第13話 私の我慢も限界なのですが?

 殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやるっ!

 あのアバズレ! くそビッチ! 絶対に許さない! どこまでも追い詰めて殺してやるから!

 中学時代の後輩に、告白の相談を受けたから翔くんと遊びに行かなかったのに。目の前で告白に成功して、幸せそうな後輩の笑顔を見て私も幸せだったのに!

 思ったよりも早く済んだから、間に合うと思って遊戯ステーションに行った。なのに、なのに…!

 あいつ……よりにもよって翔くんと二人でシューティングゲームなんて! そして、普段見られない翔くんの怖がる顔を間近で…!

 もう、その場にはいられなかった。自分の中で何かが壊れる。

 帰りにコンビニに寄って、あいつの写真を何枚もコピーする。それから家に帰った。

 お母さんは翔くんのお母さんとお話に夢中になっているから好都合。少しの物音なら気づかれないよね。

 コピーしてきたあいつの写真を、次々とクッションに張り付ける。もちろん、クッションの中に血糊を入れることも忘れない。

 そこまでやったら準備完了。ポケットからナイフを取り出す。


「翔くんは私のものなの! 白崎! あんたが近づいていい相手じゃないの!!」


 無我夢中でナイフを振り続ける。写真がズタズタになっても、服が血糊で赤く染まっても止まらない。自分でも、もう止まれなかった。

 でも、気分は落ち着いていく。本当にあいつの悲鳴が――断末魔が聞こえるようで心地いい。

 もうやめて? 許して? ……許す訳がない。ひたすら苦しんで死ねばいい。忠告を無視して近づいたんだ。当然の報いだ。

 心臓に当たる部分に一際強く一撃を加える。ナイフから手を離し、部屋の惨状を見る。

 血糊が至るところに飛び散って、何もかもが真っ赤に染まっていた。大事な物にはシートを掛けておいて良かった。

 私の体もそう。服も肌も真っ赤だった。こんな姿を見られるわけにはいかない。

 一階に降りてシャワーを浴びる。排水口に流れる水までもが赤く、思わず笑ってしまった。

 濡れた体を拭いて、髪を乾かす。隣の家から、美味しそうな匂いが漂ってきた。翔くんのお母さんが料理を作り出したのだろう。

 なら、こっちも早く片付けないと。

 バケツに水を溜めて雑巾と一緒に二階に運ぶ。また服が汚れるのはいやだから、下着だけ着けてればいいや。

 せっせと掃除を終える。一息つくと、何だか私の行為がバカらしく思えてしまう。


「私、本当に何をやってるんだろう?」


 服を着ようとクローゼットを開ける。すると、下から翔くんの声が聞こえてきた。

 ……なぜだろう? 翔くんの声を聞いただけなのに、涙が溢れてきた。ゆっくり、それでも急いで翔くんを追いかける。

 背中を借りると、いよいよ耐えきれなくなって泣いてしまう。私、どうしてこんなに涙が流れるの?

 翔くんに頭を撫でられると、少し落ち着いた。ほんと、こういうところだよ。翔くんがカッコいい男の子なのは。


「ありがとう」


 それだけを言って、私は部屋に戻る。きちんと服を着て、ご飯を食べに行った。

 いつも通りの変わらない私を演じようと心がけたけど、バレてないよね? 翔くんのあの目は、多分いつもと違うって静かに語りかけてきていた。

 やっぱり、翔くんには敵わないや。

 食事を終えると、私はさっさと部屋に帰る。まだ、やることがあるから。

 血糊で染まった服と、ボロボロのクッションを固める。クッションは捨てるとして、服はこっそりと洗わないとね。

 ふと、自分の手を見る。ナイフを振り回した時の感触が、まだそこに残っていた。


「……ふふ。あはは……あはははっ!」


 最高に気分が良かった。他人の血液なんて被れば不快感に襲われるけど、あいつに関してはそう思わない気がする。

 もう翔くんに近づく害虫はいなくなる。翔くんは私だけのものになる。


「……もういっそ、本当に殺しちゃおうかな?」


 なんてことを考えるくらいには、気分が良かった。

 でも、やらない。やるわけないじゃない。

 白崎は本当に殺したいけど、殺したりはしない。だって、


「殺しちゃったら、しばらく翔くんと会えなくなるじゃない」


 別に、あいつの命なんてどうでもいい。明日辺りにでも事故に遭って死んでくれることを祈る。

 でも、私が殺したら警察に逮捕されちゃう。そうしたら、翔くんと長い期間会えなくなってしまう。

 それだけは、絶対に耐えられないから。

 だから、私が手を下さずに誰かが殺してくれることを願っている。


「ふぅ。……じゃあ、もう寝ようかな?」


 腕が痛い。ひたすらナイフを振り下ろし続けたから、かなりの運動になっちゃった。

 ベッドに入って毛布を被る。その日は、久しぶりに快眠することが出来た。

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