第10話 楽しい一時を過ごしているのですが?

 俺たち四人は学校を出て、近くの食堂までやってきた。「地域に笑顔と白飯を!」が売りの人気店だ。テスト期間中で午後から暇なときは、たまにお世話になったりもした。

 まさか、白崎さんもここに来ていたとは驚きだった。あまりイメージ出来なかったから。

 店内に入ると、香ばしい香りが鼻腔をくすぐってくる。立ち並ぶ出来立ての惣菜。

 俺は、入り口すぐに置いてあった卵焼きをお盆に載せる。この店の卵焼きは格別なのだ。職人の技ってやつだろうか?

 他にもポテトサラダと季節の天ぷら、味噌汁と中盛りご飯を注文する。これだけ頼んでおきながら、代金は七百円に満たないのだから学生にとってはありがたい。

 お会計を済ませ、席を探す。すると、レアな会話が聞こえてきた。


「今日はお友だちと一緒?」

「ええ、まあ」

「青春だねぇ……あっ、ご飯はいつも通り大盛りでいいかい?」

「えっ!? ……はい」


 白崎さんと店員さんが親しげに話していた。どうやら、顔を覚えられるほどには常連らしい。

 それにしても、白崎さんはいつも大盛りなのか。これもまた意外だ。

 四人で座れる席に俺がお盆を置く。すると、駿太がやって来て対面に座った。


「駿太はトンカツか。卵焼きを食べないとはまだまだだな」

「翔馬こそ分かってないね。この店の通は味噌汁じゃなくて豚汁を頼むんだよ」


 この店の最高の楽しみ方について二人で言い合う。そこで俺は、大事な事に気がついてしまった。


「ちょっと待てよ? 俺の正面に駿太。そして、恐らく天音はその横をとるだろ? ……なら、俺の隣は…!?」


 神様。あなたに最上の感謝を捧げます。人生最高生きてて良かったぁ!

 遅れて女子二人も席に来る。そして、予想通り天音は駿太の横を確保した。 


「じゃあ、隣失礼するね」

「あ、うん!」


 それから、隣の席に白崎さんが座る。

 椅子に座った際に、長い銀髪が揺れる。清涼感ある心地よい香水がほのかに香る。

 心拍数が急上昇するのを感じながら、出来る限り意識しないように努める。緊張から、美味しい食事の味が感じられなくなるかもしれない。

 白崎さんのことを考えないようにしながら、割り箸を割って卵焼きを裂く。

 四人での食事は楽しいものだったが……肝心の味は何一つ分かりやしなかった。



…………………………………



 お昼を食べた俺たちは、少し移動して遊戯ステーションに入る。まだ一時過ぎだから、遊ぶ時間はたっぷりあった。

 遊戯ステーションの二階にあるカラオケに向かう。やはり定番のここは外せない。

 一部屋を借りて入る。部屋のはしっこに荷物をまとめて置き、先にジュースを取りに行く。歌い始めたら、きっと喉が死ぬまで続けるだろうし。

 だがここで、突拍子もないことを言い出すのが駿太だ。


「じゃんけんしよう! 負けた人が全員の分を取りに行くことにして」

「はぁっ!? ……まあ、いいぜ」

「あの、私が行ってこようか?」

「白崎さん。ここはやっぱりじゃんけんで決めよう」


 意味もなく指を鳴らし、狩人の目をする。全員が一気に腕を振りかぶり、各々の手札を切った。


「「「「じゃんけんほいっ!」」」」


 その結果――






 ――トボトボとドリンクバーに向かう駿太を見送りながら、俺たちはリモコンを操作する。

 最初の曲は迷うな。何から歌い始めればいいのやら……。


「翔馬歌わないの? じゃああたしが先にいれるよ」


 天音にリモコンをひったくられる。既に歌う曲を決めていたのか、素早いタッチで曲をいれる。

 ちょうど駿太が戻ってきたタイミングで、イントロが流れ出す。


「……あっ、この曲……」

「紗耶香は分かった? これ『play』だよ。この間見たハリウッド映画の日本語版の主題歌でさー」


 でも、大丈夫か? この曲は俺も少し知っているけど、男性アーティストの曲だ。天音には難しいんじゃないか?

 などと思っていたが、天音のことをバカにしていた。めちゃくちゃ上手い。

 途中の英語の歌詞とかめっちゃ発音いいし、込められた感情が直接響いてくる。

 なにこれ? いきなりこのレベルとか冗談でしょ。

 歌が終わる。天音が叩き出したのは、まさかの90点後半。初手からハードルを上げられた。


「ふぅー。ねぇ駿太どうだった!?」

「上手だよ。さすがだね」

「えへへー、そうでしょー?」


 そして、俺たちがいることを忘れていちゃつくバカップル。

 天音がメロンソーダを一口飲む。それから、唐突にリモコンを俺に向かって放り投げてくる。

 優しくゆっくりとした放物線の軌道を描いて俺の手に収まるが、お店のものを投げるのはやめましょう。


「ほい次翔馬。どうぞ?」

「この点数見たあとで俺にやれと…!?」


 ひきつった顔をしていると、天音がそっと耳打ちしてくる。


「ここでさ、高得点出したらかっこいいじゃん?」

「ふむふむ。確かに」

「紗耶香からの羨望の眼差し……浴びてみたくない?」

「うっ……ぐぅっ…!」

「あわよくば……ね?」


 決まった。ここは、俺の得意な曲で天音に並ぶ点数を出して見せる!

 リモコンを操作して曲を入力する。イントロが流れると、全員俺が何を歌うか分かったようだ。まあ、この始まりは特徴的だしな。


「じゃあいくぞ! 俺の十八番の『melon』で盛り上げるぜー!」

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