第14話 休みの初日から大変なのですが?

 朝ごはんを食べた俺は、そのまま何をするでもなく自室にこもってベッドに横になった。特段眠いというわけではないが、朝からベッドで横になるという行為が気に入っている。

 ベッドの上をゴロゴロと転がる。この時間の浪費が、なんとも言えない満足感を与えてくれる。


「何してるの? 私も!」


 いきなりベッドに走る衝撃。体が何センチか宙に浮いた。ベッドが壊れるからやめろ。

 上半身を起こして震源を見る。大きなイチゴのイラストが印刷された私服姿で俺のベッドに倒れているのは、もちろん彩乃だ。枕を抱き締めて顔を埋めている。

 美少女がやれば……失礼。こいつ、見かけだけは美少女だった。あ・く・ま・で! 外見だけは!

 とにかく、幼なじみが枕に顔を埋めて幸せそうにしている光景というのは、そろそろ絵面的にアウトになりそうなので枕を強奪する。


「あっ! 私の枕を返して!」

「うるせえ! これは俺の枕だよ!」

「ぶー、ケチ。……ところで、何やってたの?」


 ベッドに座り直して彩乃が聞いてくる。と言っても、本当にやることもないからだらけてただけなんだが。


「単に横になって休んでた。割と気持ちいいぞ?」

「そう? じゃあ、私もー!」


 そう言うと、彩乃が俺に向かって飛びかかってきやがった。そのまま押し倒される形でベッドに倒れる。

 てか、近い近い! 吐息が直接感じられる距離だし、覆い被さっているからその……胸も……。

 これ以上は俺が耐えられない。どうにか彩乃の体を引き離そうと……。


「……は?」


 え? なにこいつの力? 抵抗するように腰に手を回されているから剥がせないんだけど?

 彩乃が俺との距離をさらに縮めてくる。顔の正面には、これ以上ないほどに満足そうな彩乃の笑顔がある。


「えへへー。照れてる? ねぇ、照れてる?」

「ちょっ……おい……」

「このまま……キス……しちゃう?」


 待て待て待て。こいつ昨日からおかしいぞ!? というか、本当に洒落にならん!

 腰に回されていた手が両頬に当てられた。そのまま互いの顔が段々と近づいていって……。


「彩乃ー? 頼んでいた豆腐買ってきてくれ……」


 志乃さんが部屋の扉を開け、俺たちを見て固まった。

 助かった! これで、彩乃を引き離してくれるはずだ!

 なんて、俺は信じていたのに。


「あー……ごめんね。邪魔だったね? そういうのもいいけど……避妊はしっかりとね?」


 無情にも扉は閉められた。それから、やけに楽しそうにパタパタと階段を小走りに駆け降りていく音が聞こえる。

 志乃さぁぁぁぁん!! あんたの娘も一緒に連れていってぇぇぇっ!!

 って、それどころじゃねぇよ! 志乃さんは絶対おかんに面白おかしく報告するはずだ。そうなれば、恥ずかしさで俺が死ぬことになる。

 おかんにこの件を知られるなミッションスタート。まず、このミッション最大の難関である彩乃の対処を始めよう。

 だが、彩乃は今にも唇を重ねてきそうだ。変に動くと大人のキスになりかねないから注意しないと。

 実を言うと、こいつには決定的な弱点があることを知っている。しかし、それをやってしまえばしばらく俺の立場が危うくなるから使いたくはない。

 でも、親にこの事を知られるよりかはマシだ! そう考えた俺は、彩乃の頭を優しく撫でて耳元で囁く。


「彩乃……少し離してくれないか? ちょっと用事があるんだ」

「えー? もう少しいいじゃん」

「わがままな彩乃も可愛いけど、言うこと聞いてくれる彩乃はもっと好きだな」

「っ! 好き…! も、もう! 仕方ないなぁー」


 ……我ながら、どうしてこんな手が通じるのか疑問だ。この間、この方法を友だちに伝えたら、女子に実践して生徒指導室に連れていかれた奴を俺は知っている。もちろん彰だ。

 だから、客観的に見たら相当気持ち悪い行為のはずなのに……うーん?

 だが、拘束は外れた。ここから、セカンドフェイズとして志乃さんの行動阻止を行おう。

 彩乃をベッドに放置して部屋を飛び出す。でも、出来たらこの部屋にはしばらく入りたくない。

 分かるだろう? あんなこと言ったから、帰ってきたらまた暴走するんだぞ?

 インフレに見えて、完全なデフレだ。

 階段を三段飛ばしで飛び降りる。なんてことをやったら、ここが学校ではなく家だということを失念していて壁に真っ正面から激突した。家の階段は、学校ほど長くはないのだ。

 痛む鼻頭を押さえながら、一階のリビングを見る。まだ、間に合うと信じて飛び込んだ。


「その話は待ったぁぁっ!!」


 おかんと志乃さんが驚いて俺を見る。そして、おかんはやれやれと頭を振った。


「あんた、トンカツ食べたいの? ……まあ、同じ豚だしいいか」


 ……え? トン……カツ?

 戸惑う俺に、志乃さんが小声で話してくれる。


「さっきのことは言わないよ? 今は、夕飯をトンテキにするかトンカツにするか話してて、トンテキになった時に翔馬くんが入ってきたの」


 ……そうでした。志乃さんはそういうことを言わない人だった。

 つまり俺は、彩乃に燃料を与えてしまっただけということだ。肩を落として部屋に帰る。

 その後、キスとか避妊具を持ち出す事態にはならなかったが、午前中ずっと彩乃の腕に収まる事態になりました……。

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