第15話 幼なじみが遂にやらかしやがったのですが?
……暇だ。
昼食にカップラーメンを食べて部屋に戻ってきたが、暇すぎる。こんなことなら、宿題を残しておけば良かった。
何をする気にもなれずにベッドに倒れ込む。もういい。ここが俺の生息域だ。
昼寝でもしようと目を閉じる。
「……眠れるわけないか。甘い……」
午前中ずっとここで彩乃に拘束されていたのだ。服にもベッドにも彩乃が使っているシャンプーの匂いが付いていて、甘い香りを漂わせている。とてもじゃないが安眠できない。
ベッドの上で意味もなく転がる。そうしていると、部屋の扉が勢いよく開かれた。何事かと確認すると、彩乃が仁王立ちで部屋の前に立っている。
「翔くん! スイーツ店に行こう!」
はい出た。突拍子のない彩乃の提案。いつものことだからもう慣れたが。
「スイーツ店? さっきラーメン食べたばかりだろ?」
「少し歩くから問題ないよ。急いで! ハリーアップ!」
仕方ない。こうなった彩乃はめんどくさいから準備しよう。
ベッドから起き上がり、学校の鞄から財布を……財布を……財布……あれ?
財布がない…! え? どうして? 遊戯ステーションに忘れてきた!?
「はい翔くん! お財布」
「……ありがとう」
何事もなかったように財布を渡してくる彩乃。どうして財布がある場所を知ってたんだ?
とりあえず、ないとは思うが中身を確認する。盗られてたら嫌だからね。
……うん。問題なし。若干増えてる気もするけど……気のせいだろう。
次に外出用の鞄だ。タンスの中に……。
「はい翔くん! 鞄だよ!」
「……ありがとう」
いつの間にかタンスから取り出していた鞄を渡してくる彩乃。一体何なの?
鞄に財布を入れて部屋を出る。ご機嫌な彩乃の後を追うように家を出て、目的のスイーツ店に向かう。
聞くと、以前二人で行こうとしていたスイーツ店らしい。あれからずっと楽しみにしていたようで、輝く笑顔で歩いていく。
学校よりも少し遠いくらいの場所にある店に入る。店内は、スイーツ店というよりは喫茶店といった雰囲気だった。
距離としてはそんなに遠くなかったが、坂を登り降りしたので彩乃の言う通り小腹が空いた。軽食にはちょうどいい。
メニューを開いて注文するものを決める。それから店員さんを呼んだ。
「お決まりでしょうか?」
「はい。このイチゴパンケーキと紅茶を。彩乃は?」
「私は……私もイチゴパンケーキで。オレンジジュースもお願いします」
店員さんが奥に引っ込んでいく。ゆっくりパンケーキを待っていると、彩乃が少し前のめりになっていた。
「ねぇ翔くん。また今度カラオケとか行かない?」
「カラオケ?」
「うん。ほら、私昨日行けなかったじゃない? だから、行きたいなぁーって」
「なるほどな。いいよ。行こう」
「ありがとう! なら、二日とかどうかな?」
五月の二日? その日はダメだ。俺の人生の一大イベントがある日だから。
「悪いな彩乃。その日は約束があるんだ」
「そうなの? 残念……」
しゅんと項垂れる彩乃。本当に残念そうだ。
彩乃が見てて可哀想なほどに落ち込んでいると、店員さんが注文したパンケーキを運んできた。俺たちの目の前に並べてくれる。
「わあっ! 美味しそう!」
おっと? 元気が戻ったぞ?
彩乃がキラキラした目でパンケーキを切り分け始めた。現金なやつめ。
俺も、優雅に紅茶を口に含んでパンケーキを食べ始める。ジャムが甘い分、苺大福に使っているような酸味の強い苺を使用しているようで、まったく飽きさせない絶品スイーツだった。これはいける。
一口サイズに切り分けると、服の袖が軽く引かれた。正面で彩乃が口を開けてうずうずしている。
「どした?」
「あーん! 食べさせて!」
こ、こいつ…! 店内のおばさまの視線が痛い。
こうなったら、とっとと終わらせてしまおう。切り分けてたパンケーキをフォークの先に刺し、彩乃の口に優しく運ぶ。なんか、餌付けしてる気分になってきた。
「ん~っ! 美味しいぃ~!」
「そうか。そりゃあ良かった」
視線をパンケーキに戻す。すると、頬をツンツンとつつかれた。
彩乃がフォークで苺を刺して差し出してきている。
「次は私ね。はい、あーん」
「いや、いいよやめろよ」
後ろのおばさまが笑って見てるんだよ。恥ずかしいからやめてほしい。
これも急いで終わらせてしまおう。せっかくの好意だしな。
突きだされた苺に向けて顔を伸ばす。だが、彩乃はいきなりそのフォークを引っ込めてきた。刺していた苺を口で咥えて俺の両頬を掴む。
顔を一気に引き込まれて口移しで苺を食べさせられた。突然の出来事に混乱する。
おばさまからの黄色い声が……店員さんにも店長らしき人にも笑われてる! もうこの店来れないよ!
「えへへ……翔くんと遂に…!」
やかましい! 俺の社会的な立場を返してくれぇ!
……そろそろ、病院に行ったほうがいいのかもしれない。先日の白崎さんとの食事といい、彩乃と食べたこのパンケーキといい、味をまったく感じなかったから。
満足そうな彩乃を見つつ、店内の人たちの視線と声に耐えながら、味のしないパンケーキを食べ終えるのだった。
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