃――などではもちろんなくて。


「天音か。一人とは珍しい」

「あっ、榊さん!」


 榊天音。いつもなら駿太と行動を共にしているはずの天音が一人でそこにいた。手を振りながら歩いてくる。


「あたしは一人じゃないよ。優秀な荷物持ちがいるからね」


 親指で後ろを指している。天音が示す先を見てみると、大きな荷物を重そうに持ってふらふらしながら歩く彰の姿があった。

 なるほど。確かに優秀な荷物持ちだ。


「もうすぐ駿太の誕生日だからさ。プレゼントを買いにきたんだ」

「へぇー。駿太は幸せ者だな」


 などと呑気に言っていると、ようやく彰が追い付いてきた。


「つ、疲れた……」

「ほら、頑張りなさいよ」

「うるせぇ!」


 本当に仲がよさそうで? 思わず笑ってしまう。

 俺の笑いに気がついた彰が俺にジト目を向けてきた。心底恨めしそうだ。


「いいよなお前は。可愛い彼女とデートでよ」

「かわっ!? かかかか…!?」


 白崎さんが顔を真っ赤にしてふらつく。咄嗟に背中を支えて転倒は避けることができた。


「はぁ……見てて初々しいわ……」

「爆発じゃねぇ。砕け散れ翔馬!」

「はあっ!? なんでだよ?」

「うるせえよ!」


 涙目で怒鳴る彰を天音は無言で叩いた。重い荷物を持たされているから余計によろめく。


「じゃあ、邪魔しちゃ悪いからあたしらは行くね」

「うん。またね榊さん!」

「紗耶香もしっかりやりなさい? ……既成事実とか作れば勝てるわよ」

「きせっ!?」


 白崎さんの顔がみるみる真っ赤になっていく。最後、天音は何を吹き込んだんだ? よく聞こえなかった。

 天音と別れ、重労働を課せられている彰に労いの言葉を掛けてから、白崎さんと二人で駄菓子屋に移動する。

 さすが分かってる。ここの駄菓子屋は少し照明を落として暗い雰囲気を出していた。昔ながらの感じ……というやつだろうか?

 今どきのポテトチップスにクッキー……昔懐かしの醤油煎餅か。おっ、水飴とかガムもある! レジ横にはくじ引きまであるし!

 ふと、視線に気づいた。白崎さんがクスクスと笑っている。


「どうしたの?」

「ううん。翔馬くんがあまりにも楽しそうだったから」


 かなり顔に出ていたようだ。恥ずかしいやらなんとやら。

 白崎さんが水飴の瓶を手に取る。棒についてる少量のやつじゃなくて、大きな瓶にドンッと詰まったでかいやつだ。


「水飴好きなの?」

「うん。私もお母さんも好きだよ」


 それはいい情報。今度から軽い贈り物とかするときの参考になるかもしれない。

 ……はい、なりませんね。調子にのってすいません。

 白崎さんが水飴の瓶を買い、俺がその横でガムを大人買いした。格好いいだろ? やりたかったんだよ。総額なんと五百円!

 その後、白崎さんが雑貨屋さんに寄りたいと言ったので雑貨屋に寄った。やっぱり白崎さんも乙女だ。北欧で流行りのフレグランスグッズを買っていた。あの、瓶にアロマオイル溜めて棒差したら香りが広がるやつ。

 それから、ロッカーからキャリーケースを取り出してバス停に移動する。

 空は朱色に染まり、カラスが楽しい時間の終わりを告げていた。当たり前のことではあるが、でもやっぱり少し寂しい。

 バスが到着した。二人で乗り込む。

 キャリーケースを引いているから座れない。二人でつり革に掴まりながら端で立つ。

 バスが出発した。揺れる車内で駅までの道を進む。


「今日は本当にありがとう。私、楽しかったよ」


 白崎さんが言った。それは、俺も同じ気持ちだった。

 好きな人とのお出かけほど嬉しいことはない。俺の方こそ、こんな楽しい一時を過ごさせてくれたことに感謝だ。


「俺も楽しかったよ。また、どこか遊びにいこう」

「いいの? 約束だよっ!」


 あぁ……天使顔負けの超絶美少女スマイルだぁ……いや、天使見たことないから知らんけど。

 しばらくしてバスが駅前に到着した。白崎さんとはここでお別れだ。

 キャリーケースを引いてバスから降りてくる。そして、笑顔を浮かべたままで駅へと歩いていこうとしていた。

 俺も帰ろうとするが、その前に服の袖を引っ張られた。何か用があるのかと思って振り向くと、忘れられない衝撃が襲ってきた。


「本当にありがとね」


 頬に軽い口づけ。白崎さんの柔らかい唇がそっと頬に触れた。

 突然のことにフリーズしてしまう。白崎さんは、その間に恥ずかしそうにしながら走っていってしまった。

 ようやく衝撃から解放されると、悟りを開いたように呟く。


「帰ろう。あの場所へ……」


 どこにだよ!? なんてツッコミはやめてほしい。とにかく、俺は帰るのだ。

 ここで余談だが。

 俺はその日、お風呂に入るときは頬が濡れないようにカバーをして入浴しました。カバーしている姿を見た彩乃には、おかしなものを見る目で見られたけど。

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